ショーン・ボウ・ドットアールの顛末
本編後日談的な短い話です。ショーン氏しか出ません。ざまあっぽいかもしれません。お時間よろしければお読みいただけると嬉しいです!
王族の第一王子として生まれた私は、未来の国を背負う崇高で責任ある立場に重圧を感じながらも21年間様々な経験を積み重ねてきた。もちろん幼いころは陛下の背を眺めるだけだったが、今では陛下を差しおいて私を見込んで国を富ませる案を次々と持ち込んでくる者が後を絶たないため、休む暇もない。
本来なら陛下が目を通すべき書類も、私のサインで融通がきいてしまうことを、誰でもない陛下がお目こぼしくださるということは、そういうことなのだ。
玉座に就く前から陛下の仕事をしている疲れがいよいよ表に出てしまったらしい、近頃悪い夢をよく見る。それも、私が王家を追われる立場になるという突拍子もない内容だ。
潜在的な逃避願望が形になったのだろうか、やけに生々しく疲れる夢だ。
勘違い甚だしい出しゃばり女にそそのかされ、頭が悪く横暴で野蛮で卑怯な弟に立場を追われた。覚えのない罪を負わされ辱めを受けた身一つの私を迎えたのは辺境の子爵家だった。
「遠い所へよくお越しくださいました。なにもない場所ではありますが、まずは充分にお身体をお休めください」
聞いたことのない名前の子爵は馬車を降りたばかりのこちらへ頭を下げ、貴い立場の私にそれ以上声をかけようとはしなかった。そして田舎の畑と牧場に囲まれた粗末な屋敷の物置のような小屋に押し込めた。従者も召使も、一人ずつしかいなかった。
「環境が変わって大変でしょうが、いかんせん人が少ないので、着替えとか顔を洗うとか、どうか最低限ご自身のことは出来る限りご自身でなさってくださいませ」
「は……」
着替えだと言って着心地の悪いぼろきれを持ってきた年老いた召使がそう言ったので、私はまず、その女に暇を出した。そうして残ったのは片目を黒い眼帯で覆った不愛想な従者だけになった。
私に着替えや身体をぬぐう布を用意する者はいなくなった。
「おい、……新しい服はどこだ。まさかとは思うが、一度着た服にまた袖を通せというのか」
すき間風が我が物顔で通り抜ける小屋の中から思い切って声をかければ、扉の向こうから悪びれる様子もない返事があった。
「俺の仕事ではありません。汚れたなら洗えばいいんじゃないですか?」
酷い悪夢だ。
自ら髪を整え、屈辱感を堪えつつこの地に足を踏み入れた時の服に身を包み、自分を捨てた城の近くへ馬車を走らせたのは、誤って届いたらしい子爵あての手紙を読んだからだ。
「“魔物から身を守るため”の会議……はは、全く……夢でも馬鹿みたいなことを言うんだな」
出来が悪い弟をさらに質が悪い存在にした婚約者の女は、当時私の婚約者だったからという理由でいちいち貴い立場の私に口答えをしていた。その理由の一つが魔物の扱いだった。
魔物など平和なこの国で早々現れるものでもないのに、一体何をそんなに恐れているのだろうか。何を差し置いても優先すべき私に手が回らないほど多忙な子爵に、余計な仕事を増やすなと文句を言ってやろうと思った。王宮は私を失った事の大きさに今頃途方に暮れているだろうし、ちょうどいい。私にこんな屈辱を味わわせた原因の首をいくつか刎ねて許しを乞うてくるのであれば、戻ってやらんこともない。
「ショーン様は魔物に遭遇したことはおありでないのですか?」
馬車の中で向かいにいる従者の男が不愛想に呟いた。この男は私が話しかけてもほとんど喋らないくせに、馴れ馴れしい口をきいてきて無礼にもほどがある。
「そりゃあ、ある。鼻先まで近くで目がやたらと多い鳥を見た。確かに胸の悪くなる見た目をしていたが、……しかしまあ、なんということもなかった。ただ大きいだけの生き物のためにわざわざ国費をかけて、有力者を集めて、対策を練ろうだなんて大げさすぎると思うがね」
「……」
従者の男は返事もせずに息をついた。全く失礼な人間だ。王都に着いたらまず代わりの従者を用意するよう掛け合わねば。夢の中の私はそう考えた。
乞われて向かうようになった王都での魔物対策会議とやらに参加する役目は、子爵が自ら足を運ぶと熱弁をしてきたので三度目以降は彼へ譲った。どうやら話に行き違いがあったらしく、小太りの子爵は“勝手に参加されては困る”“無断で領地を出られては困る”といった強い言葉を使い頭ごなしに私を非難してきた。本当なら、これまでの無礼な振る舞いすべてを以て牢屋に入れてやるのに、この夢の中では一つも思い通りになってくれない。
こんな場所早く出ていきたい。しかしまだ、このひどい夢の中では未だに私に逃げる手立てがなかった。傍には変わらず不愛想で気が利かない隻眼の従者しかいない。小屋から逃げ出そうにも、奴は目ざとく私を見つけて狭く埃っぽい部屋へ閉じ込めてしまう。
