第80部 Creep(しのびよる) 巫女の危機②
最終決戦に臨む巫女たち。人狼 Zweiも最後になりました。落とし
どこが悪いと最悪ですね。崩壊させずに終わる事が出来ますでしょうか。
なので、多数の爆弾を落としました。
1953年6月(昭和28年)日本・東京
6月21日、沙霧と白川課長は結婚した。子供は6月8日に生まれた。
「ハッピーウエディング! 沙霧!結婚おめでとう! おちびちゃんの、誕生おめでとう!」
「うん、ありがとう。」
結婚式の記念写真には、三人が写っている。
沙霧は昨年の8月にニューヨークへ白川課長と二人で行った。この時に人狼との戦いで全勝した。最終日にニューヨーク市で大規模の停電があり、怖くて身動きが出来なかった? というのである。
間違いは? 間違いなかった!
おちびちゃんの名前は、亜依音という。一見普通の赤ん坊だが、感情を剥き出しにして泣き叫ぶ時は、赤と藍色のゴッドアイになる。この不思議な現象は、おおよそ1か月で無くなった。母の沙霧は愛情を注ぎこみ、沙霧の母、桜子も慈しみの愛を注ぎ込む。
桜子の白いダイヤの強い力が大きく関与していた。
桜子は、戦いの無い静かなひと時に感謝した。エストニアの戦いの時から、いや、桜子自身のシベリアの戦いから待ち望んでいた、幸せだった。
まだ終わった訳ではないと思いつつも、孫と過ごす生き方に憧れを抱いていたから、なおの事、娘や孫と過ごすひと時が本当に幸せと感じていた。
エストニアの戦いから帰った沙霧には、立派な御殿が用意されていた。4LDKの普通の家だが、白川の父が退職金の前借で建てた家だった。別名、職権濫用というのだろうか。
二人の挙式は沙霧の仕事の都合で延期・延期でとうとう赤ん坊が先に生まれた。沙霧が退院して普通に動けるようになったから、この日に挙式となった。
沙霧の仕事とは、澪霧と一緒にイカレ所長の石井の探索と、人狼兵との戦いが主な仕事だった。身重の沙霧には戦いは出来ないから、臨時雇のカムイコロとバイト的な、妹の二人とデルフィナが補佐した。
沙霧は娘を産んでから巫女の力が段々と弱くなりつつある。
1954年5月(昭和29年)日本・東京
エストニアの戦いからおおよその2年後。ハバロフスクが率いる悪の軍団が完全に再生して来日した。アラン・ドロン・女と人狼の巫女AとB。それに人狼兵の6人が、イカレ所長の石井と合流した。人狼兵は多数が再生させられている。
「ムッフッフー。人狼兵は頭脳明晰に仕上げましたよ・・・・・。」
石井は人狼の軍団を前にして、不気味な笑いをして見せる。
1954年6月(昭和29年)日本・宮城県 牡鹿半島
この6月に開戦の火ぶたが切られる。開戦の合図は・・・・・・。
イギリスのデ・ハビランド社製の、世界最初のジェット旅客機・コメットが連続して爆発し墜落したのだった。これは、構造上の欠陥で世界中で空中分解して墜落したのだが、この事故にハバロフスクが犯行声明を出したのだ。いわゆる便乗した嘘の犯行声明だ。しかし、空中分解は3機まで続く。他にも墜落事故を起こした。
「巫女に告ぐ。これ以上、コメットを落とされたく無ければ、宮城県・男鹿半島の、OO浜まで来い!」
と言うのだ。警視庁生活安全課は、1954年7月1日に発足する自衛隊と共に牡鹿半島へ出向く。しかし、ハバロフスクが指定したOO浜が判らない。
「男鹿半島と牡鹿半島の区別がつかんと見える。牡鹿半島には浜という名前が付く地名ばかりなんだよ。困ったよ。」
署長の木之本がぼやく。飯子浜と塚浜がどうもそうらしい。ハバロフスクはふざけた野郎だった。ここにナマハゲに扮した人狼が、飯子浜と塚浜に出現したからそうなのだろう。
石巻の警察に不審な「なまはげ」が目撃されると、通報が連日のうように届いた。
木之本署長は、刑事課の課長に尋ねる。
