第56部 綾香と彩香 ブルートパーズとヒスイ の巡り合い その2
1950年12月(昭和25年)ニューヨーク・倉庫街
テントに巫女たちが集まった。
「ささ、巫女さま。こちらにどうぞ。桜子さんは向かい合わせでお願いします」
「ええ、ありがとう。素敵な日本料理です。とてもおいしそうですわ」
なんだか、梅干しの赤い色の料理が多いような?
末席には大きな酒樽が置いてある。横には番人か? カムイコロが座る。署長と課長はカムイコロの横に着席した。給仕には若い署員が行う。巫女は皆、お客様扱いだ。
「クライさん。どうしてニューヨークへ?」
「はい、ボリショイサーカスの団員になって日本には数回来日しました。日本での人狼兵の襲撃事件とかは、サーカス団の窓口になる企業から随時報告を受けております。ロシアでも人狼兵の事件は多発していましたが、その後は
ぱったりと無くなりました」
「日本からの報告で、今はアメリカで頻発していると?」
「そうです、私はすぐに日本へ行きたかったのですが、サーカス団から退団するのに時間がかかり過ぎてしまって。だから先に濃緑のシビルと、クリナとアナスタシアを先に派遣いたしました」
「まぁそうでしたの。お気遣いを痛み入ります」
沙霧と澪霧は、クライの両脇に着席している。そして、母を睨み付けるように見ていた。要は、早く会話を終わって下さい! なのだが、言い出せずにいる。かわいいものだ。クライはその事に気づいているが、桜子の会話を中断出来ずにいた。
「桜子さん、クリナとアナスタシアはもしかして、巫女として覚醒していない? と、申されてありましたね。今でもそのように感じますか?」
シビルが話に割り込む。これは、カムイコロの差し金である。カムイコロは妹の双子の様子をいじらしく見ていたのだ。ついに堪り兼ねてシビルに話し掛けさせた。桜子はシビルの問いに答える。
沙霧と澪霧はここぞとばかりに、クライを立たせて別のテーブルに移動した。移動先で会話が進んでいる。
先に、桜子とシビルの会話から・・・・。
「クリナとアナスタシアさんは、遠い過去の記憶とか有りますか? そうです、自分の記憶とは考えられないような? 思い出とかですが・・・」
「クリナとアナスタシア! 私に話した事と同じ内容でいいのよ。桜子さんに話してみて頂戴!」
「はぁい、シビルさん」
クリナとアナスタシアはシビルに催促されたように話し出した。クリナは、
「そうですね、何か思い出そうとしても、霧がかかったようにぼんやりとするだけなんです。そしてこのティアラですが、母の形見なんです」
「そうですね、私もティアラは母の形見です」
アナスタシアはクリナと同じ事を言った。二人はテーブルにそれぞれのティアラを置いた。二つのティアラのデザインは同じで、宝玉が紺碧と淡いブルーという色が違うだけだ。宝石の大きさと形は同じに見えた。
桜子はこのティアラを見つめたまま黙り込んだ。
「手に取ってよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ!」
手に取ってみると、さらに黙り込んだ。目を瞑りなんだか瞑想しているように見える。桜子の瞼がピクピクとしている。そして、一筋の涙が流れた。時間にしたら、3分程度だったかもしれない。
「そう、ありがとう。きれいな涙のような宝石だわ!思わず涙を流したみたい。少し恥ずかしいわ」
桜子は一筋どころか、もう泣いている位の涙を流し、しきりに目元を拭いている。
シビルもクリナとアナスタシアも、怪訝そうに桜子を見つめた。三人の表情は、
「どうかなさいましたか?」
「なんだか、遠い昔の記憶が甦ったような気持になっただけなのよ。大丈夫!もう何ともないわ!」
「そうでしたか、もしかして宝石の記憶が見えたのでしょうか」
「・・・・・・・」
口元が少し動いたくらいで、桜子は返事しなかった。
桜子は、クリナとアナスタシアを見つめた。甦った記憶とは、遠い昔のソフィアという名前の時に二人の娘を産んだ。この娘が転生したしたのが、クリナとアナスタシアなのだろうか? なんとなく自分に似ているような気がしてきた。
