ゴミを燃やすには。
いざ戦場へと思った矢先、社長のスマホが鳴り、「ちょっとごめんね!」と言って出てしまい、出鼻をくじかれた気分だった。高速の英語だったためにリスニングが追いつかないが、恐らく工場についての内容であるらしい。3分程話した後に不機嫌な顔をした社長が、
「オーキッド、すまないが少々待って欲しい。研究施設にまとめていたモンスター達が急に暴れ始めたと言うんだ。人間は入らないようにしていたはずなんだが、紛れ込んだのかもしれない。」
舌打ちまでしており、相当な怒りがこちらにも伝わってくる。そのままホワイトさんに指示を出し、クルリとこちらを向くと口角を上げて言った。
「とりあえず、モニター室に行ってみるよ。どういう事か確認できたら、すぐに連絡するからね!!それから、オーキッドの部屋のカメラもマイクも壊されてしまったから、もう何もしないよ。どうせ何度つけても壊すんだろう?」
最後は挑発するように左の眉毛と口角を上げ、楽しそうに言った。だから私も右の口角を上げると、「もちろん、何度でも壊しますよ。」と答えておいた。すると楽しそうに声を出して笑いながら、ホワイトさんと一緒に部屋を出て行ったのである。
残された私達はゲストルームに戻ったが、念の為にカメラ類を調べると本当に無かったので安心してソファーに座った。グレイソンさんが入口の辺りに立って監視と警備をすると言ったので、話がしたいと向かいに座ってもらう。彼は紅茶を用意してくれつつ、言われた通りに腰を下ろし、綺麗な青い目を向けてくれた。それはお互いに何も言わなくても、なんとなく言いたい事が分かるような気がして、思わずフフッと笑ってしまったのである。
「グレイソンさん、言いたい事が分かりますね?私が何をしたいのか、何をするつもりなのか。だけどその前に、貴方がどういう気持ちで、そしてどういう立ち位置なのか教えて下さい。もちろんホワイトさんの事も。お2人とも、社長が嫌いでしょう?」
回りくどく細かい事はこの際いらないだろう。だがあまりにも直球すぎたらしく、彼は目を見開いたまま数秒固まり、我に返ると抑えきれずに笑い出し、最後は声を漏らしてお腹を押さえる始末。そうして満足したのか、目に溜まっていたらしい涙を指で拭うと優しい笑顔をしてくれた。
「蘭はやっぱり最高だな。ずっと観察していたが、君は人間が出来ているようだ。俺の防護服につけられた盗聴器も壊してくれてありがとうな。これで心置き無く話せるよ。」
そうなのだ。彼の服にも盗聴器が仕掛けられており、最初はずっと私の行動を監視するためだと思っていた。実際そうなんだろうが、これのせいで彼は深い話や自分の思考を漏らせないのではないかと思い、ついでに壊しておいたのである。
「どうやら既に気付かれているが、俺もシンディも社長には恨みしかないんだ。もともと俺はドクターの警備担当だったし、彼女は前社長の秘書だった。ずっと社長の我儘に振り回されてはいたが、今回の事件で完全に見限る事にしたんだ。」
するとそこで、ゆっくりとカップに口をつける。私もミルクだけ入れた紅茶を飲むと、彼にお茶菓子を勧めた。それに驚いた後フッと笑って、「バレていたか。」と言いつつスコーンにたっぷりクリームを塗って食べていた。やはり、彼は甘い物がとても好きなようだ。それぞれ一息ついてから再びしっかり向き合う。
「この計画はあんまりすぎて、実は社長を軟禁しようとしたんだよ。だが昔からそういう事に敏感な彼は、逆に前社長を軟禁してそれを理由にドクターを脅し、無理やり薬を作らせたんだ。社長は金を稼ぐ天才で、不動産や株、投資などで自分だけの金を持っていて、それで工場を一つ追加で作ると、そこで新薬を混ぜたシリアルを作り出したんだよ。試供品として配るだけなら、販売店は痛手にはならないからな。」
やっぱりああいう頭がおかしい人間は、勉強は出来るという事なんだろうな。人の欲望に敏感で、世界的に不況の今、一番金が人の心を動かすという事に気付いている。
