009 新武器と検証
朝、いつものように目を覚ましてまもなく、俺はビビッた。
(これは……!)
同じベッドでシャーロットが眠っていたのだ。それも全裸で。
俺も全裸で眠っていて、ベッドのシーツは心なしか湿気っていた。
(ああ、そういえば昨日は……)
寝ぼけた頭が昨夜のことを思い出す。
食堂で晩ご飯を食べながら話した後、盛り上がったから部屋に来たのだ。
ハイグレードな宿屋だけあって室内にバーカウンターがある為、俺達はそこでオレンジジュースやミルクをしこたま飲みながら話した。
で、なんだかんだの成り行きの末にこうなってしまったわけだ。
「文人様ぁ……お待たせしました……シャーロット、ついに……むにゃにゃぁ」
夢の中で俺と話すシャーロット。
よほど一緒に活動したいようだ。
その気持ちは嬉しいが、今の俺に他人と歩調を合わせる余裕はない。
「またな」
俺はシャーロットの頭を撫でてからベッドを出た。
そして、洗濯済みの制服に着替え、身支度を済ませて宿屋を出る。
念の為、チャットでも「またな」と送っておく。
「これでよし」
異世界生活3日目の始まりだ。
◇
適当な酒場で朝食を済ませ、武器屋へやってきた。
先日のゴブリン戦でお金が貯まったので武器を新調する。
地図アプリの説明によると、この店は剣の質に自信があるらしい。
この世界の店もピンキリなものだが、ここはどうやら当たりのようだ。
専門店と謳える程に大量の剣が置いてあり、品質も悪くない。
「とりあえずこの辺にしておくか」
入店から数分で買う武器を決めた。
切れ味や耐久度よりも、軽さと見た目を重視して選んだ。
価格は所持金の三割程度。
「今まで佐々木小次郎派だったが、今日から宮本武蔵派に転向だな」
俺の独り言に店主が首をかしげている。
だからといって細かい解説はしない。
それでも、これだけは言っておいた。
「要するに二刀流でいくってことさ」
今回、俺は2本の剣を買った。
刀身に炎を宿したフレイムソードと、冷気を宿したアイスソードだ。
そして、これまで持っていたノーマルソードは下取りに出した。
「買った後で訊くのも変な話だが、1ついいか?」
2本の剣を腰に装備しながら店主に話しかける。
店主のおっさんは「なんでしょう?」と答えた。
「刀身から出ている炎や冷気は触れても問題ないのか?」
「といいますと?」
「例えばフレイムソードの刀身に触れても俺の手は燃えないのかってことだ」
俺にとっては真面目な質問だった。
だが、店主にはおかしく聞こえたようで、声を上げて笑った。
おっさんは「当たり前ですよ!」と言いたげな顔で断言する。
「当たり前ですよ!」
それから、きょとんとする俺に向かってこう続けた。
「人が触って火傷するような代物なら危なっかしくて扱えませんよ!」
「それはそうだが、その程度の炎なら魔物にも通用しないんじゃないのか?」
「そんなことありませんよ! 魔物にはしっかり効きます!」
店主の顔には「なんだか鬱陶しいなぁ」と書いてあった。
おそらく相手には俺の質問が頓珍漢なものに感じるのだろう。
だから俺は「そうか」とだけ答えて、武器屋を後にした。
百聞は一見にしかずと言う。
実際に魔物を斬って試してみるとしよう。
◇
そんなわけでゴブリンタウンに到着だ。
「今日はえらく賑やかだな」
ゴブリンタウンは盛況で、そこら中から戦闘の音が聞こえる。
上機嫌な冒険者の声がこだましており、好調の程がうかがえた。
「だったら俺は入口の傍で楽しませてもらうとするか」
もとよりこの場所に長居するつもりはない。
見知った敵で試したら移動する気でいた。
「オラァ!」
イマジンムーブを発動してゴブリンを蹴散らす。
二刀流になったことで今までよりも手数が多い。単純に倍だ。
それでいて動きも派手になっていた。
「イマジンムーブ様々だな」
この世界ならではの仕様がなければこうはいかなかった。
