19話.一月はホラー!?初夢は危険がいっぱい!(前編)
皆様方、明けましておめでとうございます。いよいよお話はクライマックス。
作中の同姓同名猫飼いの作家は筆者と何の関係もございません。ございませんったらございません。
一人目のルルは物干しに、二つ折りにぶら下がっていた。
二人目のエレナはトイレで、二つ折りになって気絶してた。
三人目のミランダは公園の鉄棒にお腹丸出しで、二つ折りに…。
「もう、ええ加減にしなさい!」
十人目のモルガンはぷかぷか、プールで二つ折りに浮かんでた。
十一人目のイリスはトランクに、二つ折りに詰められていた。
そうして十二人目のアナスタシアは──────
奇怪な事件が次々とこの街に起こって、年頃の娘から年頃を遠く離れた奥さん達まで。
街中の、ありとあらゆる女達は、怯えて外に出なくなっていた。
特に、夜には。
そう、アナスタシアもそんな一人。
「ああ、どうしてこんなに遅い時間になってしまったのかしら?
ケアンが戻って来るのを待っていれば良かった‥」
遊びに来た彼女は、急に恋人が親友に呼び出された為、一人きりで彼の家に残された。
そうして、こんな時間まで待っていても、彼は戻っては来なかった。
「おばさんは待っていれば?と、言ってくれたけど、もうお夕飯も御馳走になってしまったし、
子供達はおネムだし、とても居座れる雰囲気では無かったわ。
せめて、おじさんが寄り合いじゃ無かったら、送って貰えたんだけど」
めっきり女性の外出が減ってしまった夜の街中は、静かで静かで…。
街灯だけが、じり、じり、と音を立てて瞬いていた。
しん、と静まり返った冬の空気に、身体を震わせながら歩いていたアナスタシアはぶつぶつと呟きながら、トボトボと家路を辿る。
そうして小川に掛かった、小さな石橋を渡る彼女は、何気に水面に映る冴え冴えとした月に目を止めた。
「──────どうして?」
夜空は曇っていて、明るいものなど何も無い。
なのに、月は水の中で皓々と輝き、その中心に、一筋の線が横に走った。
それは薄く、薄く、膨らみ、やがて大きく眼となって開いた。
真っ直ぐ、彼女を見つめていた。
「いやあああああああアアアアアアァ────ッ!!」
「キィイヤアアアアアァ─────────ッ!!」
チャーリー青年の甲高い悲鳴に、あたしは釣られて叫ぶと飛び上がった。
「にぃやぁああああぁ──────っ!?」
キャティの白い毛皮がケバケバに逆立ち、跳ね上がる。
バリバリバリバリバリバリバリバリッ!
「いやああああぁあああッ、キャティ、痛ぇええええよおーッ!!」
着地は見事にコウテイペンギンの様な頭に決まった。
そのまま、背中におんぶの状態で綺麗なストライプを描いた。
のけ反った為に、浮いた首から下げたクレヨンの袋が再び胸元に戻る。
今月のクレヨンの色は白。粉雪の如く、真っ白な光沢を放つ。
「…で、結局、怪談をしにやってきたんですか?貴方は」
またまたまたまたアーチ(今月は山茶花)を潜らず、飛び込んできた彼が、ズボンを焦がしながら、シクラメンビームを浴びている処に、あたしは出くわした。
それで、縋りついて来た彼に、キャティとトールがダブルキックを食らわせたり、
先生が笑ったまま、「生まれて初めて《毒》を調合してみましょうかねぇ‥」とか言うのを必死に宥めて、現在に到るのであった。
手には、びっしょり汗。
彼の話はリアルだ。
何せ、最近街で本当にあった話なのだから。
「12人の犠牲者の親御さん達が来たろ、先生」
タンポポの香りのするコーヒーを前に、チャーリー青年は深々と溜息を吐いた。
「ええ。─────もう、二週間になりますからね。
最初のルルが昏睡状態に陥ってから」
そう、今の話に出て来た全員が眠ったまま、まだ一度も目覚めない。
トールは黙って、暖炉に薪を焼べた。
ぱき、と木の爆ぜる音がして、ぱちぱちと燃えて室内を暖める。
炎は、彼の切なく美しい顔をオレンジ色に染めて。
ヤン先生は自分用にブラック。
あたしにはミルクたっぷりにお代わりを注ぎ、椅子に腰掛けた。
「単刀直入に聞くケド。先生、治療の目処は立ってんの?んでもって、犠牲者はホントに眠ってあるだけなのか?」
いつに無く余裕の無さそうな青年の様子に、先生は笑うと糸の様になる目を開いた。
「守秘義務があるので、病状は詳しく説明出来ませんが‥好奇心だけという訳では無さそうですね?チャーリー」
「ケアンに相談事を持ち込んだ友人ってのはジャンなんだよ…」
ジャンというのは彼の従兄弟である。(一話参照)
