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それぞれの思い.


「そういう訳だ。残酷な話だが、ここに残る1人を今から決める。方法はどうするか……立候補が万が一あれば受け付ける。」


険しい顔をした課長が提案したが、これは誰も期待していないだろう。やはりクジ引きになるのかもしれない。そうしたら絶対に当たりは引かないようにしなければ、どんな手を使ったとしても。恐らく課長や西野警部補もそう思っているのではないか。


「あ、じゃあ私が残ってもいいですか?」


そんな重い空気が流れていた時、サッと手をあげ立候補者が現れたのである。全員が勢いよく驚愕の表情で見ると、にこやかな笑顔の田村巡査部長がいた。思わず、「え、どうして?」と訊いてしまったが、それに対しても変わらずにこやかに答えてくれた。


「私は独身ですし、家族もあまり仲が良くないんです。だから別にどうしても戻らなければならない理由がありません。」


そこで一旦言葉を切ると、他の4人を見てから、


「それに私、馬場さんの事わりと好きですよ。」


右の口角を上げてニヤリと笑う。「ええ?!」思わず声を出してしまったのは、どうやらこの場にいる全員のようだ。


「おい田村、本当か?無理してるんじゃないのか?」


動揺を隠す事なく、課長が田村巡査部長に詰め寄って問う。それに先程とは違い、人のよさそうな笑顔をして「はい、もちろんです。」と答えたのである。今度こそ俺は声が出なくなった。クジ引きをしなくていいのは本当に良かったが、予想外すぎて絶句してしまったのは仕方がないだろう。


「異議が無いなら、私が残ってもいいですね?」


改めて彼女がそう言うと、ありがたいがそれを表に出していいのか迷いつつも、全員が頷いたのである。それを見て、「ならヘリが来るまで少し長いですが、勤務頑張りましょう。」と田村巡査部長が締めくくると、「お前はいつも予想外だな…。」と課長がボソッと呟いたのだった。


そうして決まった日から、ヘリが来るまでの日々を過ごしていく。加藤とは交代の手順の話があるという理由で、情報共有が出来ていた。やはり都内から中心に、感染者が爆増しているという。しかし今のところまだ、どの国からも完全適合者(ブレイン)は見付かっていないらしい。そもそも本当に存在するのだろうか。この新薬の開発があまりに難しく、今回のみの試みだったらしいが、こちらからしたら憤懣やるかたない。それを加藤にぶつけるわけにもいかない事は、重々承知しているが。


「それにしても田村巡査部長と馬場、本当にいい雰囲気なのが驚きだな。」


勤務中にカップ麺を食べながら、西野警部補が呟く。それに大きく頷きつつも思い出すのは、加藤との話し合い初日にすれ違った馬場の顔である。妙にソワソワしていた理由は、田村巡査部長と何かあったからなんだろう。


「……彼女はこういう事も肉食なんでしょうね。」


身体的にも精神的にも強い彼女は、男女の関係も攻めるタイプだったらしい。俺の呟きに、今度は西野警部補が大きく頷く。あの2人は今後についての打ち合わせという理由で、頻繁に一緒にいるのを見るが、その時の馬場の顔はほんのり赤く、せめてもの反抗なのか目だけは鋭さを意識しているが、それもキョロキョロしていて動揺しているのがバレバレである。そしてそんな彼を見る田村巡査部長の顔は、まさに狙いを定めた肉食獣そのものだと誰もが思った。


そしてそんな彼女に触発されたのか、馬場の態度がなんとなく柔らかいものになってきており、連絡事項の際に世間話を少しするようになった。そうして分かってきた彼の性格は、非常に真面目すぎるという気がしてならい。恐らく言われた通りに行動する事が、何事も最善であると思っているような。それを早々に見抜いていたらしい田村巡査部長によって、スルリと懐に入られて心を溶かされたのだろう。


話しているうちに交代の時間になり、次の3人が入ってきた。ついでに何故か馬場もいるのだが、俺の後輩で独身の鈴木巡査長に睨みをきかせている。それを全く気にしていない鈴木巡査長と、嬉しそうに口角を上げている田村巡査部長に挟まれて、課長の機嫌が大変悪かった。