まるで罪人のようではないか。この国の皇太子である自分がこんな目に遭っていいはずがない。もう半年も経つというのにどうして誰も私を助けに来ないのだ。
まだ夢は覚めない。
物置のような小屋から抜け出し、粗末な屋敷の隅で自ら井戸の水を汲み、顔を洗い、クラバット代わりに首に巻いていた布で顔を拭ったところに居合わせた乞食に、私は思わず声をあげかけて、それから思い出した。
「殿下……」
私にゼリッカ鉱石というものの存在とその可能性を語った男だと。
隻眼の従者が近くにいないことを確かめ、私は男を部屋に引き入れた。
「時折魔物が出るという鉱山に連行される道中で腹痛を装い役人を捲いて……身を隠しながらどうにか逃げてきたのです」
粗末極まりない家畜の餌のような食事でも、牢破りをするような罪人にはご馳走であったらしく、男は床に額をこすりつけながらそれを手づかみで口に運んだ。やせ細った男は汚れであちこちもつれた髭をこすり、落ちくぼんだ目元を押さえて嗚咽を漏らした。
「殿下、殿下には返しきれぬご恩がございます、このような慈悲深い温情を与えていただき……」
「まあ、私も久しぶりに話の分かる人間と会えて嬉しい。このありさまを見てくれ。今頃玉座へ就いていたはずのこの私が、このような小屋に押し込められて身動きが取れない。お前が今つらいのは分かるが、それでも平民から乞食ならまだ差が少ないだろう? 私は玉座から物置だぞ。もっとひどくみじめじゃないか。罪人であるかのような耐え難い扱いをされているのだ。悪い夢だ、全く……」
私の嘆きを聞きながら床に座っていた男はぴく、と肩をこわばらせた後にうつむいたまま口を開いた。
「……先ほど見かけた現在の殿下の従者であるという隻眼の男ですが、もしかしたらニルラの村の出身かもしれません」
「ん?」
「ゼリッカの……前の仕事で下見をした折、似た姿の男を見たような気がするのです。そのときは隻眼ではありませんでしたが、たしか右手の甲に変わった形の痣があって……。……貴い御身を案じるばかりに差し出がましい口をききまして申し訳ありません。どうかお気になさらず……。」
「なんだ、もう出ていくのか?」
「はい……わたしのような卑しい罪人をかくまって、これ以上殿下のお立場を悪くしてしまっては申し訳ございませんので。お世話になりました。」
「ふん、それもそうか。」
食事を差し出す前には目を潤ませてこちらへ何度も頭を下げていたというのに、小屋を出ていくとき男が締めた扉はずいぶん大きな音を立てた。卑しい身分の人間はこれだから気分が悪い。もう名前も思い出せないが、次に会うことがあっても二度と情けはかけるまい。
それでも、
「ショーン様、なにかありました?」
「何もない。食器を下げろ」
「ご自分でなさってください」
「ふん」
この無礼な男を信用してはいけない、ということがわかっただけでも良しとしよう。
私は昔から芸術をたしなんでいた。歌を歌えば歌手が、詩を書けば詩人が、絵をかけば画家が「教えられることはもうない」と教授する立場を辞したものだ。授業のたびいつまでも居残りをさせられる愚弟を横目で笑いながらも、私は思うまま芸事を楽しんだものだ。ここには暇をつぶすものが何もない。
必要なものを記すように、と部屋へ置かれた紙は不満を書き連ねているうち余白が無くなってしまった。いらだちのあまり投げ捨てたペンはいつか折れて、つまむようにしか持てない。
歌詞を時々恨みごとに変えつつ流行歌を口ずさみながら小さな窓から牧場の柵を眺めていると、従者から声がかかった。
「ショーン様、すげえ音痴ですね」
「は……? なんだと?! お前の耳が悪いだけだ!!」
「そういうことにしてきたんですね、俺は遠くで人が話しているのも聞こえるくらい耳はいいです」
「黙れ!! 全く失礼な奴だ!」
私は口をつぐんで、それきり歌を口ずさむこともやめた。
この小屋に閉じ込められてから、どれくらいたったかわからない。退屈すぎて、元々物置小屋のようなこの小屋にある物置の中に足を運んでしまうこともあった。物置のなかには表の玄関とは別に唯一外に通じている扉があり、鍵がかかっていなかった。気まぐれにそこから外に出ても、何も植えられていない畑と牧場の前にでるだけだ。遠くに森が見えるほかは雑草が生い茂り、花までつけて命を謳歌している。のどかだ。何もない。何も変わらない。一体私はいつまでこのままなのだ。
「忌々しい……」
と、生い茂った草が急に横倒しになるほどの強い風が吹き始めた。すき間風に顔をしかめて割り当てられた一室に戻ると、従者が息を切らせて階段を上ってきた。
「ショーン様、この近くに魔物が出たようです」
「な、なんだと!?」
青ざめ部屋の隅で身体を縮こまらせる私に、従者は痣のある手の甲で額の汗をぬぐいつつ、淡々と続けた。