ああ、それで彼はアナスタシアの事件に負い目を感じているのか。
「俺のモーターサイクルを勝手に持ち出して壊したんだと。で、気付かれる前に直そうと、二人で悪戦苦闘していたらしい。
…バカが、その親友の彼女を犠牲者にしちまって…」
先生は黙って、神妙な面持ちで話に耳を傾けている。
──────フリ、だ。
だって、キャティが全然反応して無いもん。
グルグル、と喉を鳴らしてミルクを舐めていた。
ほんと、男の人に対しては人でなしなんだから。
「条件が揃わないと治療出来ない類いの病でしたからね。上手くいけば、もう数日で皆、目を覚ましますよ。そう、彼等にも言って上げて良いです」
あたしのジト目攻撃に、先生は慌ててそう応じた。
やがて、チャーリーは安心した様に帰って行った。
開けた扉から、フワリと暖かい風が入り込んで来る。
驚いたあたしが窓の外を見ると、雪は止み、嘘の様な小春日和である。
「‥何だか、ヘンなお天気だねー、先生」
あたしの頭にぽす、と大きな掌が乗る。
「異常気象に異常な事件。奇怪な眠り病。
関連があるのかは調べないと分かりませんが、一つ心当たりはあります。まだ予測に過ぎませんが」
先生の難しい顔に(何せ、犠牲者は全て女性。こちらには先生、真剣だもん)事件の複雑さを感じて、あたしも唸った。
「ねえ、トールはどう思う?」
振り返ったあたしは────────
「……ナニ、してんの?トール」
美少年は黄昏たまま、ピンクのふりふりワンピースを着せられ、キャティに背中のリボンを結んで貰っている様だった。
「…………………………………囮です」
可愛い。
あたしなんかより、かなり。
恥じらう乙女ぶりが尋常じゃ無く、似合っている。
「─────いや、そうじゃなくてッ!?先生、調査って今日なの?」
「ええ、今夜。貴女が無事にお帰りになってから、です」
素早く参加意思を封じられたあたしはみゅー、と唇を突き出したが、断固とした拒否を湛えた緑の瞳に、仕方無く諦めた。
「分かったよー。危ないんだね?」
先生は小さく、申し訳なさそうに頷いた。
「13人目に意味があるんです。今日に限って、様々な条件が見事に重なってしまいまして。
済みません、こんな日で無ければ、皆で《かまくら》でも造ろうかと思っていたのですが……」
うにゅー、かまくらー、甘酒ー、火鉢でお餅ー。
ガッカリとテーブルに両手を付いて項垂れたが、オロオロしている青年が気の毒になって、微笑った。
「んじゃ、今日は帰るね。あ、トールはそのカッコで出たくないでしょ?そのままでいいよ」
「では、私が送りましょう。キャティ、いらっしゃい」
ドアを開けて、びっくり。アーチが人型に凹んでいた。
そうして……
「…熱ッ!?」
「どうしまし…ユキ、これは…?」
いきなり熱を持った左の手の甲にくっきりと赤く、《13》の文字が。
「生け贄の数字!?馬鹿な、ここはまだアーチの結界内で─────」
前庭ではガーベラが意気揚々としている。
ビオラがふんふん歌っていた。
シクラメンがビームの出し過ぎでヘタっていて。
その脇に人型の主が焦げていた。
きゅう、と気絶している。
「あ、ジャンだ。また慌てて飛び込んで、アーチを壊したんだね」
何気に先生を振り返ったあたしは、再び固まった。
緑の瞳に閃くそれは、《殺気》。
蒼褪めたジャケットを翻して、ヤン先生は徐にジャンの足を掴むと、無造作に家の方に引き摺り始めた。
「丁度良かったです。人間が様々な拷問に耐えて、究極のMに変わる瞬間を見て見たいなァとか思っていたんで、私」
はははははー。なんて乾いた笑い声が先生の口から出て来る。
いやや、それはマズいでしょ、人としてナニでしょ。
「ヤン先生ッ、そんなコトより今日、忙しいんでしょ!?ほら、ジャン放そ。ね?で、囮はいらなくなったし。あたし、どうすればいい?」
先生は、再び申し訳なさそうな顔をして、小さく頷くと─────
「あ、あれはッ!!」
「え、何ッ!?」
空には再び舞い出した雪以外、何にも見えない。
パパパ、パン!!と背後で音がした。
「なぁに?先生、何が見えたの?」
振り替えると、いつの間にそこにあったのか、女性の形を象った柩にジャンが詰められていて…。
「いえ、気の所為みたいですね。それより、済みません。今日はお帰し出来なくなりました」
青年医師の背中から、ちらりと背後を垣間見ると、柩から妙にグラマラスなジャンがよろよろと出て来て、『ああッ、有るべきモノがナイッ!?』と叫んでいたけど…。
いいのかナ?