「……いくらなんでも急速すぎるだろうが。」


そう言いつつ入って早々に椅子にドッカリ座ると、ひとり言にしては大きすぎる呟きをこぼす。それに対して誰も言葉を返さなかったが、“完全に同意です。”と目で伝えたのだった。それから西野警部補と部屋を出て、それぞれシャワー室で身綺麗にした後、寝支度をしてから仮眠室の簡素なベッドに横になったのである。


こうして近くでいい感じの男女をみると、とてつもなく羨ましくて腹が立つ。俺だって今すぐ蘭に会いたいし、抱きしめたいし、酸欠になる程に唇を合わせて、それからドロドロに愛したいのに。


「おい、気持ちは分かるがイライラしすぎるな。田村巡査部長がここに残ってくれるから、俺達は署に戻られるんだ。」


あまりにもイライラしすぎたせいで、西野警部補に気付かれてしまった。「……分かってます、でもやっぱ羨ましくて。」とポツリと返すと彼はため息を吐いて、「そうだな。俺も本当に家族に会いたいよ。」そう言いながら自分の仮眠ベッドのカーテンを閉めた。


そうして俺もカーテンを閉めてから習慣の妻への思いを込めたお祈りをして、やるせない気持ちを飲み込み眠りについた。しかしその夜に見たひたすら妻がかわいいという夢をみてしまったために、起きた時に幸せから地獄への落差によって、次の勤務は終始無口気味であった。しかしそれを決して咎めない西野警部補も、きっと同じだったと思う。





こうしてひたすらヘリが来る日を待ちつつ、淡々と業務をこなしていた時、ようやく5日後に来るという連絡があった。それはここ最近、ずっと機嫌が悪くて尚更仕事をしている振りをしていた課長も、率先して動く程に嬉しいものだったのである。


「皆さん、当日は午前中ここに到着予定ですので、身支度をしっかりしておいて下さい。何度も伝えておりますが、安全面がここより整っていないはずです。すぐに対応していただく必要があるかもしれないので、そのつもりでお願い致します。」


休憩室に入ってきた加藤が、頭を下げつつそう言った。確かにようやく署に戻って連絡が出来るけれども、それと同時に危険が襲ってくるのだ。気持ちを引きしめなければと、改めて強く思った。


それからの5日間、いつものメニューを更に重くして、当番以外の日は施設内の廊下を借りて走り込みや筋トレを行った。それを見ていた他の3人も同様に筋トレメニューを増やしており、戦闘実践経験は当然全員無いが、なんとかなるかもしれないと思う程である。


当日、朝から緊張した面持ちを隠しきれず、我々4人は田村巡査部長の前に立っていた。当たり前のように横には馬場がいるが、気にせずに1人1人が言葉を掛けて心からの感謝と謝罪を伝えると、「全然です。むしろ私に残らせていただいて、ありがたすぎるぐらいですよ。」と笑顔で言いながら馬場を見上げた。見つめ合う2人の空気のせいか、さっきまでの気持ちが少し薄れてしまいそうだが、これはこれで良い事なのだと飲み込んでヘリ到着場へ向かった。


そうして武装した我々と、同じく防弾ベストを着用した加藤が合流し、その時を待つ。表向きは交代のためであり、その入れ替えのついでに荷降ろしを手伝うという設定のため、全員が険しい顔をしたまま休めの姿勢で待機していた。すると遠くからでもわかるプロペラ音が聞こえ、それから5分程して見えた機体は、荷物や人間を数人乗せる種類だからか大きく威圧的である。


ヘリの扉が開くと、完全武装した様子の黒ずくめの男が降りてきた。そしてサッと前に出た加藤が何か会話をし、それぞれ頭を下げると2人ともこちらへ来たので、我々も更に気を引きしめた。


「どうも。こちらの勤務を長く担当していただいたと加藤から聞いています。今回同乗していただきますが、完全に安全とは言いきれませんのでご了承ください。既にショッピングモールや避難所に配っておりますが、やはり感染者がいないわけではなかったので。」


