第54部 ハドソン川 寒中水泳
1950年12月(昭和25年)ニューヨーク・倉庫街
第一戦の砲撃が終了した。これからは地道に人狼兵を一人ずつ倒していくしかない。昼過ぎに砲撃戦が始まってもうすぐ2時間が過ぎる。人狼兵は倉庫に籠城していた。出て来る人狼兵がだんだんと少なくなった。この異変に気付くのに約1時間が過ぎた。冬だから日暮れも早い。
「なあ、木之本君。敵さんは家に帰ったのかな。出て来ないぜ」
「そうだな。籠城を始めて1時間と少し経ったな」
桜子が大声でこの二人を叱責するのだった。
「このすっとこどっこい。何ぼけ~っとしてんだい。敵さんは逃げたじゃないか」
「これは桜子さん。そのような事はありませんぞ。順調に制圧しております」
「ほほう~ あんたらは現役の刑事だろう。この俺様のいうことは理解できんのだな? そうかい、分かった。警視総監に報告したろうぜ!」
「まだそこに籠城してますよ」
「い~や、逃げたね。まだ分かんないかい。ボケ!」
「終わったよ」
カムイコロら4人の巫女が帰ってきた。課長は機動隊とアメリカ軍を倉庫へ突入をさせた。
「課長。中は100人程度の兵しかいません。それと、バラバラの死体が150人分位でしょうか」
「カムイコロさんが川にも50人は放り込んだよ。だから、総勢で300人です」
綾香が報告と制圧の合計人数を合計した。桜子は、
「おい、課長!人狼兵の総数はいくつだい?答えてみろ」
「ええ~と。手の指が100人として、一つ二つ。三つ。四つ。五、六? は!300人では足りない。500人はいるはずだ。」
「だろう? お前らの頭は平和ボケしてんだい。追跡は出来るのかい?」
「木之本君。倉庫を調査してくれ。何か、どこかに脱出口があるかもしれん」
この倉庫に終結した人狼兵は、おおよそ380人ほどが正解だ。事前調査ではもう少し多い500人と見積もられていた。
「500-300は、残り200人が逃げている計算だな」
「そうだね、またしくじったね」
「ばーろうが、だから言っただろう?」
「はい、桜子さん」
アメリカ軍の指揮官が歩いてきた。走るほどの用事ではないのだろう。
「おい、Mr.木之本。あんたらは何を和んでるんだ。逃がした犬コロ兵はどうすんだい。俺らは追跡班を5組作って行わせているぜ」
「ああ、すまん。手落ちがあった。こちらも追跡を開始する」
「そうしてくれ。あんたらと残った兵隊は、俺らのテントに来てくれ。晩飯だ」
「それはありがたい。そうさせてもらうよ」
日本から来た者は、救護テントと夕食のテントに集まった。
「あんたらは優秀じゃ。死者はおらんのかい?」
「ええ、そうです。人狼兵には慣れていますので。奇襲で20名を失いましたが、今日は多分死者はいません」
「俺たちは被害甚大だね」
「でも、大佐! あなたの軍隊が突撃したからですよ。だから、私たちは守られて死者が出なかったのです。これも大佐のお蔭です」
桜子が指揮官を大佐と呼んで機嫌をとった。事実だから事実を言っただけだが、指揮官は大いに喜んだ。
「このおちょうしもの!」
「Good things.」
桜子の言葉を英語で綾香が言った。聞こえないかと思ったが、聞こえてしまい指揮官は激怒した。
「キャーッ。お姉さま! 助けて」
4姉妹でテレポートして逃げて行って、その後は分からない。
「おお! すげー。よく跳んで逃げれるもんだ。グッジョブ!」
指揮官は怒った訳ではなかった。ただ疲れていたから、怒鳴っただけだ。その証拠に他の大人たちは笑っていた。
夜になり、二回戦が始まる。人狼兵は地下下水溝からニューヨークの街に逃げていた。街中での銃撃戦は行えない。当然のごとくゲリラ戦に移行した。
ニューヨークの市民に被害が出ないように、機動隊は人狼兵を見つけては場末の人のいない所へ追い出して戦った。とどめは妹の双子が担当した。
一方、市街の高層ビルでは巫女が戦う。巫女の三人が路上に落とし、カムイコロがとどめを刺した。
地道に作業のごとく進めている。敵は逃げた兵だけではなかった。応援もあるし街を警戒している人狼兵も参戦した。人狼兵は本当に200名位に膨らんだ。一晩に50人を倒したとしても、4日はかかる計算だ。四人の巫女で退治したら一人当たりが50人になる。一人が一晩に10人から始末しなくてはならない。大変なノルマだ。これなら保険の勧誘がまだましだろう。
「ちょっと、あなた。がん保険は入ってますか? 簡保がお勧めですよ!」
とある国では、老人相手に1日に10人は落としているらしい。
テレポートを駆使しながら巫女たちは戦った。
「お姉ちゃん、そこの非常階段は錆びてて落ちるわよ」
ドッガーン。ビルの側壁に掛けてある階段が落ちた。場末にはこういった物件がわんさかとあるのだ。壊れれば大家は作り直さねばならない。入居者が架け替えろと直訴しても大家は受け付けないのが普通だ。ここで巫女が壊してしまえば、入居者は全員が喜ぶ。(ホントかな?)
