第39部 母娘(おやこ)の絆
研究所を訪れたツインズにお宝?
1948年1月(昭和23年)ロシア・シホテアリニ山脈
ハバロフスクは日本から奇襲を受けるとは全く予想もしていなかった。
人狼兵の大多数はとある目的で、新潟県中頸城郡中郷村で仕事をしているのだ。だから研究所には警備の人狼は数人程度で、奇襲に対応できずに終わってしまう。
「ハバロフスク所長、次のトラックで終わります。身支度をお願いします」
「何言ってるんだい。身支度は短く終わってるよ」
「所長、今日も寒いですよね。雪が多いですもの」
「子供の暖房は出来てるだろうな。凍えて死なせるなよ」
「何を仰います所長。それは所長の役目です」
「ああ、そうだった。赤子はもう改造済だった。俺は疲れたか」
男は小声で、
「所長の暖房が無いんだがな~。大丈夫かな~」
「うん? なんだ!」
「所長、もうお休み下さい。トラックへ行きましょう」
その頃には、4台目のトラックが襲撃されている頃だった。巫女たちはここの研究所に来るのに1分も掛からなかった。4台目のトラックは、智治父さんが運転して一番近い街へ向かった。
直ぐに5台目のトラックを抑えに行く。そこにイカレ所長が出くわした。
「な、な、なんだ! お前たちは!!」
ドスの効いた声で課長は、
「赤子を返してくれ! 貰いに来たぜ!」
ハバロフスクは大声で襲撃を受けている事を叫んだ。
「襲撃だ! 人狼の巫女の襲撃だ~、全員戦闘に掛かれ~」
巫女たちは身構えていたのだが、向かって来たのは、
「あれれ? たった3人だわ。気が抜けちゃった!」
ソフィアは大いにがっかりした。
「お母さん、私ね、ゴルちゃんに会いたくなったわ!」
「そうだね、ブタ顔するかい?」
「そうね、そうしよう」
悠木女史は日本までの旅費と少しばかりの給金を支払った。最後の言葉が、
「署長には言っておくね。また9月に会いましょう!」
ロシアの二人はここで退席した。
ハバロフスクの戦闘員は、カムイコロさんが一薙ぎで始末した。全員の力が抜けてしまったのが原因か。大きな失態へと続く。
「木之本君、早く終わったな。この研究所は全部灰にしてしまうか」
「その前に口の利ける兵から事情聴収をしましょう」
「そうだな」
残された子供が居ないか、双子たちは研究所を見て廻る。異様な部屋も多数あった。所長の部屋らしき少ししゃれた小部屋には、
「姉さん! これ見て。私たちの写真よ。もう気持ち悪いわ」
「じゃあ、このファイルは? キャッ! 銭湯の脱衣室の裸の写真よ!」
「ふ~ん、良く撮れてるじゃん。チッパイ! が、沙~」
沙霧は妹の綾香をぶん殴った。彩香は、
「胸の大きさで判断しないと、どちらの姉さんか判らないね!」
沙霧は、彩香もぶん殴った! のだった。他にも双子とソフィアのファイルがあり、生活安全課のファイル数は、100冊を超えているようだ。
澪は
「木之本署長を呼んで来て」
妹の双子が下っ端だからと言って二人で走っていった。
それからも澪は他のファイルをぱらぱらめくっていく。本当にどうでもいいような些細な事項ばかりの羅列であった。次のファイルを開いて澪は固まってしまった。
これは母の霧のファイルだった。澪は思わずしゃがみ込んでいた。この様子を見て沙霧が不審に思い駆けて来た。
「姉さん、これ見て! 霧母さんよ。きっと10歳の時の写真よ。そして、この大きいのが、大人の母さん・・・・・・・」
澪は声に詰まって最後は鳴き声に変わっていた。ここの写真は戦闘中の様子で、父さんが負傷し霧が泣き叫んでいる写真があった。
「どうしてこんな写真があるのかしら。私、お母さまを呼んでくる」
沙霧は駆け足で去って行く。
澪は涙目で在りし日の母の写真を見られて泣いていた。時には微笑んで時には、さらに涙を流した。
「これ! 最高。とてもいい笑顔だわ。お母さん、可愛い!」
「そしてこの写真は、私たちと同じ顔してる・・・・・」
澪はファイルを胸に抱きしめて、床に顔が付く位に俯いてしまった。