そう言い切ると、再び頭を下げてすぐにヘリに戻って行く。その後に続きつつ加藤がこちらを見て、目で “わかっていますね?” としながら誘導してくれた。すぐに課長を先頭にして、我々も乗り込む。安全ベルトにヘッドホンを装着すると、いよいよ署に向けて出発したのである。


ここから署までは車で30分程であるが、ヘリだと10分もかからない。しかし途中で見た道路は、我々が給水場に着いた日と比べると荒れており、自動車で出発していたら困難だっただろう。感染者も数人確認できたが、ほとんどが動いておらず、3ヶ月して倒れた感染者ではないかと思われる。


想像以上に早く着いた署は、意外にも周りをしっかりバリケードで囲っており、これならば感染者も入られないのではないだろうか。しかし油断は出来ないので、常に気を張っていなければならない。そして田舎の署ならではの大きすぎる駐車場に着陸すると、我々と加藤が降りて試供品のシリアルが入った箱を10箱と、給水場から持ってきた安全な食料や水を大量に下ろした。


「ではこれから、交代の方々が来るのですね?しかし我々は時間がありません。あと10分して来なければ、自力で給水場に戻っていただく事になりますので、急いでください。」


ヘリの近くのために大声での指示を受け、俺達は急いで運搬口に向かう。ヘリが着いた事に気付いていた生活安全課がドアを開けてくれ、運び入れるのを手伝ってくれた。事前に交代を提案する話をしていたので、行きたい人はヘリに乗ってもらうという手筈になっていた。作業しつつ訊いたところ、生活安全課の5人のうち3人が希望したらしく、大荷物の運搬終了と同時に敬礼すると、ヘリに乗り込んで行った。


「どうか皆さん、ご無事でいてください。このパンデミックは永遠ではありません。どうか一日でも早く終わりますように。これまで本当に、ありがとうございました。」


最後に早口ではありつつも、心からの言葉をくれた加藤に代表して課長が、


「加藤代表も、いろいろと大変感謝致します。どうか無事でありますように。」


と返し、交通課4人で一列に並ぶと敬礼した。それを少し寂しそうにしながらも、笑顔で頭を下げると生活安全課の3人と乗り込んで行ったのだった。


それを敬礼したまま見送った我々は運搬口から入り鍵を閉めると、ここに残った2人に試供品について説明を行った。意見が満場一致だったために署の裏に全箱をまとめ、冬季での災害に備えて備蓄している灯油をかけると、火をつけて燃やしたのである。


そうして燃え尽きるのを見届けてから、再び中に入って状況をきいた。生活安全課の課長によると、ここは特に避難を求める民間人は来ていないという。映画やドラマと違って、家の中に立て篭り身を守る人がほとんどだと言っていた。しかし食料品を求めてここに来ようとする人が増えてきたらしく、集会所に案内する回数が多くなったとも言う。


「まあ、外で案内するのは装備品をせしめている刑事課が主に担当しているので、私達は備蓄品と食料品の管理をします。警備してるんだから食料品を多く寄越せとか言ってくる人もいますから、強気に戦う必要がありますけどね。」


苦笑いをしながら生活安全課の課長が言う。すると我が課長が、「それは俺達に任せて貰えればいい。生活安全課(せいあん)は穏やかな人が多いからな、刑事課に舐められやすいんだろう。」とハッキリ言うと苦笑しつつも、「その通りです、助かりますよ。」そう言ってから、今の署内を見回るように勧めてきた。


警棒をしっかり腰に佩いたまま、警戒しつつも4人で見回ると、意外にも出発時より落ち着いているようだった。ここに残っているのは外の警備を担当している刑事課と警備課、そして食品や備蓄品を管理している生活安全課だけらしい。他の課は我々のように、ライフライン施設に回されているとの事で、最初から署に民間人を入れるつもりは無かったのではないか。だから外のバリケードもかなり本格的に張られている気がする。


