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天秤にかけるまでもなく.

ここには出来るだけ入らないでほしいと、初日に馬場から言われていた場所へ向かう。そこは備蓄品や食料品を管理、調理をしており、彼らの事務所も兼ねているらしい。普段連絡は内線、又は彼らが直接こちらに来るかであったため、ここには誰も来た事がないのではないだろうか。


しかし我々には来なければならない理由がある。だから躊躇う事なく課長がドアを強めにノックした時も、誰も何も言わなかった。それどころか、全員の漏れ出す圧でドアが吹き飛びそうな程である。それをチラリと視線で「抑えろ。」と指摘されたので、仕方なく圧を下げる事に集中した。


そうして開いたドアから困惑顔の加藤と、今にも怒鳴り出しそうな程に目付きが凶暴になっている馬場が出てきた。それは通常ならば相手が怯んでしまう事が簡単に想像出来るが、生憎こちらはそれを凌駕する程の怒りを抱いているため、屈するどころか、逆に馬場を少し動揺させたのである。


「えーと、皆さんどうなさいました?」


我々に気圧された様子で、困惑した顔のまま加藤が口を開き、隣の馬場も同様の雰囲気を出している。他にも彼らと同じ制服の人間は2人いるが、我々がその気になれば簡単に全員を戦意喪失させる事も可能だろう。それが分かっているから、ここで怒りを爆発させる事をやめた馬場は、やはり隙が少ないなと思った。


「加藤代表とそちらの、部下の方にそれぞれ用がありまして。よろしいか?」


馬場の名前は知らない体でいる事にしたため、課長は名前を出さなかった。それに許可を求めるような口振りだが、拒否は断固認めないという圧が声と態度全面に出ていており、完全に怯んだらしい加藤が、「はい…どうぞ。」と言って一歩下がったのである。


道を譲った加藤に準じて下がった馬場が、「給水管理場はどうなっています?」と目付き鋭く問うてきたが、「一人残している、問題ない。だから来たに決まってるだろうが。」嫌悪感を隠しもしない課長にそう言われると、眉間に寄る皺を深くしつつも納得したように口を閉じた。


そうしてここからである。スッと前に出てきたのは、俺の3年先輩の巡査部長で、田村という女性の同僚だ。彼女は身長も高くはなく、少しふくよかで笑顔が絶えないため、一見優しそうに見えるが実はそうではない。小学生の頃からずっと柔道を続けており、今でも各署対抗の大会に出場すると優勝する強さを誇る。そして怒らせると例え相手が上司でろうと、容赦なく論破して黙らせる程の頭の回転の速さを持っている。


そんな田村巡査部長が前に出た事で、警戒した様子の馬場に圧を出されているが全く怯む事なく、「あなたのお名前は?我々は全員知りませんが。」と笑顔で訊いた。するといささか驚いたように眉を動かすと、しぶしぶといった様子で「……馬場です。申し遅れました。」と名乗った。それに対し「遅すぎですね、うっかりさんでしょうか?」なんて笑顔のまま言うと、更に雰囲気を鋭くさせた馬場にも臆しもせずに「シャワーの調子がおかしいんです。女性は私だけなので、早急にみていただきたいのですよ。こちらにお願いします。」そう言いながら馬場の左腕を掴むと、文句を言わせる隙もなく連行して行った。彼女の腕力は想像以上に強い。だからきっと彼も振り解けないだろう。


それを驚いた顔で見ていた加藤を、課長を正面に俺と西野警部補が左右を囲んだ。すると何かを察したかのように一瞬目を逸らしてから、「私に話があるんですね?馬場のいない所での。」と課長に言うと、無言のまま圧を放つ我々を肯定ととったようで、入口から少し奥にあ6人がけのテーブルに案内された。そうして座ったところで、ペットボトルの水を配ってくれたのである。


「話の内容は、心当たりしかないのでは?」


課長がドッカリ腰掛け腕組みしたまま、震えるような低い声を出したのを皮切りに、俺と西野警部補も同様に圧を強める。すると「やはりか……。」と呟きつつも覚悟が決まったように真面目な顔をして、「何でもどうぞ。いずれ、こうなるだろうと予測していました。」と言い、やはり鍵は馬場だったのだなと思う。課長が丸井巡査部長の容態や感染源についての推察を述べると、一度うなだれてから立ち上がり、厚いファイルを手に戻ってきた。


「これからお話する内容は、漏れた事が知られれば私の命はきっと無いでしょう。ですがそれでも、話さなければならない時が来たのだろうと覚悟しました。」


いつも少し気弱そうな雰囲気だった加藤が、目を逸らす事なく言う。その顔は本当に運命を受け入れているという表情で、今の彼ならば全てを話してくれるだろう。きっとこれから知る内容は想像を絶するものであり、受け止める事も難しいかもしれない。しかしそれでも、我々は知る事を望んだ。


