第58部 ハッピーエンドの条件
1950年12月(昭和25年)ニューヨーク
二人が目覚めて女性を見上げる。そこには見慣れぬ女性の顔が見えた。その女性は私たちを抱きしめて大声で泣いていた。
二人はすぐに母だと思った。在りし日の懐かしい母の匂いも違和感はない。二人は大声で泣き出しす。そして強く女性に抱きついた。その女性は紛れもない母であった。
桜子は涙をこらえて唇を噛みしめて、
「もう大丈夫だよ? お母さんがついているからね!」
二人の、頭と背中を撫でている。優しく、優しく撫でている。
シビルは、皆を見渡して目配りをする。顎で部屋の入口を指すのだった。全員は無言で部屋から出て行った。
二人はチグハグな記憶など、どうでもよかったのだ。確かに死に別れた母なのだから。もう会うこともない母の温もりを感じたいのだ。
二人は両親と死別した後は、幼児を抱えて必死に生き抜いてきたはずだ。両親、いや母の思いでに浸る余裕はないのが現実だった。
だから小さい娘を抱いて泣いたりした覚えはない。泣けなかった生前の分をまとめて泣くだけの、涙があふれてきた。止めどもなく流れる涙。もう、自分では止める事は出来なかった。
「お前たちは、綾香と彩香かい? それとも、ルーシーとアスタなの?」
「大丈夫かい?」
「だって、ソフィアお母様。もう会えないと思っていたんですもの。まだ泣いて甘えていたいのです」
「そうだね、ルーシーとアスタ。まだまだ泣いていていいんだよ」
「はい、ソフィアお母様」
二人はもう涙は枯れているはずなのに。・・・・涙の代りに鼻水?か。
「ルーシー。それとアスタ。顔を見せておくれ」
二人はくしゃりながらも、ゆっくりと母の顔を見上げる。母ソフィアの顔ではなかったが、直ぐに今の顔と同化して、もう同じ顔に見える。
そうして二人は安心したかのように、にっこりとほほ笑んだ。そこには、娘の綾香と彩香ではない顔があった。桜子は少しも驚かない。
「うん、うん。かわいい娘だよ。少しやせたようだね。苦労をいっぱいしたんだね。もう大丈夫。これからは母も一緒だよ。安心していいよ」
「はい、ソフィアお母様!」
泣きじゃくっていた二人は昨日までの戦いの疲れもあるし、今朝は呪文で身体への強いストレスも加わって眠ってしまった。
隣の部屋が静かになったので、カムイコロは部屋を覗いてみる。そこには親子三人の寝顔があった。
カムイコロは静かに、そして優しく三人をベッドへ運ぶ。最初は左の娘から。次は右の娘を。最後に桜子を抱き上げてベッドへ横たえるのだった。
カムイコロは桜子を横にして毛布を掛けて、それから動こうとはしなかった。カムイコロは、桜子の身体が思った以上に軽いと感じた。こんな華奢な身体一つで、娘四人を守り育ててきたのかと思ったら、急に泣けてきた。
カムイコロは、桜子の横でベットに顔を伏して泣き出した。今まで泣いたこともない、屈強な身体で生きてきた? というのに。彼女からしたら桜子の存在がとても大きく感じられてきたからだろう。
澪霧は、そんなカムイコロの様子を見て涙を流した。澪はカムイコロにそっと毛布を掛けて部屋のドアを閉めるのだった。
「外では戦闘が続いているんだ。俺たちは隊の指揮に戻る。君たちは今日はいいからここに居てくれ」
課長と木之本署長は出て行った。残された巫女のうちデルフィナは、
「待って下さい。私は戦闘に加わります」
「そうね、私も行こうか。シビルは、クリナとアナスタシアについていて」
クライはシビルに声をかけた。
「ええ、そうするわ。今日は寝せたままにします」
「ああ、すまないね。今日の出来事は大変だったろう。戦闘は休ませたいのだが。ありがたいよ」
署長は階段で声を掛けた。こうして四人は戦闘へと赴いた。
残ったのは、姉の双子とニキータだけだ。沙霧と澪霧は、三人が目覚めた時にお腹が空腹だろうと思い、昼食の準備にかかった。二人は会話がないまま、別行動で準備をしている。
この様子を見ていたニキータは、いじらしく思い二人の手伝い? と称して音頭をとりだした。ニキータは料理ができないのだ。だから、
「沙霧! お皿はどれがいいの?」
「澪ちゃん。ナイフとフォークはどこに仕舞ってあるの?」
