第36部 寿産院事件
キーポイント。(ラクーン=たぬき)
1948年1月(昭和23年) 東京都・新宿区
2019年の4月くらいだったかと思う。東京都の?区の空き家から、数人分の嬰児の遺骨が発見された。警察で調査したが、事件性は無い”と判断されて調査は終わった。親が産み落としても逮捕されるのに、事件性は無いというのは、迷宮入りにするしかなかったのだろう。
1948年(昭和23年)1月12日、日付も変わろうかという時刻に事件が発覚した。新宿区弁天町でパトロール中の警官2人が、真夜中にみかん箱を持った人物に職務質問を行った。段ボールのみかん箱にはたまたま4人の嬰児の遺体が入っていたのだった。人物は葬儀屋の主人で事情聴取を行って発覚した。
警官と葬儀屋の遣り取りで、
「あのう、こんな夜中に何をしてあるのでしょうか?」
「これはこれはご苦労様です、はい。この箱を運んでいる所ですが、何か?」
「ああ、そうですか、雪も降りそうなこんな寒い夜にですね、お急ぎの仕事で?」
「はい、今晩中に届けなくてはなりませんから」
「どちらまで? 中は何が入っていますか。ちょっと見せて下さい」
「いや、これは大きなみかんですので」
「おう! そうですか、二つ頂けませんか?」
「良いのですか? 袖の下になるのでは?」
「いえいえ、あなたが黙って箱を開けてくれるだけでいいのですよ」
葬儀屋はしぶしぶみかん箱の開封に応じた。黙秘は出来ない。
「これは随分と大きいみかんですね。なんという種類ですか?」
「熊本名産の晩白柚というザボンになります。これは大きいので、1個が2.5~3Kの重さがありますね」
「この晩白柚には、赤子の着物を着せるのですか? 寒いですものね」
「はい、原産地はマレ-半島ですので、寒に当てるとよくない物です」
「では、署まで同行をお願いします」
「はい、まいります」
こうして晩白柚殺人事件が発覚した。すぐさま葬儀屋への依頼主の産婦人科に赴き、寿産院の夫婦が1月15日に逮捕された。
生活安全課の木之本署長が東京警視庁に召集された。先の嬰児殺人事件で安全課の案件が判明したという事だった。刑事課の課長が言うには、
「新宿区の寿産院でな、嬰児の人狼実験が行われていたんだ。ここの院長夫妻は逮捕されたが、100人以上の赤子がな、人狼兵への改造に利用されていたのだな。酷い話しだろう?」
「そうでありますな。かの人狼研究者は、復員兵と民間人をも人狼に改造して、日本に大量に送りつけてくる人物ですから」
「まぁ、復員船はもう無いから、日本の間引きされてもいいような、嬰児に目標を変えたんだな」
「その100人以上の赤子は、ロシアに送られていたんでしょうか」
「だそうだ。栄養失調で死亡した赤子は、葬儀屋に依頼していたとさ」
「律儀なこった」
「この事件は、1944年(昭和19年)4月ごろかららしい。院長がそう言ってたと報告を受けたね」
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寿産院事件とは
1948年(昭和23年)1月12日に発覚した。戦争終了で赤子を育てる事が出来なくなった人や、カンカンで妊娠・出産して育てられない赤子を新聞広告を出して募集し、赤子一人に付き親から4000~5000円の養育費を貰い、東京都からは補助金と配給品を貰っていた。
赤子には食事を与えず、配給品は闇市に流していたという。被害の赤子の人数は不明で、推定で85~169人と判断された。新宿区役所の窓口の死亡診断書の受け付けは、異常な多さに疑問は抱かなかったのかの問いに、思わなかったと。当時は行き倒れや不法投棄でかなりの人員が葬られたから、疑問にも思わないという有り様だった。
主犯の女に懲役4年、その夫には懲役2年の判決が出た。多くの殺人を犯す人間を救い、代わりにこの産院の夫妻が殺人を実行した? と言う事か。この時の赤子の遺体が今でも見つかるのか? 今年のニュースはそう思えた。ちなみに、出所後の夫妻は行方知れずで、稼業を再度始めたかもしれないのだ。
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「そうすると、今では1~6歳くらいですな。後10年で人狼兵は完成するからまた大量の人狼兵事件の二の舞になりますね」
署長は考え込んでいた。両腕を組んで右手で顔の顎を支える格好をしている。木之本の癖でもある。組手を解かして、