この澪の様子を見た桜子は、
「澪! どうしたの? 大丈夫!」
澪はゆっくりと顔を上げて母を見つめて、声を出して泣き出す。
「お母さん、お母さん、わたし・・・」
桜子は澪を思いっきり抱きしめた。床に置かれたファイルの写真を見て、
「そう、霧の写真ね。可愛くよく撮れているね。こんな所で霧に会えるなんて不思議ね」
「・・・・・」
桜子は涙目で沙霧を見つめた。沙霧は母に呼ばれているような気持になり二人の所へ行った。
「お母さん。澪、澪?」
「可愛い霧の写真よ。この時の霧は、母さんでも知らないわね」
「ほら、澪! 次の写真を見て。智治と霧の夫婦の写真よ。悔しいけれどとても良く撮れてる。貴方の両親の写真だよ。澪?」
「うん、・・・・霧お母さん・・・・」
二人の姉と母の様子を見て駆け寄ろうとした、彩香と綾香だったが、カムイコロが二人を制して立ち止らせた。
少し時間が過ぎて、下の双子も事情が理解できた。少しばかりの会話に霧母さんと聞こえたからだった。遠くて見えないが写真であるとは理解できた。
「お~い、桜子さ~ん」
木之本署長とニキータが桜子を探しに来た。
「さ! くらこ? さん?」
二人はカムイコロの顔を見て立ち止った。カムイコロは、
「さ、ここは三人だけにしましょう。三人が出て来るまで待つのよ!」
部屋に居た者は出て行き、ドアの所に居た者は静かに後ずさりした。
静かに三人の時間が過ぎていった。
「課長、この赤ん坊は麓の街に届けるかい。それとも仲良く一緒に一泊するかい?」
「ここで署員を分散する事もなかろう。全員で宿泊しよう」
「人員が多いほど楽にがさ入れが出来るな。それと、あの男はなに?」
一人の男が課長目がけて走ってきた。同行を却下された男だ。
「課長、1台の車と途中ですれ違いましたが、合同会議で説明されたここの所長? ではないでしょうか」
課長と署長はお互いを見つめて固まってしまう。
「お二人はそういう関係でありますか。失礼します」
ここで大きな失態に初めて気が付いたのだった。
「作戦は半分が失敗だったな」
「そうだな」
二人は肩を落としてトラックの傍らから研究所に入った。もう昼も過ぎたし全員で昼食になった。
「悠木くん。このお弁当を三人に届けてくれないか。ひとこと言って静かに置いて来るだけでいいからね。頼むね」
「はい、分りました。届けてまいります」
悠木女史が探して探してようやく部屋に辿り着いた。部屋のドアは解放されていて、中の三人は座論梅のごとく、床の写真を中央にしてにこやかに談笑していた。
悠木女史はそれでも言いつけを守るように、
「お弁当です」
と、ひとこと言って立ち去ろうとした。
「ねぇ、ミーシャはまだ居るかしら」
「いいえ、お二人でモスクワに発たれました」
「そう、残念だわ。ありがとう、悠木さん」
「いいえ、どういたしまして!」
悠木女史は静かに立ち去ろうとしたが、進んだのは3歩だけで立ち止る。
「うん、家族っていいな! 私も欲しい・・・」
今度は上の天井を見つめて、
「よし! アタックするぞー」
刑事課の課長は暖房も無い部屋で冷え切ってしまい、身震いをしていた。「おかしいな、俺は寒いのには慣れている筈だが・・・震えが止まらん」
課長は全員を集めて、
「これよりここの研究内容と思われる物を全て日本に持ち帰る」
署長は
「そしてだな、安全課と対を組んでいる研究所に持って行く。人狼兵の研究に役立ててもらうからな」
「それと、三人が居る部屋は最後にしてくれ。そこは別途指示を出す。みんなよろしくな」
署長は悠木女史と、刑事課の女史を呼んで、
「すまないが、二人で赤ん坊の世話を頼む。この通りだ」
「二人でですか?」
「そうだな、あの三人と、向こうの三人も頼んでみるよ」
「はい、分りました」
「しかしな~、あの親子は半分はボランティアだぜ? こんな事頼めないね!」
「ああ、そうだな。無理だ、俺らであやしに行くか!」
