18話.十二月は冬休み、聖夜に祈って新年を迎えよう!!
今年最後の『クレヨンの扉』です。
メリークリスマス!貴女にとって良い聖夜でありますように。
「あれ?」
それが扉を開けたあたしの第一声。
いつもなら空に扉だけが浮いているのに。
今日は虹色に輝く穏やかな透明な階段が付いていた。
今月のクレヨンはシルバーめいたグレーの色。
振り向いても、丸く描いた扉がそこにあるだけ。
「‥まるでシンデレラの階段みたい」
折しも今日の服装はお気に入りのカットソーに、チュチュの付いたフレアースカート。
白く輝くジャケットには柔らかなファーまで付いていて、まるでお姫様気分。
柔らかなスエード地のブーツで降りると、“シャン!!”と、音を立てた。
──────────この音‥‥
「サンタのソリの音!?」
一歩降りる度、また、“シャン!!”と音がして。
シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン…!!
最後の階段を踏んで、あたしは緑の屋根のヤン先生宅の前に居た。
今月のアーチは、
「あれ?」
柊の白い花の中央にクリスマスリースが。
真ん中に、赤いベルベットのリボンと金色のベルが可愛らしく付いている。
「この世界にもクリスマスがあるの…?」
《Welcome》とリースの中に銀の文字。
首を傾げながら、後ろ手に手を組んで。
アーチを潜って、木の温もりを感じるヤン先生の家の前に立つ。
カウベルの付いたドアには一枚の張り紙。
『いらっしゃい、ユキ。
私達は今日のパーティの支度をしています。
その為に、ちょっと家の中が変な風になっているかもしれませんが。
待ってますから、慌てず、急いで辿り着いて下さいね。 ヤン』
なんじゃ、そりゃ。
家の中で待ってるも、辿り着くも無いよね?
ガチャ‥、とノブを回したあたしはソッコー、自分の言葉を反省した。
素晴らしいゴスペルが聞こえてくる。
黒人の人達が楽しげに華やかな衣装で歌っている。
あたしは何処から現れたのか、沢山の観客に抱え上げられ、手渡しで舞台に上げられてしまった。
バンドマンの合図と共に何曲か、知ってるクリスマスソングが流れ、黒いロングドレスのセクシーなお姉さんに肩を抱かれて、
あたしはつい、一緒に歌ってしまう。
ご機嫌な観客の中に、白いお髭のお爺さんがいた。
あれって、サンタさん?
スコッチの入ったグラスをあたしの方に掲げて、ウインクを一つ。
「待って!!貴方は─────サンタさんだよね!?」
『手掛かりはサンタクロース』
舞台を飛び降り、懸命にお客さんを掻き分けて、辿り着いた先には一つのドア。
お爺さんは何処にも居なかった。
あたしはドアノブを回す。
なんと、そこには──────
逆ハーレム。
脳内にドヒャアーと大文字で表示された言葉。
美形執事さんだ。
白衣の眩しい銀縁眼鏡の学校の先生。
スーツを素敵に着こなした粋なホストの皆さん。
爽やかなサッカー少年。
あらゆる女性のリクエストに応えられる美麗な青少年が其処に揃って居る。
「ようこそ、可愛いお嬢さん♪」
「どうぞ、僕らにおもてなしをさせて下さい」
ひいいいっ!!
あたしはあっという間に彼等に囲まれ、やれケーキだ、紅茶だ、花だ、とモノ責めにされていたが、
あたしはドアノブが消える瞬間に間に合った。
ぐいっ、
キィ……
チョコレートの屋根、生クリームを塗ったウエハースの壁。
苺な煙突、庭木すら抹茶のコーンパフ。
「…ダイ●ハウス…(突っ込み処、違う)」
お菓子の家だよ。
紛う事無き、童話の世界だよ。
あたしは入るか入らないか、迷った。
何でだろう、と首を捻る。
ドアを開ける度、広がる世界はどれもこれも、あたしを引き止めるものばかりだ。
時間を稼いでる?何の為に?
飴細工の窓を一嘗めして、ドアを開ける。
今度はどんな世界なの?