「男鹿半島は秋田県だが、宮城県と何か関係があるのだろうか。何かイメージできるかい?」
「そう言われても判らんよ」
安全課の職員と機動隊、それに刑事課の課長と刑事課直の機動隊が派遣された。人狼の巫女は、桜子、沙霧、澪霧、綾香、彩香、デルフィナ、カムイコロ、ホロ、亜依音の9人。サポート役に沙霧の夫の白川 穣がなった。
亜依音は両親が赴くので参戦した。ホロと穣はおもり役だ。
牡鹿半島の中ほどに位置する、塚浜が戦場となった。
ここは日本だから戦車等の重火器は無かった。小銃とアラン・ドロン・女と人狼の巫女AとBが繰り広げる魔法と、人狼兵の6人。イカレ所長が再生した多数の人狼兵が対戦相手になる。
のっけから挨拶が魔法というのだから、事は簡単で感情が複雑なのだろう。
「ツバイ・ファイヤー・スプラッシュ!」
彩香が開戦の魔法を放った。続いて彩香と澪霧が続く。機動隊は石井の人狼兵と銃撃戦を開始した。
「ファイヤー・バード・フレイアー!」「アクア・バード・スプラッシュ!」
アランとドロンは彩香の魔法を打ち消す。が、まだ足りなかった。そこで、人狼の巫女AとBが繰り広げる魔法でようやく打ち消す事が出来るのだった。
「ねぇ、お姉さま! あの魔法は厄介よ。一人で三人分の力に匹敵したわ」
「前の悲惨な魔法よりも楽だわよ」
アランは、ツバイ・ツインズ・シスターズのスクリュー魔法の事を指して言うのだった。
「消し飛んだのですもの。今回は防御に手段を講じますわ!」
「アクア、ショット!」「ファイヤー、ショット!」
「一人では無理みたい、2人で行くよ」「OK!グレートファイン、ショット!」
沙霧と澪霧が開戦に参加した。
「ファイヤー・バード・スプラッシュ!」「アクア・バード・スプラッシュ!」
デルフィナもまねて魔法を放つ。デルフィナは接近戦が得意で、遠距離魔法は使えない。先の呪文も力不足で相手には届かなかった。
そんなデルフィナを見て、桜子は作戦を考えた。
「デルフィナ、カムイコロ。あなたたちはテレポートとゲートで近接戦をお願いするね。デルフィナはゲートを沢山作ってヒグマを変幻自在に使いなさい」
「はい、そうします」
「おう、任せな!」
ここで桜子の勢いが止まった。沙霧を見て思う。
沙霧には最強の巫女、ツバイ・ツインズ・シスターズになれても、力が無い。だが敢えてでも最強の巫女になって戦わせる、戦いを強いる事には抵抗がある。なんで、どうして母になった娘を、戦場に立たせなければならないのか?
この戦いで勝たなければ、私たちは負けて死んで行く。そして、沙霧だけが生き残る事になる。たとえ生き残っても直ぐにまた命を狙われるはずだ。
行くも地獄、残るも地獄とは、よく言ったものだ。この桜子の弱気が直ぐに結果として出てしまった。
「沙霧は残りな。綾香と彩香はフージョンで強烈魔法で応戦だよ。いいね」
「はい!」
「お母さん、私も戦いに出ます」
「お前は巫女の力が殆ど残っていないだろう。それでどうやって戦うんだい?」
「ですが、お母様!」
「沙霧は残って。そして、お母様を助けてあげてね!」
澪霧からそう言われては、納得するしかない。沙霧はしぶしぶ了解した。
「澪は単独で妹の援護だ。いいね」
「はい!」
アランとドロンと女は、デルフィナとヒグマの攻撃を掻い潜り、四姉妹の巫女の前まで来た。
「もう作戦会議は終わりまして?」
アランの問いに桜子が返した。
「お前らのようなヘナチョ子に作戦はいらないよ。直ぐに蹴散らしてやるよ」
「フン! ヘナチョ子とは、ヒドイ言いようね。新生、アラン・ドロン・女は、この前のようにはいきませんわよ!」
「新生、アラン・ドロン・女? どんだけふざけた名前だい。可笑しくても笑えないくらいヒドイ名前だね!」
遠くから聞いた事のある声が聞こえた。
「おや、まあ! シビルじゃないかい。お手伝いだね、ありがとう」