ぼんやりとした記憶が思い出させたのだが、宝石は覚醒してはいないのでこれ以上は無理だ。
「もう、ごめんなさい。一人で思い出に耽って・・・・・」
またしても桜子は泣き出した。
3席と、少し離れた所から彩香が母を見つめている。母に何が起こっているのか心配であった。綾香に話そうかとチラチラと綾香を見てはいるが、決断し切れなかった。
「桜子さん、なにを泣いているんです。さぁ、もっと飲もうや。グラスはどれかな?」
カムイコロが心配して、席を立って声を掛けてきた。桜子はようやく我に戻った。
「はいはい、この大きいグラスよ。あんたも飲みなさい!」
桜子とカムイコロ、二人して酒を酌み交わした。二人とも酒豪? なのか、豪快に飲み干した。
「みなさん! お待たせいたしました。ターキーが焼きあがりました。どうです? 大きくておいしそうでしょう。直ぐに切り分けますので」
「わー、すごい! とてもおいしそうだわ!」
「もも肉はダメよ! カムイコロ。あなたには胸の骨の部分を食べてちょうだい」
「なんでぇ! 骨しか寄越さないのかい?」
桜子とカムイコロの会話を聞いて、一同大きく笑った。
「木之本君。スパイスと塩を少し振りかけて切ってくれよ!」
「OK! OK! 任せろ!」
署長が切り分けるよりも早くお皿が並べられた。全員が署長の手元のナイフに視線が止まる。おかしいかな? 全員が一様に右手に力が入るが? 判らない。
一つひとつ丁寧に切り分けているが、4羽目になるともうぞんざいに切られていく。手羽と足と胸肉を削いでしまったら、すべてがカムイコロの目の前に並んだ。カムイコロの目つきが輝きだす。十分にお肉もついていたのだった。
すっかり場も馴染んだ。
沙霧と澪霧はクライにじゃれ付くように話し込んでいる。大きいもも肉を澪霧が切り分けている。久しぶりに会えた喜びと懐かしさで、三人は笑い転げている。会話に夢中な沙霧は、切り分けた肉にスパイスをどんどんと振りかけた。もう黒い衣のようになった。
「沙霧! なにしているのよ。こんなにスパイスが好きだとは思わなかったわ!」
「キャ! 私は何してたのかしら。恥ずかしいわ」
「それでさ、あの「アクア・バードスプラッシュ!」とは、どういう意味です?水・鳥・人魚ですか?」
「そうね、水が鳥のように飛んでいくから、そう名付けたようよ。人魚とは巫女のことかしら?」
「え~と、スプラッシュとは、水しぶき! という意味もあるわ。いいネーミングですわよ。きっと、誰かさんは考えもなしにロゴで考えているわね」
「そうでしょうね。いい働きしてるじゃない、この作者はね!」
沙霧は、
「クライさん。私たちはクライさんの教えを守って修行を積んだのよ」
澪霧が話を盛る。
「そうね、隣の男子剣道部に殴り込みに行ったわ。そうしたらね、沙霧がね! ストレス発散だ~! と言って大暴れして、こっぴどく怒られたの!」
二人しての感想が、
「もう、いい思い出だわ・・・・・?」
「ばかね! あなたたちは。もう力が余ってしようがないのね。明日の朝に、私が二人の力量を見てみるわね。もう私では敵わないかもね。もう歳だし!」
「あれぇ? もう幾つになられるのですか?」
「いやよ、内緒よ。だって巫女の歳はサバだったりするのよ」
「そうですね、私たちも今少し不明なところがあります。嫌ですわ!」
男二人はお酌して回った。それが一番なのだろうて! ご機嫌伺いではないが。
桜子は、クリナとアナスタシアに年齢を尋ねた。
「たぶん、私たちは二十歳だと思います。二人とも施設で育ちましたので、両親の事が判らないのです」
「そうでしたの」
「はい。ですが、シビルさんとクライさんと知り合って良くして頂きました」
「魔法の練習は、シビルから教わったの?」
「はい、最初はそうでしたが、途中からはクライさんからもご教授頂きました」
「のみこみの早い二人でしたよ。私なんかすぐに追い越してくれてさ! それでクライさんにお願いしたの」