逃げ足の速い集団と対峙した。三人が屋根の上やビルの屋上にテレポートしても相手はどんどん移動する。逃げ足がはやいので打ち取るのが出来ない。
ソードを弓に変えて狙うも、最初の5人でその後の命中は無かった。
カムイコロを除く三人は、汗だくとなり肩で息を始めた。
「005050052527\\555
↑ は、ペットの大ダコが水槽から抜け出しているところを、キーボードで叩いた時に出来た文字列です。このタコ君は自分がいる時に合計6回は脱走しております。留守や就寝中に脱走したら、★になっていますね。2cmほどの隙間から出ています。もう大変です。足の半分が出たら力任せに出てまいります。手では抑えられません。
「なんだこいつらは」
「そうね、悪魔だわ。デビルだよ」
「そうね、デビルフイッシュ! だわ。覚悟してかかりましょう」
「お~い、早く落としてくれ。暇だよ~」
下ではカムイコロさんが叫んでいる。
「一人では無理みたい、2人でやるよ」
「OK,姉ちゃん」
「行くよ、澪」
「ファイヤー、ショット!」
「アクアー、ショット!」
「デルフィナ! 弓で攻撃して!」
「OK! グレートファイン、ショット!」
三人がかりでようやく一人の人狼兵が、カムイコロの元に落とされた。
「アクア・バードスプラッシュ!」
遠くのビルから一筋の水の光が・・・・。
一人の人狼兵が逃げ惑うも、水の刃が人狼兵を追跡して命中し落とされた。「おう、早かったな。もっと落とせ!」
カムイコロは状況把握できずに喜んでいる。
「アクア・バードスプラッシュ」の掛け声と共に、謎の攻撃が人狼兵を攻撃した。
遠くから攻撃しても人狼兵は逃げる時間がある。普通は交わされてて終わるものだ。しかしこの「アクア・バードスプラッシュ」は、攻撃の刃は曲がりに曲がって人狼兵に命中する。胴体が真っ二つにはならない。矢が当った様に胸に何かが刺さった。鳥の形をしていて、翼で方向を変えて命中する。逃げてもだめだ。変幻自由に追跡して命中するのだ。
四人の巫女は、唖然とする。初めて見る巫女の攻撃だった。
「あなたたち、なに腑抜けた戦い方しているの。巫女の力はそんな薄っぺらいものではないはずよ! しっかいしなさい」
「そうですよ。今日は私たちがお手伝いしますわ。この私の攻撃を見ていなさい」
引き続き四人の巫女は声も出ない。
「アクア・バードスプラッシュ」
「アクア・バードスプラッシュ」
「アクア・バードスプラッシュ」
3回の攻撃で三人の人狼が落とされた。下ではヒグマが口を開けて待っていた。
「ギャー! ヒグマ。デカい~。俺を食わないでくれ。いやだー」
バコン! ギャー。バコン!ぎょぇ~。
残るは三人になった。
「ほら、一番若い子。まねてやってみなさい。そのために残しているのよ」
「デルフィナ~、頑張って! 気合よ~」
「アクア・バードスプラッシュ!」
デルフィナが叫んで弓を引いた。威力が弱いながらも自由に飛んでまわり、人狼兵に見事命中した。人狼兵はビルから落ちていく。下ではヒグマが待っていた。
「ごっあんです!」
バコン! ギャー。人狼兵の叫び声が木霊して聞こえた。大きな声だった。
「さ、次! どっちだい。やってみな」
ここは姉の威厳か、綾香が叫んだ。
「ファイヤー・バードスプラッシュ!」
水の刃でなく、炎の刃が飛んで行った。どこまででも力強く飛んでいく。
「あち~」