「領主様が魔物討伐隊の派遣を依頼されましたので、3日もあれば退治されるはずです。森の近くに行ったりしなければ大丈夫でしょう。一応注意をしようと思いまして」
「大丈夫なわけあるか、確実に安全な場所に避難させろ! 馬車を手配しろ!」
「無理です、領地全体に外出禁止令が出されましたから、隣の牧場の馬や牛すら厩舎に引っ込んでます。ちゃんとした装備がないまま魔物に近づくと意識とか方向感覚とかにまで障害が出るらしいんで」
「それをどうにかするのがお前だろう」
「俺の役目はこの小屋からあんたが逃げ出さないように見張ることだけです」
「んなっ……!!」
怒りと焦りが逆に頭の中を冷静に運ばせた。私は今自分のすべきことがわかった。殺風景な部屋の中のベッドに腰を落ち着けると、ゆっくり息をついて呟いた。
「……仕方ないな、死ぬよりはましだ」
私が必ず暴れるとでも思っていたらしい従者は一瞬怪訝な顔をした後、「そうです、仕方ないんです」と頷いてから、こちらの機嫌を取るように口角をあげた。
「……備蓄庫から領主様から預かっている保存食をもらってきます、いつもの食事よりもしかしたら豪華かもしんないですよ」
「ふん、楽しみにしてる」
私は小屋から離れる従者の姿を夕焼け越しに見送った後、物置小屋にかけおりた。
「私は囮にされているに違いない、殺される、このままでは魔物に食い殺される。従者は私を恨んでいるはずだ、ニルラは私のせいで魔物に襲われたんだから……あの目もきっと、魔物に襲われたとかで……」
そうして迷わず扉を開けて、外へと駆けだした。
外は目を開けるのも苦労するほどの強い風が吹いていた。飛んできた砂利に頬を張られながらも、どこに向かっているのかもわからないままひたすら走った。息が苦しい。元々運動は得意ではない上、ここのところ引きこもっていたせいで余計に体力が落ちている。それでも逃げなければ殺される。無我夢中で走った。
「誰か、誰かいないのか、どうして誰も外に歩いていないんだ……」
小屋の反対側に行けばいいのだと漠然とした意識のままで雑草を踏みしめながら走っているうち、家も建物もないような薄暗い道に出た。不安になりながら暗がりを見回しつつ歩いていると何かにつまずき、よろけ、思わずその場に手をついた。なんだかひどい耳鳴りがする。めまいがして膝が笑って立ち上がれない。その鼻先をなにかがかすめたときには目の前が真っ暗になった。
「――ぐぁっ! な、なんだ!? やめ、やめろ!!」
突如、全身に激しい痛みと土埃のにおいが押し寄せ、不安と恐怖と混乱とともに忌々しい記憶がよみがえる。気色の悪い黒い生き物、血走った眼で私を捕らえた兵士たち、赤黒い汚れで染まった剣が目の前にかざされたこと。
混乱と恐怖が極まり、私はたまらず声をあげた。
「~~くそが、くそったれが……! この、この私をこんな目に遭わせたのは誰だ……!! ロビンか、腕力だけの能無しが……!! ケイティか、あのあばずれ……!! 痛い、痛いぃ…!! あいつらに何も、何もできない腰抜けの陛下に王妃……!! っうぎゃあ!! 私の、いうことを、ひい、聞いていれば、私の言う通りにしていれば……!! うああ、やめてくれ!! どうして、どうして私がこんな目に……!! やだ、死にたくない!! 嫌だあ、頭の悪い、馬鹿どものせいで……、ちくしょう、ちくしょう……だれか、だれかぁ、頼む、たのむ、誰か助けてくれ……」
咳こみながら懸命に、ひたすら声をあげても、私の悪い夢は醒めなかった。
討伐隊の一人が小屋の前でうなだれている男に声をかけた。眼帯の男は、魔物が襲来した夜に行方不明になった貴族の従者だったといい、目を離した隙に起きた出来事をひどく悔いているようだった。
「あんたのせいじゃないよ、食事は絶対用意しなきゃなんなかったんだし、ご貴族様が注意を聞かなかったのが悪い」
「はい……、」
「もしかしたらどこかで運よく生き延びてるかもしれないよ。あのしぶとい元殿下だし」
「そうですね、……それはそうかもしれません」
討伐隊の男は、森の近くで元は仕立ての良いスカーフだったと思われる布切れが血で汚れてボロボロの状態で見つかったことを教えず、従者の肩を叩いて慰めた。
「そういや、従者さんってもしかして西の出身?」
「ええ、パスクです」
「やっぱりか! 俺の嫁さんもパスクなんだよ、その眼帯みてピンときた」
「パスク領の名産ですからね」
「かっこいいよなぁ、成人したら貰える、“見える眼帯”……」
……
行方不明になった貴族一名を除き、その領地での魔物被害はほとんどなかった。
領主や従者はこの件で王宮から罪に問われることは無く、ボウ家家系図においてショーン・ボウ・ドットアールの項目は“行方不明”と上書きされたが、それすらもショーン本人のあずかり知らぬことである。
お読みいただき、ありがとうございました!