濃緑の巫女・シビルが颯爽と現れた。
アランが空に向けて小さい火焔の魔法を放った。それが合図で直ぐに周りから、
「ファイヤー・バード・スプラッシュ!」「アクア・バード・スプラッシュ!」
「ファイヤー・バード・スプラッシュ!」
3つの魔法が飛んで来た。三人はそれぞれ相殺魔法を放つ。
「アクア・バード・スプラッシュ!」「ファイヤー・バード・スプラッシュ!」
「アクア・バード・スプラッシュ!」
もう魔法戦では優劣が出なくなっている。
「巫女、お別れだ!」
彩香の後ろで声がした。ちょうど綾香には真横だった。この騒ぎだ、後ろからの小声は彩香には聞こえなかった。だが、綾香は彩香に襲い掛かる女に気付く。
「彩香~!」
綾香は女の一瞬にして現れた姿に反応して、彩香を突き飛ばした。
「そう、お前でもいいわ!」
「キャー! 綾香~~~~~~」
綾香は女に腹部を深く刺されてしまった。 澪霧は女に切りかかった。
「おやおや、巫女さま。どうしたんだい?」
アランは倒れた綾香に向けて魔法を放つ。同時にシビルがアランに魔法を放つ。二つの魔法は、偶然にも、「アクア・バード・スプラッシュ!」と、「ファイヤー・バード・スプラッシュ!」 だった。綾香に届く前に相殺された。
「おや、まあ! しくじりましたわ。ドロン・女、今日はこのあたりでもう引き上げますからね。お父様に報告に行きますわよ! オーッホッホッホー」
三人の人狼巫女は消えてしまった。
「なんだい、なんだい、戦いは終わりかい?」
また懐かしい声と共にクライが現れた。クライは辺りを見渡して、
「すまない、遅かったね・・・・」
クライの元気な声は段々と小さくなる。と思ったが、
「こらぁ、桜子! 早く野戦テントに運ぶんだ。急げ、早く。もたもたするな」
クライも慌てていた。急げだの早くだのと、同じ事言ったからである。
綾香はエストニアでの戦いで、彩香が自分の目の前で捕まった事を思い出してあの時の情景が目に浮かんだ。その為に彩香を守りたい一心で、後先を考えずに身体が反応した。綾香は自分の防御が出来なかったから刺されてしまった。
「綾香、しっかりして! 死なないで~~~、お願~~~い!」
彩香はもう顔はぐしゃぐしゃにして泣き叫ぶ。
「綾香」「綾香」「綾香~~~~~~!」
綾香は、泣き叫ぶ彩香に小さい声で答える。
「彩香、ゴメンね!」
「何を言うの。謝るのは私よ。お姉ちゃんに助けてもらったんだもの」
「ううん、姉が妹を守るのは当たり前よ? そんなことも知らないの・か・な」
「そうよ、知らないわ。妹が姉を助けるのも当たり前よね。絶対に死なせないわ」
「おう・・・コワ!噛みつかない・・・・で!・・・・」
「もう、・・・・・・・・」
「ごめんね! お姉ちゃん。彩香はしくじってしまったわ」
「そんな・・ ことは・・・・ な ・・・」
「お姉ちゃん。お姉ちゃん?」
「うん?・・・・・」
「おね~~ちゃ~~ん!しっかりして。お願いよ!綾香~~~あ~!」
「おかあ~~~さ~~ん。お姉ちゃんが、お姉ちゃんが・・・・」
「泣くな。綾香は死なせないよ!」
桜子は大声でデルフィナの名前を呼んだ。何度も何度も叫んだ。
「デルフィナ~、デルフィナー。デル~~~~~~」
「どうしましたの? 桜子の小母様!」
カムイコロがゲートを通って現れた。デルフィナはテレポートで現れる。
「デル! 至急この子らを野戦テントへ運んで頂戴!」
「キャ、綾香!」
「綾香、直ぐに運んでやるよ。死ぬんじゃないよ」
カムイコロは持ち前の力で軽く抱え上げて、ゲートに入った。他の巫女も次々にゲートに入る。最後になったデルフィナはテレポートしてテントへ飛んでいく。
クライとシビルはテキパキと働いた。
「木之本署長とニキータは何処に居ますか?」
居場所を聞いて直ぐに二人はテレポートして、木之本の二人を連れてきた。