「正直いうと、全ての計画が分かった時点で撃ちたかったさ。だけど、人質を取られちゃあ何も出来やしない。そうだろう?」
物凄く悲しそうな目をして、肩を竦める彼が少し小さく見える。思わず眉毛をハの字にして、「人質だなんて……!!」と声に出してしまった。それに同じように眉毛を下げつつ、彼は続けて話し始めた。
「俺は妻を人質に取られた。かろうじて生きているよ、今のところはだが。俺が少しでも反抗すれば、すぐにシリアルを食わせるだろうね。娘は何も知らないんだ。家のシェルターに避難させているが、妻は俺のところで匿っていると伝えてある。」
そこで悔しげに拳を握る。すっかり冷めてしまったカップを飲み干すと、
「俺は妻が生きているからまだ良い方だ。シンディは、彼女は、最後まで反対したために、捕らわれていた家族のうち、父親を感染者の観察施設に放り込まれたんだ。」
聞いた瞬間、怒りでマグカップとソーサーが砕け散った。あまりにも盛大に散ったせいで、私の手が少し切れたが、そんなものどうでもいい。どうでもいいのだ、手の小さな傷ごとき。これ程の怒りが湧くなんて制御出来ない。
目を見開き、力が収まらない私にグレイソンさんがすぐに走ってきて、「calm down!蘭、calm down!!落ち着け!!!」と言って背中をさすり、同時に頭をポンポンしてくれた。それはまるで、子どもをあやす父親のようで。その温かさに徐々に落ち着きを取り戻すと深呼吸をして、「ありがとう、ごめんなさい。」と言った。するとすごく優しい笑顔で、いつの間にかこぼれていた涙を拭ってくれたのである。
「蘭、ありがとう。君は本当に人間が出来ているんだな。俺が嘘を言っている可能性だってあるんだぞ?」
向かいの席に戻りながら、彼が右の口角をあげてそう言った。だから私も右の口角を上げつつ、
「貴方が私をずっと観察していたように、私も貴方を観察していたんですよ。人間性は分かっているつもりです。だから信じる事にしたんです。それは貴方もそうでしょう?」
やはり彼は声を出して笑い、ティーポットに紅茶を淹れると、綺麗な動作で新しいカップとソーサーを取り出して注いでくれたのである。それにお礼を言って受け取ると、話の続きを聞かせてくれた。
「重い話をしてしまったが、これが俺とシンディの真実だ。忠誠心はまるで無い。従わないと家族が危ないから、やむを得ずに言う通りにしているんだ。だからようやく待望の完全適合者が見付かったと連絡が入った時に、本当は絶望したんだ。社長のように兵器を作って世界を掌握したいと思っていたらどうしようと。」
それはそうだろう。こんなにすごい力があれば、世界を破滅に追い込む事だって容易だろうし、感染者や機械だけでなく、人間にも精神干渉出来る音波を出せる事に最近気付いたのだ。いくらだって悪い事は無限に出来てしまう。
「だから最初は、見た目に騙されてなるものかと思った。だがお前は心から愛する夫と愛犬という守るものがある人間だった。それに、俺を見る目は厳しくて、敵だと確定していたからな。間違いなくいい人間だと安心したんだ。」
そう微笑みつつ、「きっとシンディも気付いてる。」と言っていた。それが本当ならどんなにいいか。彼女の無念は計り知れない。犠牲になった父親の他にもまだ、家族が人質に取られているのだ。ホワイトさんの家族もグレイソンさんの奥さんも、絶対無事に助け出したい。
「話してくれてありがとうございます。貴方の言う通り、私は最初からあの男を潰すつもりで来ました。だからもし全員が敵なら、容赦なくやってやろうと思っていたんです。」
そう言って苦笑すると、彼も同じように肩を竦めていた。
「だけどグレイソンさんは、一人のしっかりした父親で、その目には隠しきれない優しさがありました。きっと大切な人がいるんだなと分かり、どうにかこちらの味方になってくれないかと機会を伺っていて、社長に会って確信したんですよ。貴方もホワイトさんも、社長を憎んでいるって。」