「いいんですよ、バカは放っといて。トール、屈光丸は持ってますね?ユキの姿を写して、一晩身代わりになりなさい。くれぐれもご家族に不審を抱かせない様に」
まるで心を読んだかの如く答える先生は、後ろを振り向きもせずに、ズバッ、と切り捨てた。
キャティがよいしょ、とシャベルとスコップを持ってアーチを修復する中、先生は再びあたしを室内に招き入れる。
「貴女を危険に晒したくは無かったのですが、こうなっては仕方ありません。子細を説明しますね。
被害者の12人、彼女らは昏睡に陥った後、全員身体の一部に数字が刻印されているのが確認されています。
数名が事前に知人に相談していた処を見ると、背中などの位置的に気付かずにいただけの者も居たのでは、と推測しました」
右手を頭の高さまで上げた先生は、パチ、と指を鳴らした。
室内の光が落ち、逆に中央に集まった光で出来た女性体サンプルが、ふわりと空中に浮き上がる。
その身体に鏤められた12個の数字。
旋毛、項、右手の掌、肩甲骨の下、腰、右足の踵。
頤、左耳の耳朶、鎖骨の上、心臓、尾てい骨、左の太腿。
そうして、新たにあたしの左手に浮き上がった<13>の 数字が加わった。
「この部位を封印された者が居る筈です。
そうして、おそらくそれを行ったのは、その刻印の色から鑑みるに、夏の姫君《緋煉》嬢。
それがこの時期、休眠の床に就いておられぬという話を伝え聞きました」
「箏雪さんの司る《冬》には《夏》の姫君は眠らなきゃならないんだ?」
あたしの質問と共に室内に明りが戻り、映像も消えた。
「そう。春の若君がそぞろ歩きなされる時は、秋の女神、玉響媛が姿を隠される様に、対極にある四季の神には、身体を休める時が必要なのです」
先生は久しぶりに診療鞄を取り上げると、あたしにふわり、と外套を被せ、キャティに羽薬を塗った。
あたしソックリに変化したトールに手を振られ、複雑な気分で先生の家を後にした。
「先生、何処に行くの?」
白い大猫に、あたしを抱いて跨がった先生は雪空を翔けて行く。
「ゆうかの家です。
冬将軍に繋ぎを取るには、あの女性に頼るしかない。
同じ四季の神々の行方なら、何らかの手掛かりをお持ちの筈。なるだけなら、この月だけはそっとしておいてあげたかったが‥。
貴女の危機にそうも言ってはいられません。
───────ゆうかを起こします」
先生は曾て無い程、厳しい目をしていた。
それは胸が痛くなる様な。
あたしは漸く気が付いた。
そういえば、今月に入ってゆうかさんを一度も見ていない。
ゆうかさんは眠っている?
何故、《この月》に限ってなのか。
謎は謎を呼び、秘密はやがて暴かれて行く。
「…先生……」
魔法医師はあたしを懐深く抱き込んで、キリ、と唇を噛んだ。
「貴女は必ず、私が護る。この手で」
~中編に続く~
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