等々自分でも分かるようなことで声をかけた。二人は義務的に返事を返していたが、次第に持ち前の明るさを取り戻していく。
「あぁ~、ニキータさん。そのお皿は使いません。左の棚の・・そう、それを、あ! 落とす・・・・」
「ガチャ~ン。チャリン!」
見事に2枚が割れてしまった。
「もう、ニキータさんったら。いいですか、とっておきの秘伝を教えますね」
「さ、読者の皆さんも、今日から実行してください」
「澪! 何をいいだすのよ。あ? そうか。澪の特技披露だね。あれは実用向きだからさ、日本全国に広めたいね」
「はいはい、では説明します。台所で床に物を落とした時には、右足で受け止めるのよ。お皿など大きい物は、少し足が痛いけれどもね、決して割れる事はないのよね。これでもう10年は何も割らずに済んだわ」
「おおう、それは凄いわ。日本と言わずに世界にぜひとも広げるべきね!」
「オッホン。どお? 一度試してみる?」
「そうね、一度試してみるわ。先にさ、澪ちゃんが見本見せてよ!」
「いいよ、お手本ね。沙霧、何か落としてちょうだいな!」
「OK! 澪、いくよ」
「キャー、何を落とすのよ」
「うんうん、とても上手だわ。見事に床に刺さってる!」
「もう、沙霧は私に恨みがあるの?」
「キャッハッハ~」
ニキータは大声で笑った。沙霧はいたずらして、包丁を落としたのだった。
そうです。筆者は過去に2度ほど、包丁を落とした実績があります。でも怪我は一度もありません。大きい器で痛い思いはしましたが、反射神経が、脳の指示をすぐに感じて、包丁はそのまま床に落とします。どうです、素晴らしいでしょう。(奥様は適宜、落として割っています。)
「沙霧と澪霧。ありがとうね。母さんはもう大丈夫だからね」
背後からいきなり母の声が聞こえた。三人は大声で笑っていたから気が付かないでいたのだった。
「いい香りがするわね。? でももう少しお醤油を足したがいいようよ」
母はやはり母だ。母の手料理をまねて作る娘の事は全部お見通しなのだろう。
「あら? 本当だ。まだ味が薄いわ!」
「お母さん、お腹空いたでしょう。もう少しで出来るからね!」
「そうね、もうペコペコかしら。奥の二人はたぶん! 強者よ。たくさん料理を作ってあげてね」
「そうだね! お酒の用意もしておこうかな?」
「優しいね、澪は! 沙霧。ホッケを5枚、至急焼いてくれないかい?」
「いいよ、魔法ですぐに焼くから」
「外でお願いね? 部屋では魔法はダメよ。家ごと燃やしちゃうから」
「ハハ、そうだね。そうするよ」
沙霧は、ホッケの開きを5枚と言わずに10枚を持って出た。焼けたホッケの匂いでカムイコロが目を覚ました。
「おう~、いい香りだ。急にお腹が空いたよ!」
カムイコロは部屋から出てきたら、桜子と目が合った瞬間に立ち止まった。
「カムイコロさん、ありがとう。お気遣い有難かったわ」
「おう、そうかい。俺は何もしてはいないぜ!」
少し照れながら食卓についた。そして、澪霧に向かって、
「眠り姫の二人を起こしてきてくれないか。もう目覚めているよ。ただ、解らないから起きても、出て来れないだろさ」
身体の大きいカムイコロなのだが、身体に反して小さく気遣いのできる女性だ。
「あ、そうよね。クマさんのいうとおりだわ。起こしてくる」
「桜子、あんたも行くんだよ!」
「はい、森のクマさん。仰るとおりに!」
澪霧と桜子は娘の二人を迎えに行った。
なんだか寝ている娘を起こすのは、何年ぶりだろうか。桜子は急に・・・?魔が差したのか、
呪いの呪文を唱えた・・・・・。
「我は、ルーシーとアスタに命ずる。イサナキオ! 頭に鉄槌を与えん。ボコ」
「キャーッ!」
眠り姫は悲鳴と共に飛び起きた。
「起きた? もうびっくりしたでしょう」
「あらあら! 本当に呪文が利いたわ。とても懐かしい気がする」
「もう、お母さんたら! 妹がかわいそうだよ。優しく起こせないの?」
澪霧は優しく二人に声を掛けた。
「さ、もう起きれるかしら。私は澪霧! よ。どお? 分かるかしら」
「澪お姉さんね。うん、分かるわ。? あれ? どうしてだろう」
「それはね、お母様からたくさんの愛情をもらったからよ。それに、記憶ももう、戻ってるかしら」