そうして彼を強い目で見つめた。すると彼も真っ直ぐ、意思の込められた視線を返してくれる。
「だから。やってやりましょう。私ならそれが出来ます。むしろ、私にしか出来ません。力を貸してくれますね?」
彼は一旦上を向く。それはまるで天に祈るようで、黙ってその様子を見ていた。そしてすぐにこちらに視線を戻すと、立ち上がって綺麗な敬礼をしてくれた。
「蘭、ありがとう。もちろんだ。シンディへの接触は常に社長がついていて難しいが、きっと察しのいい彼女なら分かるだろう。」
私もすぐに立ち上がり、右手を差し出して握手を交わしたのである。
「安心してください。貴方の奥さんも、ホワイトさんのご家族も助けます。そして絶対に、社長に地獄を見せてやりますから。」
最後はニコリと微笑んで言ってのけた。そうして声を出して笑ったグレイソンさんと、同盟を結ぶ事に成功したのである。
それからはお互いにリラックスして話をした。この建物の事や娘さんの事、愛犬の事、警備隊では鬼隊長と呼ばれている事など。紅茶を飲みながら20分程話して、話題が落ち着いてきたのを見計らい、口火を切った。
「今回の私の計画は、きっと残酷です。でもそれを実行する事を全く躊躇わないのです。その点に関しては、確かに私はモンスターなんでしょうね。」
そう言って皮肉に笑う。だって本当にそうなのだ。私の中に何の躊躇も生まれない。むしろ社長を残虐に屠ってやろうという気持ちしか湧いてこないのだから。
「でも絶対にやりますよ。ただ、もしかしたら力の使いすぎで、暴走する可能性もあります。頭痛に負けてしまえば、きっと薬の力に支配されるでしょう。」
この頭痛に負ける。それは即ち、私の死を意味するのだ。自我が無くなれば、ただの兵器と化してしまう。手当たり次第に攻撃し、何もかもを潰してしまうだろう。そうなったら。そうなってしまったら。
「だから貴方に頼みたいのです。私の自我が無くなったら、その時は迷わず、撃ち殺してください。」
グレイソンさんの目が大きく見開かれる。
「力のせいで武器が制御されて、撃てないかもしれません。ですが、力を使いすぎると必ず眠くなります。脳が疲れるんだと思うんです。だからどうか、その時を待ってください。お願いします。」
私自身だから分かる。この能力が暴走してしまっても、必ず脳に限界が来る。そうしたら倒れるように眠るだろう。その時だけは力を使うことが出来ない。チャンスはきっと1回。だからこそ信頼出来る人に頼みたいのだ。付き合いは浅いが、彼の腕は確かだろうし責任感が強く、きっとやり遂げてくれる。
しばらくじっと見つめあっていたが、彼は真っ直ぐに私を見て、無言で頷いてくれたのだった。
きっと彼なら大丈夫。だから心置き無く、力を駆使して社長を地獄に突き落とす。私には大切な人、守るべき人がいて、そのためなら自分が犠牲になっても、必ずあいつを地獄に落とす。
「蘭、もしも君の夫が知ったら、後を追うんじゃないのか?」
それまで黙って聞いていた彼が、静かにそう言った。それはずっと、私の胸に引っかかっていた事。ごまちゃんを置いてでも、夫は私の元へ来る事を選ぶだろう。あんなに生きてほしいと懇願したけど、それでも何を差し置いてでも来ようとすると分かっていた。だからこそ、課長さんと西野警部補さんに頼んだのだ。夫の事だけではなく、ごまちゃんも守ってほしいと。彼らはしっかりと約束してくれた。だから。
「それは分かってます。夫はそういう人だから。」
そう言って微笑むと、グレイソンさんは怪訝な顔をする。だがそれに構う事なく宣言した。
「彼が私を追って来たら、まずは愛犬を置いてきた事を心底怒ってやります。そうしてそれが済んだら、仕方の無い人って言いながら、思いっきり抱きしめます。」