ゲームと違い、現実では武器を二つ装備しても強くなるとは限らない。
俺みたいに非力な高校生ならむしろ弱くなるものだ。
武器を振り回すのではなく、武器に振り回されるだろう。
「なるほど、どちらも悪くないな」
切れ味自体はこれまで使っていたノーマルソードと大差ない。
可もなく不可もなくといったところだ。
ただ、攻撃の命中箇所が燃えたり凍ったりするのは面白い。
そしてそれは見た目だけの問題ではなく、しっかりと効果があった。
フレイムソードは炎によって傷口を広げる。
ゲーム的な表現をすれば追加ダメージを与えるわけだ。
一方、アイスソードは敵の動きを鈍くする。
ゲームなら妨害性能を持っているような感じだろう。
「武器の効果ってどの敵にも適用されるのかな」
ヘルプには載っていないことだ。
気になったので、自分の足で調べてみるとしよう。
俺は馬車を手配した。
◇
適当なダンジョンへ行っては少し狩って移動する。
非効率的な行動だが、そのおかげで二つの情報を得ることができた。
一つは魔物との戦闘経験だ。
数多の敵と戦ったことで、魔物に関する知識が深まった。
また、自分の得意なタイプや苦手なタイプも把握できた。
もう一つは今回の主目的である武器の効果について。
敵によっては耐性を持っている奴がいる、と俺は考えていた。
その予想は当たっていて、実際に耐性持ちの魔物がいた。
耐性の有無は攻撃すれば分かる。
フレイムソードの場合、斬っても傷口が燃えなければ耐性がある。
完全に無効化する敵もいれば、効果を弱めるだけの敵もいた。
逆に、通常の敵に比べてよく燃える敵もいた。弱点なのだろう。
こうした情報収集に明け暮れ、夜になったので街に帰還した。
今日は稼いだ以上の金を移動費に費やしたが気にはしない。
なんだかんだでレベルも10から15になって大満足だ。
「――とまぁ、今日はこんな感じだったよ」
酒場のカウンターで一人座り、通話でシャーロットに報告する。
『私はイマジンムーブでスライムをたくさん狩っていましたわ』
「だいぶ慣れたか?」
『はい! でも、ゴブリンに使えるレベルではないと思います』
「慌てる必要はないさ」
互いの活動を報告したら通話終了だ。
「お金を貯めたらさ、不動産屋に行って家を買う予定なんだ」
「お前、この世界に永住するつもりなのか?」
「それは分からないが、家がほしいじゃん! 宿屋もいいけどさ!」
「そういうのは他の街を見てからのほうがいいんじゃねぇー?」
「一理ある」
酒場には他の冒険者もいて、色々な会話を繰り広げている。
(地球に戻るつもりがないし、俺も家を買おうかな)
他人の話を盗み聞きする俺。
これはMMORPGでもよくしていた情報収集のテクニックだ。
視点の違う人の話を聞くことで、新たな発想が生まれる。
特に俺みたいな一つのことを追求するタイプには有効だ。
レベル上げ以外のことしか目がないから。
もしもこの世界の冒険者が俺しかいなかったら、1000年かけても家を買うという選択肢は浮かばなかっただろう。
(この酒場にしたのは正解だったな)
殆どのテーブル席を冒険者が占めていた。
ここは冒険者に人気のある酒場なのだ。
冒険者が好む酒場はわかりやすい。
美人な現地人がたくさん働いている店だ。
人によって好みが異なる為、様々なタイプの美人がいると尚良し。
露出度の高い際どいユニフォームの店ならもう完璧だ。
通が好みそうな渋いマスターが営む隠れ家的な店は論外である。
(どいつもこいつも景気のいい話をしてらぁ)
愉快な声が飛び交っていて、盗み聞きしているこちらも楽しくなる。
目の前に置かれた大好きなハンバーグも美味しくいただけるというものだ。
――と、思ったその時だった。
愉快な声に満ちた酒場の中で、不愉快な会話をする連中が現れたのだ。
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