「課長。ロシアに調査依頼は無し? ですか」
「分っているじゃないか、木之本君。その通りだよ。依頼しても受付はしないよ」
「署に帰って検討します。と、非常時にはロシアまでの旅費は出るでしょうな」
「ああ任せておけ! ロシアまでの旅費は出してやるよ。好きにせい」
「でありますか、で、ロシアからの帰りは?」
「無いね!」
「だろうね、気前が良過ぎるよ!」
署長はしょんぼりして小声で呟いた。その後は無口で部屋を出て行き、安全課に直帰した。木之本は帰署後に全員を前にして、
「近いうちに慰安旅行ができそうだ。みんな喜べ、海外だぜ」
「キャッホウー」
全員が喜んでいる。頭痛がするので署長はそれ以上は何も言わなかった。
「また巫女さんに依頼するのか、頭が痛い!」
「なんだい、シン。しっかりしなよ。デルフィナが居るじゃないか」
「ああ、そうだな。気休めにしか?・・・・」
「おい、ニキータさん。東京高等師範学校に至急行ってくれ!」
「なんでだい? 人狼と関係がある・・・・?」
「至急行ってまいります。おい、課長、ついてきな。運転手だな」
「はい、署長婦人。同行いたします」
「でさ、シン。いったい幾ら持って行けばいいのさ」
「今、警視庁の命令書を書くから、これを持って行ってくれ」
「なになに、かのお転婆双子の授業料は、今後全て警視庁が負担す?」
「いいだろう、ニキータさん」
「そうよね、今までのお礼も、1円札のお礼もしていないものね!」
「とある情報源があってな、今日は双子の授業料の納入日だそうだ。頭を抱えているころだからさ、これで双子を買収してだな、ロシアの研修旅行に連れて行く算段だ」
「ああ、それはいい。親も喜ぶぜ! 直ぐに行くよ」
ニキータと古谷課長は慌ただしく出て行った。いい結果が出ますように!
1948年1月(昭和23年) 東京都・神田区
一方、東京高等師範学校の二人と一人は、学生課の窓口近くで屯していた。
「お姉ちゃん、後1時間だよ」
「ソフィアはどうだい、払えるの?」
「私は払えるよ。学費はロシア政府援助だからさ、心配はいらな~~い」
「ま、ソフィアったら。意地悪ね!」
「ムフフフ・・・・」
澪は姉に尋ねて、姉はソフィアに尋ねて、ソフィアは返事した。澪は皮肉を言い、ソフィアは意地悪な笑いで答えた。
「杉田沙霧さん、杉田澪霧さん、至急学生課の窓口に来てください。繰り返します。杉田沙霧さん、杉田澪霧さん、こら、早く来い!」
「わ~、澪!呼び出しだよ。未納は私たちだけかな」
その次にも放送が有った。
「ロシアのソフィアさん、至急学生課の窓口に来てください。繰り返します。ロシアのソフィアさん、先の二人と学生課の窓口に来てください」
「はは、ソフィアまでだ。ソフィア! 良かったね」
「なんだと? このう」
ソフィアは軽く怒った振りをした。沙霧は考え込んでいる。澪は明るく、
「なるようになるさ。三人で行こう! なんくるないさー」
「あ~、私は何だろう、心配だわ。お母さんは振り込みしてるよね、心配に
なってきたわ」
三人は学生課の窓口に出向いた。沙霧は開口一番、
「すみません、学費はまだ、その・・・・・」
「あ、杉田さんですね。お二人の学費は国が払う事に決まりました。そのお話しがありますので、応接室まで行って下さい。学長がお待ちです」
「あのう~、ソフィアですが、何か」
「はい、ソフィアさんにはロシア政府から電報が届きました。今後の学費は支払いたしません、です」
「えぇ? そんな、何かの間違いでは?」
「いいえ、間違いはありません。学費の振り込みがありませんもの」
「え~、イヤだ。そんな・・・」
「はいこれ。電報ね。読んで頂きましょうか。ソフィアさん」
ソフィアは読みだした。かなりの長文だった。
「ソフィア、なんて書いてあるのかしら」
「うん、あまりにもヒドイわ。あの人狼兵の所長がさ、裏で手を廻してさ、支払いを止めさせているのよ」
「なによ、それ。あんまりじゃありませんか。これもハバロフスクの愚計だね」
「そうなのよ。頭来ちゃうわ」
「だめよソフィア。頭は考える所よ。私たちで考えましょう」
「あなた達、学長から催促が有りましてよ。早くなさい」
「は~~~い」
応接室に行くと、学長とニキータが楽しげに話していた。澪は、
「こんにちは、失礼いたします。杉田の両名がまいりました」
「あ、入りたまえ。ソフィアも一緒にね」
「はぁ、私もですか」
「では何しに来たのですか? 窓口の女史は何も言わなかった?」