あたしは、ある時は『マッチ売りの少女』に教会に行って、保護して貰う様に説得をし、
喋れない『人魚姫』の代わりに真の命の恩人は誰なのか、王子に密告した。
『ロミオとジュリエット』をハッピーエンドに導き、『雪女』は過去を語ろうとしていた旦那さんの首を、軽く絞めた。
幾つもの扉を潜り、幾つもの世界を渡った。
そのどれもに現れたサンタが手を振り、こっちだよ、と手招いている。
あたしが、ちょっと疲れを感じたその時。
扉に、『最後だよ!!頑張って!』と一枚の張り紙がしてあった。
最後の扉を開けて─────
深々と降り積もる粉雪。
真っ白な世界。
クリスマスリースの飾られたアーチの向こうに、暖かい家の扉が見える。
そこには皆が揃って居た。
ゆうかさんに、猫さん’S(何とさゆりちゃんも)。
ガウェイン氏にビリーさん。
既に焦げたチャーリー青年に、街の人々。
清風さんに双子っコ。
乙姫様に、震君。
師匠さんに、小粋な小姐。
ウエイタースタイルのトールに、緑のチョッキを着たキャティ。
見知らぬむっすりとした顔の精悍な青年は、腰に剣を佩いている。
周りに真っ白な狼が数頭。
「お疲れ様でした、ユキ」
そして、アーチの側に褪めた蒼いジャケットを着た、お馴染みの青年が微笑っていた。
サンタはあたしの手をぎゅっ、と握ると、
「お見事、お嬢さん。よくぞ、私を捕まえた。
今年最後の幸運を君にプレゼントだ」
暖かいハグで白いお髭がふんわり、と顔を擽った。
サンタさんはあたしの背中を、大きな掌でポンポンと叩いて、アーチを潜って中に入って行った。
「お待たせしましたが、パーティの用意が調いました。大きなケーキは生クリーム、チョコ生と両方ありますよ。フルーツもたくさん挟まってますし、パンチにもお酒がちょっぴり。チキンもこんがり」
青年は両手を広げて、あたしを待った。
「皆が貴女をもてなそうと、飾り付けをしたり、贈り物を用意したり、料理を手伝ったり。
そうそう、あそこに居る、白髪の青年ですが。ツリーは彼が─────」
どすっ!!
駆け出したあたしを受け止めたヤン先生の胸に、見事なヘッドバットが決まった。
「‥っ、はうっ!?」
のけ反る彼に、あたしは尚も、そのまま頭をグリグリと押し付けた。
「あ、た、し、も皆と準備からやりたかったッ!!
むしろ、手伝いたかったのにィ!」
げほけほと噎せ返る青年。
クスクスと扉の前で笑う、ゆうかさん達。
「ユキ、許してやれよ~。ヤンはお前さんの驚く顔が見たかったのさ。
時間稼ぎイベントも結構、楽しかったろ?」
ドアに凭れた青年がふぃゆ、と指笛を鳴らすと、素早く回り込んだ狼が二頭、あたしの前にちょこんと座り、ぺこん、と頭を下げた。
徐に立ち上がり、鼻面でこちらの腰の辺りを押し始め、
「──────初めてお目にかかる、少女よ」
ヤン先生とあたしの前に、颯爽と歩いて来た青年は、怜悧な表情を引き締めて、挨拶の口上を始めた。
「俺は冬将軍、箏雪。玉響媛が君に迷惑を掛けたそうだな。
四季を司る者の一人として、詫びの一環としてツリー用のもみの木と、今宵の雪を用意した。
ホワイトクリスマスを存分に楽しんでくれ」
少し固い口調で差し出された、白く大きな手を、
あたしは両手で掴んだ。
「ありがとうございます、箏雪さん。
あたしは春日美雪。ユキと呼ばれています。
同じ『雪』のお名前なんですね。何だか嬉しいです」
どこか戸惑う彼ににっこりと笑い掛ける。
「の?将軍、良い娘であろうが。
ほんに、ユキさえ異存無くば、震の嫁になって欲しいのじゃが‥」
「お断りします。(即決)」
乙姫の申し出を笑顔で断るあたしに、震公子が詰め寄った。
「だから、どうしてお前はそうこの俺を拒むんだッ!?」「マザコン、嫌」
一刀両断、撃沈した屍を、トールとキャティが踏み固める。