遅れて到着したデルフィナには、戦場の機動隊員をすべてゲートで帰還させるよう指示した。
木之本はドクターの指示により、O型の血液の隊員を探して回る。
「課長、隊員のリストをくれ! O型の血液者を探す。序に手伝え」
「おう、直ぐに持ってくる。手伝うぜ」
野外テントの外は慌ただしく過ぎていった。献血する隊員が集まり出す。
「泣くな。綾香は死なせないよ!」
桜子はまだ正気を失っていない。彩香には同じ言葉を掛けた。
「だぁって、ママ! 息をしていないよ。本当だよ。綾香が死んじゃうよ!」
「大丈夫だよ。先生! 早く私の血を輸血して。早くして」
「私の血も抜いて、お姉ちゃんにあげてちょうだい! 半分を抜いてもいいわ!」
「おいおいおい!半分も抜いたらお前さんが死んじまうさ~ね」
「輸血の準備ができましたよ。お母さん。」
看護婦が桜子に声を掛ける。
「もうとっくに死の覚悟は出来てるさ。親の命で娘が助かるなら、もうこれ以上望みはないわ」
「もう、お母さん! 私はあなたも死なせたりはさせません! 安心してください」
「はい、よろしくお願いします」
「おい! ナースくん。輸血パックは出来たかい?」
「はい、ここに。3パック用意出来ました。直ぐに次の5パックができます」
「よし、直ぐに左腕に輸血してくれ」
彩香から約600ccが輸血パックとして準備されて、綾香に輸血された。
「俺は、母親の輸血のホースを繋ぐ。それと、輸血のスピードは特急な!」
「はい、先生。コック全開でいきます。よろしいですね?」
「ああ、十分だ。直ぐにタオルで頭を冷やしてくれないか。かなりの高熱になるはずだ。脳みそは絶対に守らなければならん。二人で身体中を拭いてくれ」
「はい、先生はお乳を見てはダメですよ!」
「俺はこの子のお尻で満足だ~ね」
「もう、先生ったら、スケベ!」
「患者の意識が飛んだ! 麻酔なしで手術を行う」
「そんなことしたら、先生! 大丈夫ですか?」
「息をしていないんだ。麻酔もできないだろう。早く人工呼吸をしたまえ!」
「イエッサー!」
ほかの怪我人は放置して、綾香の手術が開始された。主治医と二人の看護婦。それに麻酔科の医師と外科の助手。合計で5人が綾香の手術に取り掛かった。右下腹部の裂傷なのだが、傷が深い。内臓の縫合にかなりの時間が費やされた。
桜子の血液は酒のアルコールを含んだ血液だ。固まるところか、どんどんと綾香の傷口から流れ出している。これではいくら用意できても不足するだろう。
外科の助手には皮膚の簡単なところの縫合と、出血の拭き上げと止血の処置。それに桜子の輸血全般が任された。
「おい、患者の輸血が足りん! 他の巫女からも早く準備してくれ」
シビル、クライ、沙霧、澪霧の四人からも順次600ccが抜かれた。
「あんた、熊かい? 2000は大丈夫だよね」
「ああ、もちろんさ。今ヒグマになるからよ、5000を抜いてくれ」
「そうさせて頂きます。」
カムイコロは意識が無くなってしまった。
主治医は小さな針と糸で器用に薄い腸管を縫い合わせていく。額からは玉のような汗が流れる。主治医の汗は留まることがなく、滝? のように落ちてくる。看護婦は綾香の身体を拭きながら、主治医の汗も器用に拭いていた。
主治医は外科の助手に、
「おい、男からO型の血液を5000cc集めてくれ。桜子の輸血に使う。もう桜子は限界だ、できた先から輸血を始めたまえ」
「はい、至急取り掛かります」
彩香を守るために綾香が負傷してしまう。母、桜子からは大量の輸血を行ったが、手術が10時間にも及ぶ大手術なために、姉の二人からも少しだが直輸血をした。それでも足りないので、濃緑と緑からも少し輸血してもらった。 巫女の血液はとても大切だ、丁寧に輸血された。強引にも食事を摂らせて、追加で採血を行ったのだった。
「患者には輸血をケチるな!」
