昼
寝巻から部屋着へと着替える。
すでに来訪者に寝巻のまま応対したがどうでもいい。
今日の私の衣装を決める。
『この世は舞台、人はみな役者』
時を経ていくと周囲から求められている役が解って来る。
たとえ誰も私のことなど気にかけていなくともそこには張りぼての木の役が求められている。
私はそこに相応しい衣装で出演する。
どこへ行ってもみんな示し合わせたかのように馴染む服装をしていて、やっぱり誰もが暗黙の了解を飲んで存在しているのだろうかと思う。
ロリータファッションに身を包む女の子に憧れた。
彼女たちは自分で自分の舞台を選び取りいつだって主役を演じる。
その舞台に観客がいなかったとしても。
私は観客のいない舞台なんて寂しくて立っていられない。張りぼてでいいからそこに居たい。皆と同じ目線で景色を見たい。舞台に水を差したくない。
そしてあわよくば主役を演じたい。
出かけるときは役をよく見極め適切に目立ちそうな服を着る。
打算と浅はかな欲望で組み上げられたコーディネートは制服のように退屈だ。
ただ彼が私を褒めてくれるのは嬉しい。
恋愛感情から湧き起こるものではなく彼が本気で認めていると解るからだ。
「お前が着ると服が生きる」と彼は言った。
ファストファッションの売り場で平積みにされている服の一つを試着として羽織る。
するとそれは本来在るべき形となって作り手が込めた思惑が具現化される。
まるで始めからそれを着ていたかのように。
この感覚が好きだ。
袖に手を通した途端ただの布切れだったものに命が吹き込まれる気がする。
すっきりとした水色のカーディガンは丈が長く膝の下まですとんと落ちる。
くるりと回転させて見せると裾がひらっと小さく踊った。
『やっぱりこっちが正解ね』
母の言葉が一瞬過ったが母の正解とこの正解は違う。
母は過剰な少女趣味で飾るのが好きだ。
私もその趣向は好きだったけど半ば母のマネキンだった。
何が正解か探し母の台本を覗き込む。
いつか訪れるあの子が怖かった。
「やっぱり似合うな」
彼はスマートフォンを取り出しオンラインショップでワンサイズ下のサイズを注文した。
誂えたように寸分の狂いもなく完成させるには店にあるものではいつも数センチ大きい。
店舗で一番小さいサイズは扱っていないのでいつもオンラインショップで購入している。
売り場に来るたびこの中に私が買える服は一つもないのだと虚しくなるが、サンプルでも楽しめるようになってきた。
この私ならいつかの『あの子』にはならないと希望が持てる。
あの子とは台本が違うから。
制服であるということは逸脱しないということ。
退屈でありつつも安心する。
好きな人が認めてくれるなら悪くない役柄かも知れない。
何より着飾った私を連れて歩く彼がご機嫌なのが面白い。
母も同じ気持ちのようだった。
私は見る人の見たい色を引き出して歩く。
観客が居なければ何を着たいのか解らなくなってしまうけれど。
自己の喪失―――あの子にはならなくても幽霊が憑きまとう。
今日の私の衣装は濃い色のデニムのスキニーパンツに白いシャツだ。
襟を広めに開け華奢なダイヤの一粒ネックレスを着ける。
袖を少し捲って手首を見せる。
雑誌などの見出しに使われる『抜け感』『こなれ感』とかいう演出だ。
これ以上裏方に徹したようなコーディネートもそうないだろう。
衣装に負けないよう軽くメイクを施す。
洗濯機を回す。
二人分の洗い物は毎日動かさなくとも週に2回ほどで事足りる。
歌いながら服を畳み、干す。しんとしたまま黙々と作業するのはつまらなくて寂しい。
5曲目に差し掛かる辺りで干し終えた。
今日は昼食を食べることにした。
面倒なので毎日食べるわけではない。
昨日の残り物のチキンサラダをまた惰性的に食べる。
食事というのはどうしてこうも億劫なのだろう。
『食べることは生きること』らしい。
このサラダに入っているチキンはかつて鶏だった。ここに運ばれるために、いや、ここに運ばれた結果か、殺められ加工され咀嚼されている。
命を戴いている。
こんな私には食べる資格はないと常々思う。
可哀相。
世の中は可哀相なことでいっぱいだ。
もっと美味しく有意義にこのカロリーを使ってくれる人に運ばれたらよかったのに。
思いながら平らげ、ペットボトルのお茶を飲んで私の昼食は終了した。
タブレットを使いアプリやインターネットの波を飛び回る。
友人が執筆中の小説を読む。
これは何度も繰り返し読んでいる。
私の読解力や想像力が乏しいため読み込むようになった。
コメディータッチのようなノリに暴力的な表現は喜劇とは言えないが、前向きな心理描写が垣間見れるところが好きだ。
人は恐怖に対峙したとき光を掴もうともがくのだろうか。
本能的に痛い思いをしたくないから逃げるのだろうか。
どんな話にも言えることだが、前提として『生きる』ことを軸に展開されていく物語は泥臭くて烈しくて最終的には笑える。
生きること自体が喜劇なのかも知れない。
私は静かに狂っているような物語を好む。
厭世的で穏やかに日々を侵食していくような。
夜になる直前の夕暮れ。赤紫色の空。茜色ではなく青い焔が空を燃やしているような色。
それはちょっと目を離した隙にあっという間に夕闇に覆われる。
その緩やかで突然の絶望は静かな死に似ている。
死ぬのならそんな風に死にたいと美しい夕焼けを想い考える。
でもそんなことは現実と一番遠いことだとも解る。
掃除機をかける。
3LDKは意外と広い。
特にLDKの部分が広いのだ。全ての部屋へ掃除機を滑らせ終わる頃にはくたくたになっている。
少し休もう。ソファに座り、そのまま横へ倒れた。