夕方の遅くに1台のトラックが到着した。タイヤチエーン装着で大きな音が遠方から聞こえていたので、腹に用事があるも者は出迎えに出て来ていた。
「おう、夜飯だ!」
「酒も有るかいな?」
「でも、他の二人は? 誰かな」
「あ、お父さん!」
「?ソフィアさん? じゃないかしら」
「そのようね。少し表情が怖そうな? ソフィア姉さんだ!」
「私、姉さんたちに知らせて来るね!」
「うん、任せた」
トラックが停車して、智治父さんとソフィアとミーシャさんが降りて来た。
「すまなかったな、無理な用件を押し付けてさ」
「いいえ、課長さんが事前に手配されてありましたから、子供たちも無事に保護されました」
「荷物は全部持たされたかい?」
「多分、全部だと思いますが、何か不足でもありましたか」
「いや、木箱が多すぎるようだ。機関銃がな、・・・」
「お~い、お前ら。食材と寝具類を全部降ろしてくれ。食堂と広間な!」
「はい、署長。食事の準備が出来ましたらお呼びいたします」
「頼むぜ、こちとらはこれだからな!」
「赤ん坊の世話も大変ですよね。特に課長さんは?」
「ねぇ、お父さん、大変なのよ!」
「どうした? 綾香」
「うん、お姉さんの二人とお母さんがね、大泣きしてたのよ」
「えぇ? なんで?」
「早く行こう、みんな待ってるから」
二人は走って行った。研究所の所長室の入口では彩香が待っていた。
「お父さん。お父さんも泣かないでね」
彩香が少し潤んだ目をして、部屋の中を覗くような素振りをした。
「お姉ちゃん?」
「うん、大丈夫だよ。きっと、父さんも泣くだろうね」
「私たちは夕食の準備を手伝おうか!」
「そうだね。あ~あ、もうお父さんは泣きだした」
部屋に入るなり智治は、緊張した表情が穏やかになった。そこには泣きべその娘二人と、夫を見て安心したような表情を作った妻の顔があった。智治は静かに三人の元へ歩いて行く。
大きく散乱したその部屋には、多数のファイルが拡げてあり、とても懐かしい霧の笑顔が広がっていた。智治の歩みが写真の前で止まった。
悠木さんに案内されて、少し遅れてミーシャとソフィアが到着した。
「こちらです。桜子さんが多分ですが、お待ちだと思います」
「そうね、そのようよ。ありがとう」
悠木女史は部屋を覗かずに立ち去って行く。
ミーシャは入口で立ち止ったままで動かなかった。多分動けなかったのだろう。
「待たせたな」
三人は父智治の空間を空けて迎え入れた。妹の二人は淋しいだろう。だが、呼ばれるまで辛抱強く待つ事に決めている。二人はもう半分泣きかかっていた。ミーシャが声を掛けると同時にか、母桜子が妹二人を呼んだ。
「ね、さく・ら・・・」
「二人とも、入ってらっしゃい! とても待たせてごめんなさいね。母さんは胸がいっぱいで声が掛けられなかったのよ」
「ううん、いいのよ、私たちは大丈夫だよ」
とてもけなげで、そしてどこまででも優しい娘の二人だ。そう思うと桜子は泣きだしてしまった。
「彩香、綾香。いらっしゃい」
父の智治が母・桜子に代わり声をかけた。こうして親子の6人が揃った。
桜子が泣いたのは少しだった。必死に涙をこらえてミーシャを呼んだ。
「ミーシャ。これ見て! あなたと霧の写真があるのよ」
ミーシャは桜子の横に歩み寄った。そして、
「わ~、懐かしい! ホント、霧だわ。今見るととても可愛らしい!」
「ねぇミーシャ。娘たちに霧の事を話してあげて」
「そうね、私たちは戻ってきて正解だったわ。もう、夜通しお話ししてあげるね」
「はい、お願いします」
ミーシャの顔を覗き込む娘たち4人の大きく見開いた目には、いくえもの涙の後があった。
そんな家族と母の間ににソフィアは割って入った。
「お母さん、夕食の後にしたらいいよ。今からお話ししていたらさ、みんなは待ちくたびれるよ」
「ああそうだ、桜! 後の楽しみにしような」
智治がソフィアに追随したのだった。
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