「ではまず丸井さんについてですが、彼女はご想像通りに試供品のシリアルを食べた影響で、感染者となってしまいました。そうなると治療法が無く、助ける事は不可能のため、やむを得ず施設の外へ出させていただきました。あれから3ヶ月が過ぎましたので、恐らく彼女は既に死亡しているかと思います。」


そこまで言うと、一度ペットボトルに口をつけた。かなり喉が乾いていたようで、半分程が勢いよく減っていく。満足したのか、キャップを閉めるとファイルを捲ってこちらに向けた。それを読むと、もともとここにいた職員はこのパンデミックを起こした会社により、大型の獣の生皮を被せられて、人間と感染者の遺体を回収させられているらしい。思わず驚愕のあまり「なんのために?」と訊くと、一度頷いて再度水を飲んでから口を開く。


「それは単純にこのパンデミックの目的が、人類全滅ではないからです。どうしても手に入れたい、特別な感染者が現れるまで、世界的に試供品を配っています。ですから、外に遺体が転がっていると、一般人は怖がって外にますます出ずに、せっかく新しく配ったシリアルも食べる事がないでしょう。そして交換するのが困難なガス以外のライフラインを稼働させ続けるのも、最低限の生命維持をしてもらうためです。」


それはあまりに自己中心的すぎる内容である。怒りで3人とも言葉が出ない。


「今ここにいる私たちは、アメリカの大手食品会社であるflakesの日本支店社員です。このバイオテロが起こる事は、開発時から一部の社員にのみ知らされていました。もちろん反対意見の方が多かったですよ、こんなあまりにも恐ろしい計画なんて。馬場以外の私たちは反対派でした。ですが、家族の命を狙うと脅されしまっては……。」


すると他の2名もこちらに来て、加藤と一緒になって頭を下げ始めた。


「もう隠し通すのはつらいんです。家族はもちろん大切ですが、それにしたって犠牲が大きすぎる。心が耐えられない!!」


そう言って項垂れると、頭を抱えてしまった。しかしまだまだ知らなければならない事は多くある。「試供品のコーンフレークに何が入ってる?」難しい顔をしたままで、西野警部補が問う。


「詳細は明かされていませんが、人間の細胞にのみ効果のある新薬が、コーンフレークを作る途中で練り込まれているらしいです。それを食べると早い人で数時間、遅い人で数日かけて初期症状が出て、そこから更に丸1日程で完全な感染者として目覚めるようですね。同じ哺乳類だとしても、何故人間にのみ効果があるのか私には分かりません。」


項垂れた状態のまま、加藤がそう言う。どうしようもない程の怒りが湧いてくるのが分かるが、加藤に当たったところで解決しない。だがきっとこれには、終わるきっかけがあるのではないか。そう思って、「どうしても見つけたい感染者とはなんだ?」と訊いたが、隠しきれない怒りが声に混じってしまった。すると加藤がピクリと緊張したのが分かるが、ここまできて言わないなんて選択肢は選ばせない。


「……それは、この新薬に細胞が完全に適合する感染者です。ブレインと呼ばれています。」


「まるでゲームの中にあるような名前だな。」


思わず課長が言うと、「そこから名付けをしたそうです。」と言いつつ続ける。


「この完全適合者(ブレイン)は、恐らく自我の無い感染者を操作する事が可能なようですね。だから一刻も早く探し出して、自分の手元に置きたいのでしょう。世界中から、どれ程の完全適合者(ブレイン)が出るか分かりませんが、それぞれ自我があるそうなので選別などしたいのかもしれません。」


もし本当にそれらに自我があるというならば、性格によっては最悪の事態を更に引き起こしかねないではないか。人類全滅が目的ではないと言っていたが、それも可能に出来るという事だ。


「なんという……。」


課長がそう呟いて、腕を組んだまま天井を見上げる。俺も頭の中もまだ冷静に受け止められていない。だがしかし、俺達は目的があるからここに来たのだ。強い気持ちを込めて、


「署にどうしても戻りたいんです。妻の、他の皆さんのご家族の安否が知りたいですし、シリアルに気をつけろぐらいは言わせてほしい。方法は無いでしょうか。」


課長と西野警部補も頷いている。どうしても言いたいんだ。守りたい。加藤たち3人はしばらく小声で会話をしたかと思うと、ようやく考えが纏まったのか、テーブルの上で両手を組んで口を開く。