「はい、でも、もう血液が残り少ないです。」
「最後の手段だ!自己血液の輸血をする。急げ!」
「はい、自己血液でパックを作ります」
「危険だが、死ぬよりもいいだろう。これは辛いな!!!!」
ドクターは弱音を吐いた。
安全課の署長は主治医から先に指示を受けていたから、若い隊員を20人を集めていた。20人でも実質不足している。外科の助手は次々と輸血パックを作りあげた。桜子には両腕から輸血がなされた。
心臓マッサージは延々と続いている。看護師は歯を食いしばって頑張る。麻酔医師の顔からも汗が噴き出す。
ドクターは名医なのか、横で心臓マッサージを行っているにも関わらずに手術を敢行している。綾香の身体は心臓マッサージの動きで揺れるというのに。
綾香は不思議な夢を見た。大怪我をしているのに自分は自由に動ける。先の方で母が手招きをして立っていた。
「お母さん、どうしてここに居るの?」
「綾香? おまえこそどうして此処に?」
「え? ここは札幌の家でしょう?」
「ううん、違うよ。ここはシベリアの緑の丘だよ。綾香の故郷だね」
「ええ? 綾香はシベリアで生まれたの?」
「そうだよ、ここはクリミア半島なの。ここの丘でお前は生れたのよ」
「ここは? 私が生まれてところなの?」
綾香の身体に桜子の記憶が一度に流れてきた。押し留めようとしても防ぎきれないほどの膨大な量だ。
桜子の東京での戦い、お正月の家族の団らん、私たちの学校に呼び出された母の様子。私たち四姉妹の子供の頃の母の記憶。段々と記憶が遡る。
わぁ! 戦争だ!エストニアの独立戦争かな?
ここでも戦争なの? お父さんが死にそう。みんな、お父さんが死にそうなの、助けて! あ、霧お母さんの死の瞬間? なに? なんなの! とても優しい笑顔だ! 霧お母さんは幸せなんだ。お姉さんが? かわいい赤ん坊。
「うん、大丈夫だよ。お姉ちゃんが助けてあげる。もう少し頑張ってね」
今度は姉の二人の記憶がよみがえってきた。暖かい二人の姉の愛を感じた。
「ほら、お父さんは元気になったよ」
「ほんとだわ、もう歩いている。よかった」
「綾香! あら、泣いて?・・・いるの?」
「ううん、うれし涙だよ。お姉ちゃんありがとう」
綾香の呼吸が戻った。急ぎ麻酔がかけられる。心臓の鼓動も力が出てきた。
「もう安心だ。峠は越えたよ。良かったね、妹さん」
「はい! 先生。ありがとうございます」
「俺の輸血はどうすんだい。まだ抜いていないよ」
「ニキータさんは最後に抜かせてもらう。抜き過ぎた巫女への輸血に使うからね」
その後に、クライやシビル、二人の姉の巫女らに輸血された。
彩香は泣きべそをかいていた。彩香にも少し輸血がなされた。大量の輸血を受けた桜子の顔からは、ほのかに血色を帯びた頬に変わった。もう死んだような青白い顔をしていたから、彩香はもう気が気ではなかった。
彩香は母の手を握り締めて、
「お母さん、ありがとう。お姉ちゃんを助けてくれてありがとう」
泣き出してしまう。先生に邪魔だと諭される。邪魔にもかかわらずに今度は綾香の右手にピンクの宝石を持たせて握り締めた。
「お姉ちゃん! もう大丈夫だよ。早く元気になってね」
彩香が綾香を、お姉ちゃんと呼ぶのには理由があった。常日頃は対等だからと名前の呼び捨てだが、お姉ちゃんと呼ぶ時は、綾香を尊敬している時だ。綾香は彩香以上に行動力があり、彩香を導くとか、引張っていくとかしてくれるからだ。今回は自分を助けてくれた恩義のためにそう呼んだ。
「お母さん、どこにいるの?」
「綾香! ここよ、ず~っと傍にいるよ」
ここはロシアの山脈かしら。霧お母さんが居る、若いわ! ここは? 海?みんなで大きな船に乗っている。あ、ここ知ってる。札幌の街だわ。あれ?お母さんが私と同じ歳の頃かな? 私が通った学校なんだ。もうお母さんはお茶碗のご飯を床にこぼしている? 赤ん坊なの?