夫が私を諦めないように、私も夫を諦めない。だから魂になっても戻ろうと思っていたけど、それよりも早く彼は私の元へ来るだろう。それはきっと光の速さで。だからそうしたら、たくさん叱ってそれから抱きしめる。夫の重い愛は、私にとって苦しくもなんともなく、むしろ嬉しくて嬉しくてたまらないのだから。
「ははは、それなら心配いらないな。」
そうして微笑むと、社長からの連絡が来るまでずっと、お互いの伴侶自慢をし続けていたのだった。これから始まる命を懸けた戦いに向け、心を落ち着けるには打って付けの話だったのである。
そうしてどっちも譲らずヒートアップしてきた頃に、この部屋の電話が鳴った。目配せをしたグレイソンさんが出ると、「OK。」と言って受話器を置いた。そうして私を強い目で見つめ、「覚悟はいいか?」と問うてきた。
「もちろん。さあ行きましょう。今度こそ、ね?」
ニコリと口角を上げて言うと、彼も同じく微笑み、サッと左手を出してエスコートしてくれる。それを右手でしっかり掴むと、「約束、守ってくださいね。」と言って共に歩き出したのだった。
そうして着いた社長室の中。エグゼクティブデスクに上機嫌で座る社長と、その脇に無表情で立つホワイトさんが見える。社長はドアが閉まってすぐに立ち上がると、相変わらずのマシンガントークで話し出した。
「オーキッド、お待たせして悪かったね!!モンスター施設に無理やり押し入った者がいたんだよ、迷惑な奴だよね?!家族がいるんだって叫びながら侵入したらしいよ!!お陰でモンスター達が興奮してしまって、細胞を無駄に使わされてしまった!!」
そう言って頭を抱える。本当に人の心の無い化け物だ。その人がどんな思いで無理やり入ったと思っているんだろう。錯乱していたとしても、会いたくて会いたくて入ってしまったのではないか。
「さあ行こう!!ネズミが侵入したせいで、まだ少し興奮状態のようだから、オーキッドが力を使うには大変かもしれないが、きっと君なら大丈夫だろう!!」
琥珀色の瞳を興奮に輝かせながら、ホワイトさんと先に部屋を出た。すぐに私達も続き、研究所までの長い道のりを社長のマシンガントークを聞き流しながら、無言で歩いたのである。
そうして空中回廊を渡るにつれ、頭痛が強くなってくる。しかしそれを顔には出さず、少しグレイソンさんの手を握って耐える。彼も顔は無表情のままだが、それでも優しく手を握り返してくれたのだった。
いくつかのドアを社長の網膜認証セキュリティーで通過し、ようやく着いたその場所。暗めの大きなガラスが張られたその部屋には、想像以上の数の感染者が集められていた。こちらを見ていない事を考えると、マジックミラーなのかもしれない。
「どうだいオーキッド!!すごいだろう?!絶景じゃないか!!!」
あまりにもつらい光景で、思わず足を止めて目を閉じてしまった。そんな私を気遣うように、ギュッと手を握ってくれるグレイソンさんの温もりに、負けられないと気持ちを強く持って目を開けると再び足を動かした。
倒れている感染者もいる。ここにどれほど閉じ込められてたんだろう。楽しそうに笑っているこのクソ男を、楽に死なせてやるなんて嫌だ。助けて許してと泣き叫んだとしても、足の先からすり下ろされるような苦痛を与えてやらなければ。
目が燃えるように熱く、頭痛が激しくなっていく。怒りのボルテージは最高潮に達しそうだ。バチバチと天井の電灯が音立てているが、そんな事よりも。
私はスッとグレイソンさんの手を外すと、驚いている彼を見上げて微笑んだ。そうして声を出さずに、「貴方とホワイトさんを守ります。だから約束、守ってね。」と口パクすると前に進み出る。
「さあオーキッド!!見せてくれ!!!」
両手を広げ、嬉々としてはしゃぐゴミに向かって言う。
《来い。》
「わーお!!一緒に見に行くんだね?!楽しみだなあ!!」
そうだね、一緒に見に行こう。地獄の業火って、どんなに熱くて苦しいんだろう。
「すんごく楽しみね、アーノルド?」
微笑んだまま、盛大にガラスを割った。