「実は近々、日本支部からヘリコプターで試供品の箱を全国に配るのです。ショッピングセンターや避難所などの近くに配置されます。この新薬入りのコーンフレークには数に限りがあるのですが、早く配り渡らせて

完全適合者(ブレイン)を見つけたいと躍起になっているのでしょう。このタイミングであれば、食糧難に陥っている人々は群がるでしょうし。これを止める力は私には無いのですが、ヘリがここに寄った時、同乗しませんか?しかし1人は残っていただく必要がありますが。」


ヘリコプターとは。それは確かに警察署に張られているであろうバリケードも関係なく中に入られる。それなら何がなんでも同乗し、妻の安否を確かめたい。


「どうして残る必要が?」


冷静に西野警部補が質問する。それに加藤は、「馬場の気を引くためと、ここの管理が回らないという事もありまして。」と言う。確かに馬場はこのバイオテロに反対ではなかったと言っていた。ならば交代のために一旦戻るとしても信じず、阻止される可能性もある。


「仕方がない。誰が残るか話し合おう。」


そう言うと更に課長は加藤に向かって、ここの勤務は月ごとに交代の予定であり、その連絡が無いから署に電話をさせて欲しいと言いに来たと告げた。すると加藤が、「それはいい作戦ですね。」と思案しつつも同意してくれた。しかし署に連絡するのは難しいようで、もし周囲に内容が聞こえてしまって署に行く前に問題が起こると困ると言う。


「それはそうか。ならば近々来るというヘリに同乗させてもらう。正直本当かどうか怪しいが、我々には他に手がないのも事実である。」


ここにいる全員、罠かもしれないと思っていても、それでも方法がない以上従うしかないのだ。


「大丈夫です。私も同乗しますので、説明は任せてください。ちなみにこの田舎にヘリが着くのは、来月の終わり頃かと思います。遅いですが、ヘリの数が限られているのでそこは我慢してもらうしかありません。」


来月という事は、年が明けたその月末あたりか。今すぐにでも帰りたいのに、待たなければならないのは歯がゆくてつらい。


「気付いているかと思いますが、今回SNSもアメリカの本社が買収して操作しており、時期に稼働しなくなると思います。それゆえに一般の方々への情報認識が遅れ、感染者が再び増える事も容易に予測されますので、署に無事着いた場合は、速やかにご自分を守る事もお忘れなきよう。この施設ほど、バリケードは強くないかもしれないですし。」


それを聞いた俺達は、目を合わせて頷き合う。署に一緒に降ろされた箱達は、中に運んで管理するとみせかけて何とか処分する方法を考えよう。それから加藤の提案で、ここにある食料も持っていく事になった。正直かなりありがたい。


「とても感謝しています。ですが、どうしてそこまでしていただけるのでしょう?」


どうしても気になって問う。すると少し寂しそうな目をしながら、


「私にも家族がおります。今は日本支部の家族の緊急避難所にいて安全らしいですが、正直不安しかありません。ですから、皆さんの気持ちは分かるつもりです。」


と言って目を伏せた。全て同じ気持ちではないだろうが、家族を思うという点は確かに一致しているんだろう。


「ならばなんとしても、成功させないといけませんね。」


そう言うと、ここにいる全員が頷いた。そのために、これから交通課の5人で、残酷な話し合いをしなければならない。誰がここに残り、戻るか戻らないか分からない他のメンバーを待ちつつ、ここで馬場に睨まれながらも勤務する人を。


とりあえず作戦を立てる。加藤が馬場に彼らは月ごとに交代の予定だったために、一旦署に戻って確認するが、全員乗ると信憑性が薄いだろうから1人残していくと伝える事にした。


申し訳ないが、俺はこの場に残る事は出来ない。泣き喚いても追い縋ってでも、必ず署に戻ってみせる。闘志を燃やしつつ、事務所を出ると休憩室に向かった。戻る途中で、なんとなくソワソワと落ち着かなそうにしている馬場とすれ違ったが、怒っている雰囲気は全くなかった。むしろ何か動揺しているような、浮つきたいのを堪えているかのような。


不審に思いつつも到着すると、休憩室には田村さんが座っており、そのまま勤務室に同行してもらい残していた1人と合流して、先程の話を説明する。


話を聞いた2人も微妙な顔をし、深く思案している様子だった。だがしかしこれから1人を選ぶ。俺は絶対に選ばれたくない。だからどうか穏便に済みますようにと祈りつつ、妻の顔を思い浮かべて泣きそうになった。 ああ、蘭に会いたい。早く会いたいな。



世界観は相変わらずフワッとしていますし、企業名はもちろんフィクションです。



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