二人は、「・・・・・・・」
「ちょっと待ってて!」
澪霧は部屋を出て行ったら、直ぐにコーヒーを2つ持って来た。
「熱いわよ、ゆっくり飲んでちょうだい。・・・どお? おいしい?」
「うん、とてもおいしいわ」
「ありがとう、お姉さん。おいしいです」
母の桜子は目を細めて三人を見ている。少し涙じみているようだった。
「さ? 二人とも。お披露目に行こうか。まだ三人しか居ないから、恥ずかしいことはないわ。どお? 自信はあるかしら」
「はい、お姉さま。落ち着きました。大丈夫です」
四人は隣室の食卓についた。
ヒグマのカムイコロは、大きい風呂敷を広げて料理をホイホイと乗せている。
「ニキータさん、あんたも自分の食べ物を乗せるのよ!」
「?????????」
「もう、二人して何をなさってあるかしら? 出て行かないでください。な?」
「俺も居ていいのかい?」
「当然ですよ、一緒に食べましょう。でも、お隣からテーブルとイスを運んで来て頂けないでしょうか。親子の5人でも足りませんもの。お願いします」
「あいよ、直ぐに運んでくる」
嬉しそうに身体を動かすカムイコロだった。ニキータは、やはり、
「?????????」だった。
「ニキータさんは、シビルを連れて来て下さい。クリナとアナスタシアさんは休ませたままで大丈夫でしたら、そのままでお願いします」
「あいよ!」
こうして楽しい昼食が、とても長い時間が、あっとういう間に過ぎていく。早めに帰れ! と指示を受けた巫女たちが。顔を汚して帰って来る。
「カムイコロさん、またお願いしていいですか?」
「あいよ、任せな!」
「ニキータさん、お手伝いね!」
「?????????」
隣の隣と、その隣の、テーブルとイスを残らず運び込んだ。外は寒いし家族団らんは暖かい部屋に限る。お風呂やシャワーを済ませた巫女たちは、自室で料理を作り始めるのだった。
「もう、お腹が空いて堪らないわ!」
「これ出来たから、デルフィナさん。運んでくれないかい?」
「先に食べていい? 一口でいいからさ」
「だめよ、運んでちょうだいね?」
どんどんと料理が作られて、一室に持ち込まれる。少しずつ巫女も部屋に集まりだした。2室に渡って4卓のテーブルが繋がれている。たくさんの料理も並んだ。1卓はキッチンにあり、追加用の料理が置いてある。
クライが二人をテーブルに案内する。
「ルーシーとアスタさん、こちらにお座りください」
「もう、感激です。ありがとうございます。生まれて初めて食べる料理です」
涙もろくなった二人がお礼を述べる。桜子も時を経ずしてお礼を言う。
「みなさん、ありがとうございます。とてもうれしいです」
桜子はすでに泣き出しているが、涙は枯れたのか ?見えなかった。声では泣いているのだが・・・。
シビルは、
「起きて直ぐだもの、頭はまだ寝ているのよ」
クリナとアナスタシアをテーブルにつかせるが、記憶が無い二人は無愛想だった。
お酒もたくさん飲んだようだ。そのような気がした桜子だった。しかし、殆ど飲んではいない。カムイコロは桜子にじゃれ付く、小熊? か。
男どもは遠慮して、追加の料理を運んで来ただけだ自室へ戻っている。カムイコロは、戻る署長を呼び止めて何か一言? 頼み込んでいた。
「ね、無理でもお願い。準備して!」
「ありがとう、愛しているわ!」
「よせやい、気持ち悪いぜ、ニキータに殺されるわ!」
ルーシーとアスタは記憶の混乱は収まってはいない。どことなくぎこちない笑い顔をを浮かべている。
夕食が終わりみんなは後片付けを始めた。片付けが終わる頃に桜子は4人の娘を呼んだ。
「さて、綾香と彩香の記憶を戻そうか。沙霧と澪霧! 手伝ってちょうだい」
「はい、お母様」
沙霧と澪霧の力を借りる事にした。二人と二人。仲良く手を繋げて呪文を唱える。多分、四人の記憶と能力が交じり合い、綾香と彩香の記憶が戻るはず。
「いいかい? ルーシーとアスタ。お前はたちは、私の娘の綾香と彩香の身体に宿っているのよ。ソフィアという母が産んだ娘ではないわ。悲しい事を言うが、勘弁しておくれ」
「ええ、分かっております、お母様。このままだと、お母様もお辛いでしょうし綾香と彩香さんにも申し訳ありません。だから、元の綾香と彩香さんに戻して下さい」