「はい、そうです。ロシアからの学費納入が無くなったとしか」
「それは失礼した。貴方にも関係する事です。さ、三人ともかけなさい」
「は~~~い、失礼します」
三人は長椅子に腰かけた。学長は三人の学費が免除された事を話した。
「こちらの刑事さんが、三人の学費を東京警視庁が払うから学費を免除して欲しい、と見えたのだ」
「そうですか? ニキータさん」
「そうよ、喜んで。木之本がね、三人の多大な功績を讃えてさ、学費を負担してあげよう、ってね。本当だよ?」
「わ~、ありがとうございます。ではこれを差し上げます」
沙霧は金百万円の請求書を、ニキータさんに渡した。
「そうよね、今までがタダ働きだったものね」
「おいおい、うちはアルバイトは禁止だよ。知っているよね。まさかねご存じないとか?」
「ええ存じております。だから危険も顧みずに無給でしてよ」
「そうよね、ニキータさん。無給ですわよね」
沙霧はニキータに念を押した。ソフィアが後に続いて、
「あら、ニキータさん。ソフィアには払うと、言ってませんでした?」
「いや、そのような事は私の一存では言えませんから、私ではありません」
「そうですか。判りました」
ソフィアは食いつかずに引き下がった。未だに一言も発していない澪霧は、
「あのう、ニキータさん。今度はどのようなお仕事でしょうか?」
「澪! 何言ってるのよ。今までの報酬でしょう。母も喜んでくれるから」
「お姉さま、寝言を言うのはまだ先です。ニキータさんの顔をよく見て下さいまし」
「・・・・・・」
「なによ、三人して。私を見ないでちょうだい。恥ずかしいじゃないの」
「ほら、ニキータさんは目を逸らしたわ」
「うん、そうだね」「あら、ホントだ!」「うわ~作り笑いだわ、ね!」
「もう、三人してバカを言わないでちょうだい」
「さぁ、ニキータさん? 署長命令は? 白状なさい!」
「はい! 申し上げます。もしかしたら、安全課で慰安旅行が開催される見込みでありまして、そのう、三人さんにもぜひ参加して頂きーですね」
学長は、
「それは良かったではないですか。あなた達は学業優秀だから、少しの欠席も大丈夫ですよ」
「いいえ、学長。私たちは必至で学業に専念してますのよ。いつもギリギリです」
「おや? 変ですね。毎回毎回満点か98点でしょう? 何処がギリギリですか?」
ニキータはこの遣り取りで直ぐに悟った。ニキータは、
「三人さん。秘密保持には協力しますので、私の依頼にはご協力をお願いします。でないと、私が署長に怒られます」
事情の判らない学長は、
「そうでしょうとも。三人ともニキータさんに協力しなさい。命令です」
三人はしぶしぶ? という表情で了承した。学長は大げさに喜んでいた。この学長はタヌキだった。
「では、ニキータさん。三人の了承も得ましたので、これでよろしいでしょうか?」
「はい、お世話になりました。三人を卒業までよろしくお願いします」
「ニキータさん。こちらこそよろしくお願いしますわ」
三人はお礼を言った。そして4人は部屋から出て行く。
4人が出て行くのを待っていた人がいる。学生課の女史だ。
「学長、今季の学業優秀者のリストです。先ほどの三人ですね」
「おう、そうかい。そうかい」
「学長? この三人の授業料免除ですが、もう三人には話されましたか?」
「いやいや、このまま黙っていてくれたまえ。いいですね」
「最優秀者の学費免除を? 黙っているのですか。あの三人は可哀そうではありませんか?」
「いいのだよ。国が払うというのだからね。黙っていなさい。今後は国から振り込みがあるからね、ウッフッフフ!」
「はい学長。いやラクーンさま」
「ラクーン? なんだい、それは」
「いいえ、独り言ですので気にされなくていいです」
学費支払いから解放された三人は、
「澪、何よ。最後に言いたかった事は?」
「うん、お姉ちゃん。人狼狩りに行かされるのよ。三人ともね」
「えぇー、イヤだ。またなの?」
「そうに決まってるじゃん。海外の慰安旅行は、ソフィアの国ね」
「まぁすてき。タダで帰れるかしら」
「人狼兵を始末したらね」
「・・・・始末するの?」
「でもさ、ニキータさんに私たちの秘密がばれましたわ」
「いいよ、大丈夫よ。私たちが協力する事が重要ですのも。天秤には乗らないわ」
「はいはい、お姉さま。今後もよろしくね」
「おう、よ!」
暗い題名でしたから、終わりは楽しく?ラクーンに終わります。