「さあ、料理が冷めますよ。特別にチーズフォンデュをご用意してみました。
美味しいですよ~」
肩を抱こうとした美少年をゆうかさんの猫さん’Sが『おしくらまんじゅう』の要領で弾き出した。
『むぎゅ』とか言って。
「レディ。宜しければ今宵、私が貴女をエスコートしたい。
ちなみに飲み物は何がお好きですか?」
すかさず、ゆうかさんを口説く虎氏。
「…酒で肉を柔らかくしようってハラか……」
ゆうかさんは別の意味で、ドキドキして師匠さんの陰に隠れる。
賑やかな一行はヤン先生の家のドアを開ける。
光と色の洪水に、美味しそうな匂いに、
沢山の大好きな人達に、素敵な時を過ごせそうな予感であたしの胸は高鳴っていった。
どんな、寂しい時があっても。
どんな、辛い時があっても。
その一瞬で報われる時がある。
そんな時間はきっと何にも代えられないだろう。
そんな時に巡り合う為に、あたしはまた一年を巡る。
この一年に別れを告げて。
「──────ヤン先生?」
振り返ると、黒髪の青年がアーチの向こうを見つめていた。
「先にやってて下さい。御挨拶したい方がそこに」
目を凝らしても、誰も居なかった。
「早く、来てね?」
「はい」
扉はパタン、と閉じられた。
あたしは窓ガラス越しに、先生を見つめる。
その声は、室内に流れる、陽気なクリスマスソングで全く聞こえてこなかった。
先生はアーチの直ぐ側まで雪の中を歩いてゆく。
「──────貴方でしたか」
誰に話し掛けているんだろう。
背の高い先生が少し天を仰いでいる。
「今月もユキを心配して、付いて来て下さったんですね。
そこは寒い。
アーチを潜って、中にお入りになりませんか?」
手を差し延べる青年。
雪が深々と、鈍色の空から降って来る。
やがて、紺碧に取って代わる、
それに暖かな視線を送って。
「…ああ。まだ、貴方には、『棄てられないモノ』があるのですね。
そうですか、いや良いのです。─────こちらへは望めば、いつでも来れるのですから」
静かに降り積もる粉雪。
ゆらゆらと、風の無い空から。
「今年は如何でしたか?楽しかったですか、退屈でしたか。辛い事はありましたか?」
ヤン先生の指先に、融けた白い結晶はキラキラと暖かい光を放ち始める。
「いつも、ユキを見守って下さってありがとう。
貴方の事を彼女は知らない。
ですが、私は気付いていましたよ。優しい貴方が、どんなに寂しい時も傍で寄り添ってくれていた事を」
あたしはトールに呼ばれて振り返った処だった。
だから、その後の事は知らないんだ。
どんなものをも、世界をも貫く緑の瞳が、
真っ直ぐ見つめていた。
貴方を。
「──────どんな時も貴方は彼女を見捨てない。
貴方がどんなに否定しようとも、貴方はとても優しい人です。
『彼女』のメッセージは、伝わっていますか?
貴方は今も辛いのでしょうか。
酷い事が起きたのですか?
誰か、大事な人を無くしたのですか?
それとも、今、現在も進行中なのでしょうか?
もしも、そうなら、そんな貴方に一つだけ。
この私からも申し上げられる事がある。
《絶対に変わらない状況》など、この世には存在しません。
永遠に貴方の上に君臨出来るものなど、ただの一つも無いのですから」
「今宵、私は貴方に、一つの魔法を掛ける。
貴方の苦しみがほんの少しだけ、癒される魔法を。
痛みは夢の中で、私が引き受けて差し上げる。
だから、素直じゃない貴方も、その時だけはすんなり、私の手を取って下さい」
輝く指先に先生はフワリフワリ、と次々に暖かな光を空に放ち始める。
「Merry Christmas。
聖なる夜に、僅かな奇跡を」
今宵、聖夜に奇跡が起こる。
目が覚めて貴方が何も覚えて無くとも。
少しだけ、空が美しかったら、それは彼が訪れた証拠。
~一月に続く~