ここはまたロシアなの? ううん、モンゴルの平原かしら。うわぁ~、どんどん時を遡るわ!緑と雪景色? もう数えきれない程だわ!
まだ遡るの? あ!止まった。ここは穏やかな海が見える。
とても暖かいわ!どこかしら? 山の影から沢山の人馬が来るわ!ええ! なに?これ。また戦争なの? お母さん、ここはどこなの。いつの記憶なの、教えて!
「ここはクリミヤ半島よ。私たち巫女はジンギス・カンの侵略から逃げているのよ。さ、綾香も一緒にいらっしゃい」
「うん、お母さんと一緒に行く!私は小さいからおんぶしてね」
「ええ ?私は小さい? なんで、どうして?」
「さ、ルーシー着いたわよ。ここはお母さんが生まれたところよ。とても穏やかな海があるきれいな街なのよ。どお? 綺麗でしょう」
「うん、とてもきれいな街だわ。バラの花が沢山咲いている。ねえ、お母さん。この町の名前はなんというの? 教えて」
「ここは、1241年 バルト海・ゴットランド島のヴィスビュー!よ」
「お~い、ソフィア! 探したんだぜ、今までどこに居たんだよ」
「ごめんなさい、オレグ。ずいぶんと待たせたかしら?」
「い~や、この俺も今着いたところさ。で、このお嬢ちゃんは誰だい?」
「私の娘よ。リリーと同じくらいにかわいいでしょう? 自慢の娘の一人よ。この子の他に三人の娘が居るのよ。もう可愛すぎて、可愛すぎて」
「でもさソフィア。これからの旅には連れていけないぜ!」
「大丈夫よ、もうすぐ怪我の治療が終わるから、気が付けば現代に戻るわ」
「ねえ、お母さん」
「なあに? ルーシー」
「お母さんの名前は、ソフィアなの?」
「そうよ、ここからお母さんの人生が始まるの」
「私は綾香よ、ルーシーじゃないわ。どうして?」
「お前はもう少し時代を遡って、ルーシーとして貴族の館で暮らすのよ。そこには優しいお父様がいるわ。もちろんお母さんも居るからね」
「そうなんだ」
「だから安心して頂戴!」
「うん!」
「リリー、魔法でルーシーを過去へ送って頂戴」
「いいよ、ソフィア。任せて!」
「ミラージュ・ミラー、タイム・オン!」
「キャー、なにこの記憶は。誰の記憶かしら。イヤー、もう止めて~」
母の記憶から、姉の記憶から、さらにルーシーの記憶が流れ込んできた。どんどん、どんどんと深い過去の記憶へと流されていく。明るい、そうとても明るい光が見える!
「なにかしら・・・。」
「なんだか優しい声が聞こえるわ」
「綾香! ねぇ綾香。起きて。もう目覚めてもいいのよ。長い記憶の旅はお終いよ。綾香、起きて」
「う~ん。もう少し寝かせて」
綾香が目を覚ました。誰彼の記憶がごちゃまぜで分からない。自分の意識が戻らないでいるのだ。
「ここはどこかしら」
「ここは病院よ。お母さんと一緒に治療を受けているの。思い出したかしら?」
「お母さん、お願い一緒に寝てくれないかな」
「もう甘えん坊さんだから」
母の顔には、幾すじもの涙の跡があった。拭いても拭いてもまた新しいすじが出来る。娘の私のために泣いてくれる母がいてとても幸せ者だと思った。とても穏やかな時間が過ぎていく。
今日は戦闘も休止となる。しかしゲリラ戦ということもあるから、機動隊で分担して見張りに着く。巫女は重要な戦略兵器だから優遇される。全員が綾香を見舞いにテントに来た。食事の用意も屋外にに用意されている。
「ミナサン、キョウハ オツカレサマデシタ」
CIA の長官のチェスターがどうしてここに居るのかは知らないが、挨拶をした。敵情視察だろうが意味が分からない。
「お前ら、よう頑張った。ゆっくりと食べて休んでくれ!」
笑顔を見せながら、木之本署長が巫女らをねぎらう。
この世は敵ばかりだ。戦うことには不自由しない。
初戦は負けてしまった、明日からは巫女無しで戦う事になる。