バコン! ギャー。ヒグマがぶん殴る。
できたよ、澪。澪なら簡単に出来るよ」
バコン! ギャー。 ヒグマが足をかじった。
「これは、シビルの力よ。デビルではないわ」
謎の巫女が説明した。笑いをこらえているのか、顔がにやけている。さっきのデビルフイッシュ? を聞いて笑い転げていたのは事実。*)シビル(sibyl)=英語で巫女を表す
「アクア・バードスプラッシュ!」
「わぁ、ほんと。出来たわ。この力は凄いわ!」
澪ははしゃいだ。
「なに言ってるの。私たち二人は、あなたたちには敵わないわよ」
「そうね、今日も一部始終を見ていたわ。シビルの力を使うには、ボーガンをイメージしたらいいみたいよ。次回からやってみてね」
「はい、やってみます」
「炎のお姉ちゃんは、そうね、花火をイメージしたらいいかもしれない。私たちは水の力だけだから、炎のイメージが分からないの。アドバイスが出来ないな」
「ファイヤー・バードスプラッシュ!」
「きゃっ、なにすんの」
「アクア・バードスプラッシュ!」
沙霧の放った攻撃が180度回転して謎の巫女に向かってしまった。後ろに攻撃を放ったのだが?
炎に対して水の攻撃で、炎の攻撃が消滅した。
「私たちはブルートパーズとヒスイよ。また会いましょう」
そう言って謎の巫女は暗闇に消えていった。
四人は謎の巫女を見送った。初日の今日は少し早いと思いながらも、謎の巫女の報告を母にしなくてはならない。だから、・・・・一目散に帰った。
テントに帰って早々に母を見つけては、
「お母さん、これ見て!」
「ファイヤー・バードスプラッシュ!」
沙霧は澪霧に攻撃の相殺を頼んで炎の刃を放った。ここでも見事に反転して澪を狙って攻撃が飛んでいく。澪はテレポートで交わしても、直ぐに方向転換をして澪を追撃する。
「沙霧! 何しているの。直ぐにやめなさい」
「お母さん、心配はいらないわ。直ぐに終わるから見ていてちょうだい」
「アクア・バードスプラッシュ!」
澪が叫んで水の刃を飛ばした。炎の刃に見事ぶつかった。そして、炎と水は消滅した。
「自動追尾魔法? かしら。なんだかすごいわ!」
「でしょう? 先ほど援護してもらって、この巫女の力を教えてもらったのよ。シビルの力と言ってたわ」
「シビル? シビル。・・・・・・・。う~ん、あのシビルかな」
「お母さんは何か知ってるの?」
「いや、濃緑の巫女はアヴローラだけれども、だいたい巫女は8人だよ。これにダイヤの私と琥珀のヒグマを合わせて10人だけと思っていたけど・・・?」
「まだ他にもいるのかな」
「アヴローラに娘のシビルが生まれたと聞いたような?」
母が言った。
「それに、私たちはブルートパーズとヒスイよ。また会いましょう。とも言ったわ」
「そうなんだ。巫女は全部で13人? とも聞いたような気がする。ブルートパーズとヒスイの巫女は、シビルから戦い方を師事したのかもしれない」
「じゃぁ、濃緑のシビルさんは何処にいるのかな」
「そうね、濃緑と緑の巫女が仲が良かったわ。緑の巫女もいるかもしれないね」
「探してみようか」
「それならお父様に頼んでみるわ」
シビルの魔法を見ていたデルフィナが話しかけてきた。
「シンに頼んでどうすんだい」
「アメリカ軍もニューヨークに居る謎の巫女を知ってるのよ。私たちが来る前から人狼兵が殺害されていると、言っていたわ」