「はい、もう十分にお母様には甘えました。たとえこのひと時の記憶が消えても感情は残ります。大丈夫です。ソフィアお母様」
「すまないね、二人とも。出来るだけ記憶が残るように、呪文を唱えるよ!」
「はい、お母様!」
「お母さん、私たちも準備はいいですよ」
「ショックが強いといけないから、二人一組で行う」
「では、沙霧とルーシーはお互いに手を繋いで!」
「はい!」
「あれま~、お前がルーシーだったかい。アスタと思っていたよ。こりゃ、親失格だよ」
「あ? 私・アスタが返事しました。てっきり二人に声を掛けたかと・・・」
「・・・・?・・? そうかい、安心したよ」
「アスタと澪霧! 同じく手を繋いどくれ」
「はい、お母さん」
「いいかい、一度に呪文を唱えるよ」
「待って、待って、桜子さん。念のため4人はベッドに座らせようよ。倒れて頭をぶつけたらかわいそうよ」
「そうだったわ。母さんは、失格だよ」
クライが桜子に意見した。
「では改めて!」
「我は、沙霧とルーシーに命ず。ボガトィリの唄を讃えよ、ヴォルフェンリード」
「我は、アスタと澪霧に命ず。ボガトィリの唄を讃えよ、ヴォルフェンリード」
間髪入れずに次の呪文を唱える。
桜子は沙霧とルーシーの手を握り、
「我は汝の力を司る。我は汝の真名を唱える、アクス・ファティーマ」
続いてアスタと澪霧の手を握り、
「我は汝の力を司る。我は汝の真名を唱える、アクス・ファティーマ」
4人はガクガクと、身体を震わせてベッドに倒れこんだ。直ぐに悲鳴が?
「きゃー、はっはー」
「わー、スゴイワ! なに、これ」
「いやよ、もう。覗かないで!」
「もう、お姉さんは、こんな大事な事を内緒にしてる」
「もう、言わないで! お願い。します」
「だめよ、沙霧。みんなにばらしていいかもよ!」
「アハハハー」
他の巫女たちは顔を見合わせた。何が起きたのかが判らない。
4人の悲鳴は止まった。急に静かになったかと思ったら、4人とも泣き出した。
「これが、ソフィアお母さんなの?」
「そうよ、かわいいお母様でしょう?」
「本当だ、おっちょこちょいも遺伝しているかな」
泣き顔から、また楽しげな顔に戻っていく。
「キャー、恥ずかしい。私の恥ずかしい記憶を見ないで!」
「なによ、妹の分際で、姉に意見するの?」
「当たり前でしょう? 権利は平等よ。違うかしら」
「もうダメよ、お母さんを見てよ。きっと同じ記憶を見てるかもよ」
「うっそだ~、そんなことはないよ」
「お母さんをバカにする気? 容赦しないわ」
桜子は、4人の娘に飛びかかった。馬乗りされた娘は母からくすぐりの刑を受ける。助けようとする娘が新たに捕まり、またくすぐりの刑を受けた。ベッドの上でじゃれ付く親子だった。
「まぁ、沙霧お姉さま! もう幸せなんですね?」
「なによ、綾香! いきなり何を言うのよ。叩くわよ」
「むっふっふっふ!」
他の三人は沙霧を見て含み笑いを、目を細めて見つめた。沙霧は頬を赤くしてうつむくのだった。
4人どころか、もう二人分か増えて6人分の記憶が4人にあふれてしまった。姉妹の内緒ごとは見事に吹き飛ばされてしまう。もともと仲のいい姉妹だ、蟠りは無いのだ。
そんな4人の娘をみて母は幸せを噛みしめるように微笑む。沙霧の秘密は漏れてはいなかった。
「もういいですか?」
木之本署長は、出来の悪い? 大きなケーキを運んで来た。先ほどカムイコロより頼まれた品だ。
「わー、大きなケーキだ。これは凄く大きいよ」
「どうだ、すごいだろう」
鼻高に話す署長だった。
「作ってくれる所を探すのが大変だったんだから」
「それで?」
「アメリカ軍に作って貰ったさ!」
一同は大笑いした。
他の巫女も、微笑み、笑って、冗談を言った。一時はどうなるかが不安だったが、ハッピーエンドの条件が揃って幕は下りた。
ハッピーエンドの条件?でサブタイトルを決めたが、書ける自信はありませんでした。
こんな件でよろしかったでしょうか。
それと、台所では、ぜひともチャレンジされて下さい。
台風には逸れて頂きました。大型が襲来したら、倒壊するような家です。
毎年の夏は恐怖しています。