そうして見終わったところで、最後に交通課に戻り早急に鍵付きロッカーを開けてスマホを取り出す。当然充電が切れていたために、3人とも大慌てで自分のデスクにある充電コードを挿しこんだ。すぐに起動しきらない事に焦れて思わず唸り声を上げると、同じように焦れた様子の課長がデスクを無意味に殴り、西野警部補は大きすぎるため息を吐いて、鈴木巡査長はデスクを指でトントン叩き続けている。そしてようやく完全に起動したスマホは瞬く間に通知を知らせ始めたが、全てを目で追い続ける事が難しい程に涙が溢れた。


「蘭……!!良かった!!!」


昨日の夜まで、毎日毎日無事だと連絡をくれていた。既読も付かない俺の通信アプリに、健気に送り続けてくれているなんて。ごめん、ごめんな蘭。どんなにつらくて寂しくて、苦しかったんだろう。そばにいられない俺を、恨んだんだろうか。いや蘭はそんな事は思わない、むしろ俺の安否を心底心配してくれているはずだ。ああもう、本当に好きすぎて苦しい。声が聞きたい、会いたい、抱きしめたい。


大泣きしている事を全く恥ずかしいと思わない程、妻への愛が溢れて止まらなくなったが、とにかく早急に送らなければならない事がある。通信アプリは、下手をするとflakes社が買取り監視しているかもしれないと加藤が言っていたため、ショートメールを開くと急いで打ち込む。


『蘭、シリアルを食べるな。』


端的にそれだけを送ると、ホッと息を吐いて涙をハンカチで拭きつつ顔を上げると、他の3人も泣いていた。課長と鈴木巡査長は嬉しそうに笑顔でスマホを見ながら涙を流していたが、西野警部補は項垂れて声を殺している。不安がよぎるが、それぞれが口を開くまで蘭からのメッセージを読もうとアプリを開くと、再び涙のダムが決壊した。『今日も無事でした。』という内容の中に、時折『けんちゃんは無事かな。無理しないでね。』といった事も書かれている。感情が抑えきれない程に込み上げ、今にも自宅に向かって走り出したい衝動に駆られるが、強く唇を噛んで耐えるしかないのである。


「良かったよ、本当に良かった。カミさんも息子も無事だってさ。シリアルは貰ってすぐに捨てたんだと。海外製が怖いって理由らしいけど、よくやったよカミさんは。」


そう言って涙を拭きつつ課長が言う。それから鈴木巡査長も、「俺の両親と妹も無事なようです。別で暮らしてる弟の安否が分からない事が不安ですが…」と言った。だから俺も「妻は無事なようです。」そう笑顔で返す。まだ返信が無いから分からないが、シリアルはどうしただろうか。スマホを握って思案していると、西野警部補が涙をそのままに顔を上げた。


「俺の家族は、妻だけ生きているようです。だけど娘2人が……。

どうして、どうしてシリアルなんだ!!子どもが興味を持つに決まってるのに!!」


珍しく大声を出し、そのまま机に突っ伏して泣いている。3人とも絶句して言葉が出ず、しばらく交通課には、西野警部補の嗚咽だけが響いていた。


しかし生活安全課の2人との交代時間が迫っている。残酷だが、俺達は向かわなければならない。それに署内はスマホの所持厳禁らしく、また鍵付きロッカーに仕舞うしかないのだが、課長が誰でも鍵を取り出せるように場所を教えてくれたのが少し救いだった。


全員がスマホを仕舞い、課長が鍵を掛ける。そうして未だに涙を止められない様子の西野警部補の背中を、俺が無言でさすって4人で歩き出す。鈴木巡査長の弟さんだって、もちろん蘭だってシリアルを食べたかもしれない。そしたら失ってしまうのだ、俺の最愛の蘭を。考えただけでも息が吸えなくなるし、涙もせり上ってくる。


絶対に失いたくない。もしも蘭がシリアルを食べてしまっていて、感染者になったなら。それなら俺は迷いなく蘭の事を抱きしめよう。「愛してるよ」と言いながら、最愛の蘭に殺されるなんて本望だ。けれど出来るならば、ずっと一緒に生きていきたい。どうか無事でいてくれと強く願いつつ、生活安全課と交代したのである。


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