「アメリカ軍はあてに出来ないわ。自分らで探すことにする。明日から私が探してみるから人相を話して」
「変装してるから判らないと思う。歳は私たちよりも下だという程度ね」
「でも随分と大人びて見えるけど?」
「アメリカの人は年増に見えるのよ」
「それを聞いたらあの二人は怒るわね!」
一同は笑った。澪霧と沙霧の会話である。
「お母さんは、妹たちを連れて探してみて。案外と早く見つかると思うわ」
「そうだね、そうしてみるよ」
こうして初日の戦闘は終了した。明日も昼位から捜索活動を行う。
翌日は昨日と同じ四人と、母と妹の三人がチームを組んで行動した。巫女の四人は早くも人狼兵と遭遇し、乱戦となった。人狼兵の総数は30人ほどいる。多勢に無勢、とてもじゃないが押されてばかりで埒が明かない。
三人の巫女が遠方射撃と接近戦に分かれて戦う。デルフィナは接近戦が好きだ。澪が援護する。
「アクア・バードスプラッシュ!」
次々と水の刃が飛んでいく。
「ファイヤー・バードスプラッシュ!」
炎も燃え盛り飛んでいく。ヒグマは大なたを振り回して人狼兵を戦闘不能にする。ヒグマのカムイコロは身体が大きいのでビルには飛んで登れないので、地上戦オンリーの戦いだ。
「ほら、10人で一人の巫女にかかるのよ!」
若い女の声がした。すると人狼兵は言われたように一斉に飛びかかった。こうなるといくら強い巫女でも交わせない。
「みんな! テレポートで交わして!」
澪が叫んだ。だがどうしてかテレポートが封じられている。以前、妹が姉のテレポートを邪魔したことを覚えていますでしょうか。あれが行われたのだ。
「どうしてテレポートが出来ないのよ! これでは捕まるわ!」
三人の巫女がパニックに落ちてしまった。余裕のデルフィナさえも顔が引きつっている。
沙霧は半分べそをかいているようだった。澪霧は冷静でも自分の防御で精いっぱいで、他の三人を見る暇もない。唯一下から三人を見上げることのできるカムイコロだった。
ヒグマから人間の姿にに戻ってカムイコロが叫んだ。
「みんな、ハドソン川に飛び込んで!」
カムイコロが大なたを澪霧の方に投げた。人狼兵の数人が身を交わす。その隙に澪霧は脱出した。
「アクア・バードスプラッシュ!」
「アクア・バードスプラッシュ!」
二発の魔法が繰り出されて、沙霧とデルフィナの退路を作った。二人はすぐさま逃げの韋駄天走りで逃げた。カムイコロはヒグマに変身して澪霧に突進した。そして人狼兵をなぎ倒して二人でハドソン川に飛び込んだ。
「キャー、今日は寒そう」
「いや~、もう勘弁して~」
「俺に付いて来い。泳ぎを見せてやるよ」
「もうどうにでもなって~」
四者四様!ハドソン川で寒中水泳を行う羽目に? 落ちてしまった。数人の人狼兵も川に飛び込むも、ヒグマの平手打ちで伸されてしまった。
今日の戦闘は、巫女の完敗で終わった。
「ギャッハッハ~、なんだいそのざまは。負けちまったんだ」
母の桜子は帰って来て大笑いをした。事前に巫女の敗北を聞いて早めに帰ってきたのだった。しかし、目は笑ってはいなかった。
「だってお母様! テレポートが使えなかったのですもの」
「お姉ちゃん、それはどうしてなの?」
彩香が直ぐに質問した。澪が答えた。
「そうなのよ、妹と同じ能力を持つ者がいるのよ」
「そうね、若い女の声が一度だけれども聞こえたわ」
「若い女? テレポートが使えない?」
桜子は考え込んでしまった。




