06
私たちは、先刻私がいた小屋へ戻った。
「リリアン様、身体は大丈夫ですか」
「ええ」
私をソファに下ろすとセベリノさんが尋ねたので頷く。
「あの湖で何をされそうになっていたのですか」
「……あの人が」
意識を失い、床に転がされたモーリスを少し見る。
「湖に入ろうとして……多分、心中しようと」
「心中!?」
セベリノさんとカインが同時に声を上げた。
「前に、マリアンヌに助けてもらってから……ずっと片想いをしていたようですわ」
「ナーア」
低い声でセレストが鳴いた。
――本当に、この子がマリアンヌ?
じっと見つめると、セレストは私に身体を擦り付けてきた。
「……あなた、本当にマリアンヌなの?」
黒猫の身体を抱き上げて膝に乗せる。
「どうしてこんなことに……」
「カイン・バシュレ。あなたの仕業ですね」
セベリノさんがカインへ向いた。
「魂を蘇らせたり他の体へ移すことのできる『魂換術』、メレス家にのみ伝わる禁術の一つです」
「メレス家?」
「あなたの母親の実家です。聞いたことはありませんか?」
「――母がミジャン王国の黒魔術師だったということは知っていますが。家名やそれ以上のことは知りません」
ふ、とカインは息を吐いた。
「そういうあなたは……確か留学中の王子の」
「私はセベリノ・メラス。あなたの従兄弟にあたる者です」
「従兄弟……そう言われれば似ているか」
「伯母様は今どうされていますか」
「母は……四年前に死にました。禁忌の代償だとか」
「……そうでしたか」
「禁忌の代償?」
「我々黒魔術師には制約が多いと言いましたね」
思わず聞き返した私にセベリノさんが答えた。
「伯母は一族を抜ける時にその制約を解く術を使ったのです。術者の寿命を代償に行う、一番重い禁忌の術です。……それでも、伯母ほどの力の持ち主ならばと思っていたのですが」
「そうなのですか……」
確かセベリノさんの伯母様、カインの母親はこの国の人と駆け落ちしたと聞いた。
――大きな代償を払ってでもその人と一緒になりたかったのだろう。
「それで、あなたは伯母から受け継いだ魂換術で、マリアンヌ様の魂をその使い魔に移したのですね」
「……ああ」
「何故です?」
「マリアンヌ様がそう望んだんです」
私の膝の上の黒猫に視線を落としてカインは答えた。
「マリアンヌが?」
「この身体から解放されたいと。マリアンヌ様という人間は死ぬことになるかもしれないと言ったら、それでも構わないからと」
「マリアンヌ……あなたそんなに思い詰めていたの」
黒猫の身体を抱え上げると目線を合わせる。
「可哀想に……でもね、どうしてこんなことをする前に両親に相談しなかったの?」
「ニャ……」
「アレクシアさんが悲しんでいたわ、もっと私たちを頼って欲しかったって」
マリアンヌがずっと悩んでいたらしいと息子夫婦に伝えると、彼らは寂しそうに「あの子は一人で抱え込んでしまうから」と言った。
決して愛情を注いでいなかった訳ではない。
けれど、生まれ持った気質なのか……マリアンヌは周囲に頼ることなくひとりで悩み、結論を出そうとするのだ。
「辛かったなら辛いと言わなきゃだめよ、少なくとも親にはね。あなたを守るのが彼らの役目なんだから」
「ニャア……」
「本当に、あなたは甘えるのが下手なのね」
腕に抱きかかえると、首のあたりを軽く叩く。
幼い頃から弱音を見せないマリアンヌだったけれど、私の前では泣くことがあった。
そんな時はいつも抱っこして、泣き止むまで背中をトントンしていたのだ。
「ごめんなさいね。あなたが苦しんでいたのに側にいてあげられなくて」
私が死ななければ。
そこまで思い詰める前に、少しでも支えになってあげられたかもしれないのに。
「ニャア……」
鳴き続ける小さな身体を、あの頃のように私は慰め続けた。