「シビル、嘘はいけませんよ。途中で放り出したくせに!」
「だって、クライ。私もクライの弟子になったのですもの。でしょう?」
「あら? 弟子になってたのかしら? 今からでも遅くは無いわ。授業料を払いなさいな。お安くしておくわ」
「あなたたち二人して私を騙すのね! もう少しましな嘘が出来ないのかしら」
「もう、桜子さんには敵わないな。なんでもお見通しですね」
「そうでもないわよ。クリナとアナスタシアの宝石を解放してみましょうか」
「ね! クリナとアナスタシアはどうしたい?」
「私たちはもっと巫女のことも知りたいし、力が強くなるのなら歓迎よ」
「それなら、明日の朝に解放呪文を唱えてみようか。今晩はもう頭が回らないからさ。シビルとクライも手伝っておくれ」
「はい、桜子さん。お手伝いします」
「それと、下の双子も同席させるわよ。いいかしら」
「私たちも、それで構いません。できるだけたくさんの巫女の方とお知り合いになりたいですもの」
翌日の朝。使っていない部屋をきれいに片づけて巫女が集合した。
クライと沙霧と澪霧は朝練で少し遅れて到着した。朝一からクリナとアナスタシアは緊張しながらも、綾香と彩香の4人で部屋の掃除をした。
「貴方たちは朝から大変だったね。ちょっと汗をかいたでしょうから、シャワーを浴びてらっしゃいな」
「そうね、埃まみれだから、行こうか!」
「お母さん、ちょっと浴びて来ます」
「ゆっくりでいいよ」
桜子はなぜか4人を追い出したようだった。部屋の掃除をさせたのも、年少だからではなかったのだろう。
桜子は残る巫女の前で、
「クリナとアナスタシアは私の孫の生まれ変わりかもしれない。ねぇ、シビルとクライ。宝石を解放したら、その、クリナとアナスタシアは消えてしまうかもしれないわ。いいかしら?」
「桜子さん、それはどういうことかしら?」
「だってそうでしょう? 私の娘の二人と、クリナとアナスタシアが遠い過去の孫の転生だとしたら、巫女の力が覚醒したと同時にあの4人が二人に融合するかも知れない? と言ってるのよ」
「お母さん、それは本当かしら。私は妹が消えるのは嫌だよ!」
「それはお母さんも同じよ。まだ知られていない巫女の力も存在するのよ。第一に二つのティアラの宝石の存在は誰も知らなかったわ」
クライは、
「そうなのよね。誰も何も知らないのよ。あの二人が桜子さんの孫の生まれ変わりだとしたら、綾香さんと彩香さんはどうなるのかしら」
シビルは、
「これも運命のいたずらかしら、因果の交差路だわ。定めとしたら?」
「でもね、人狼の巫女の星の定めなら、受け継がなくてはならないかしら」
「お母さん、それでいいの? 私は運命なんて信じないわ!」
「運命は信じても、母として従う気持ちは無いわ。みんな! 宝石を右手に握り締めてちょうだい。先に宝石の解放呪文を唱えてみるわ。みんなの宝石があれば何か変わるかもしれない」
「そうね、全部揃っていないけれども、何か変化が起きるかも知れないわ」
クライが桜子の方針に従う発言をした。
「さ、4人が戻る前に呪文を唱えてみましょう」
「桜子は、我に命ず。ダイヤの封印を解きたまえ! ボガトィリの唄を讃えよ、ヴォルフェンリード」
「これでダイヤの封印は解けたわ。みんな、私を掴んで真名で唱えて!」
「待って、桜子! 紙に書いておこうよ。そうでもしないと、一斉には詠唱が出来ないわよ」
「そうね、カムイコロ。そうするわ」
桜子は躊躇せずに、墨で白い壁に大きく文字を書いた。
「我は汝の記憶を司る。我は汝の真名を唱える、ファティーマ oooo」
「いいかしら、最後に自分の真名を唱えてちょうだい。ではいくよ!」
「我は汝の記憶を司る。我は汝の真名を唱える、ファティーマ *******」
各自詠唱を唱えた。最後は自分の名前だった。きれいに揃った呪文となった。
しかし各自の宝石には変化が無く、桜子が一瞬白く光った。桜子の表情が変化した。先に年齢が若くなったのが見て取れた。
「わぁ! 桜子。あんたは誰なの?」
桜子はティアラの宝石の記憶が甦ったのだった。




