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010 マリナ

 それは聞くに堪えないネチネチした口撃だった。


「俺はお前の為を思って言っているんだよ?」


「本当に分かってる? ちゃんと考えて動いてる?」


「お前は俺の言った通りに動くだけでいいんだよ」


「言われないと分からないの? 本当に考えてる? 脳みそある?」


「別にお前じゃなくてもいいのよ、PTメンバーはさ」


 全て同じ男の声だ。

 すぐ後ろのテーブル席で文句をたれている。


 チラリと見たところ、言われているのは女だった。

 ブロンドのセミロングをした欧風らしさのある美人さんだ。

 胸元がぱっくり開いた深いUネックの白いシャツに深紅のジャケット。

 シャツから垣間見える胸の谷間は、男なら誰しも凝視するだろう。


「ごめんなさいデス……」


 ペコリと頭を下げる女。


「だからさぁ、ごめんじゃないの。死にかけたんだぜ、俺達」


 パワハラもいいところのPTリーダーが、他の男共に「だよな?」と振る。

 他の連中はなんとも言えない表情で「あ、あぁ」と同意した。


(レッドとは大違いだな)


 PTリーダーと言えば、昨日のレッドを思い出す。

 彼はなかなかの人格者で、PTの空気も()()(あい)々(あい)としていた。


 それに比べて後ろの男は酷いものだ。

 どれほどの実力者か知らないが的外れも甚だしい。


「なぁ、ちょっといいか」


 俺は振り返り、不愉快なPTリーダーに話しかけた。

 男は口撃を止め、「ん?」と俺を見る。


「そういう話は他所でやってくれ」


「はぁ?」


「俺は今、大好きなハンバーグを食べている」


「それがどうしたって言うんだよ」


「メシが不味くなるんだよ」


「なんだと?」


「それに一つ言わせてもらうと、あんたの指摘はズレてんだよ」


「なにぃ?」


「俺達がこの世界に転移してから今日で3日目だぜ。まだお互いのこともよく知らないだろ。その状況で自分の思う通りに動けと指図する方がどうかしている。本当にPTの質を高めたいなら、まずは仲間のことをもっと知るべきだろ。それから仲間に合わせたPTの動きを考えるんだよ」


「――!」


「つまりあんたの発言がいかに正論ぽく聞こえようとも、この段階で仲間を批判しているようじゃ論外ってことだ。憤るなら仲間にではなくリーダーとしての器を持っていない自分に対してだろう」


「あぁ!? てめぇ!」


 男はテーブルをバンッと叩いて立ち上がった。

 周囲の冒険者が会話を中断し、なんだなんだと見てくる。

 殴り合いの喧嘩を期待して目を輝かせている者が多い。


「そうやってキレるのは俺の発言が正しいと思ったからだろう」


 俺はゆっくりと席を立った。

 そして、手のひらを上にして手招きする。


「かかってこいよ、やる気なら相手になってやる」


「ぐっ……!」


 殴りかかってくるかと思いきや、男は怯んでしまった。

 俺が強気だからビビってしまったようだ。

 ヒョロガリ体型だし、地球ではただの陰キャだったのだろう。

 女にしかイキれないとは情けない奴だ。


「なんだ? やらないのか? やれー! 殴り合えー!」


「男は拳で語る生き物だろー!」


 酒に酔った野次馬共が何やら喚いている。


「ヨルサン、店を変えよう。皆が見ている」


 仲間の男が言う。

 どうやらリーダーのクソ野郎はヨルサンという名前らしい。


「チッ、分かったよ。お前らに免じて荒事は避けてやる」


 いかにも「本当は今から殴り合う気でした」と言いたげなヨルサン。

 それが彼の器の小ささ、無様さ、軟弱さ、ダサさを物語っていた。


「行くぞ。別の店で飲み直しだ。気分がわりぃ」


 ヨルサンのPTが立ち上がる。

 ネチネチ口撃を受けていた女も従った。

 だが――。


「マリナ、お前はついてこなくていいぞ」


「えっ」


「お前はクビだ」


「それって、どういう……」


「お前みたいな突っ込みまくりのイノシシ女は追放だ」


「そんな、私、明日はちゃんと皆に合わせマス」


「もう遅い!」


 勝ち誇った顔のヨルサン。

 目に涙を浮かべて悲しむブロンドの女ことマリナ。


「よかったじゃねぇか、クビで」


 そう言ってのけたのは俺だ。


「マリナ、俺と組もうぜ。こんな奴と組むより遙かに快適だし、俺ならお前の実力を遺憾なく発揮させてやれるぞ」


 この発言に対し、ヨルサンが「ギャハハハ」と笑い出す。


「よかったじゃねぇか! この男はお前が好みみたいだ。俺に突っかかってきたのもそれが理由だろう。カス同士仲良くすればいいさ。それがお似合いだ!」


 そう言うなり、ヨルサンは足早に出て行った。

 俺やマリナに言い返す隙を与えないところもまた小物くさい。

 野次馬共は口々に「つまんねー」と言って各々のトークを再開した。


「それで、どうだ? 俺とのPTは」


 悲しそうな顔のマリナに問いかける。


「私とPT、いいのデスカ?」


「もちろん。本当の連携がどういうものか教えてやるよ」


「ありがとうございますデス、よろしくお願いしますデス」


 俺とマリナはその場でフレンド登録を行った。


「文人はレベルいくつデスか?」


「15になったばかりだ」


「15!?」


「低すぎたかな?」


「違うのデス。高過ぎなのデス。私は9デス。迷惑をかけるかもしれないデス」


「問題ないだろう。この世界におけるレベルシステムは単純だ。敵と10レベル以上の差がない限り生じない。だから、レベル18以下の敵を選べば、レベルのせいでトラブルになることはない」


 俺は席に座り、ハンバーグの最後の一口を食べる。

 それからコップに残っていたミルクを飲み干し、再び席を立った。


「明日の詳細については後でチャットを送るよ」


「わかりましたデース!」


 マリナが元気のいい返事をする。

 切り替えの早さに定評がありそうだ。


「じゃ、また明日な」


 酒場を出て街路を歩く。


「流れでそうなったとはいえ……」


 暗闇に染まった空を見上げながら呟いた。


「まさか自分からPTに誘うとはな」


 自分の行動が意外すぎて一人で笑った。

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