九月は競い合う花々の祭典!?(前編)
私の一番お気に入りの季節が秋。9月〜11月はクレヨンの中でもお気に入りのお話です。
残暑がまだ厳しいこの月はあたしが好きなシーズンの入口だ。
そう、秋。あたしは秋が一番好き。
風は冷たく、空は澄み切って高く。実りの秋、樹々は色付き、暖かい色に変わる。
でも何と言っても一番好きなのは花。
週末。家に鞄を置いて、着替えると小さなバックにお泊まりの用意をして出かける。
『友達の家に泊まるから』と母に伝えて、お礼の電話はいらないからと断って。
だって、これはご招待。
《フラワーフェスティバルが街を挙げて夜まで行われるので、良ければ泊まりで来ませんか?》
そんなお手紙を貰ったら、あたしが行かない筈は無いよね。
問題はいつ、どうやって、先生がそれをあたしン家のポストに届けたのか?
だって、切手なんか貼って無かったもん。(笑)
今月のクレヨンの色は深紅。
赤ワインの様なソレで、近所の壁に張り付けた白い紙にあたしはハートの形の扉を描く。取手をつけて、出来上がり。
キィ、と扉を開いて─────両手を広げて飛び込むんだ。
★
でん、とアーチの前で行き倒れていたのはゆうかさん(40)だった。
「キィヤアァ!ゆ、ゆうかさん?どうしたのォ!?」
声に反応したのか、彼女は薄く目を開けるとあたしの姿を確認し、
「…ユキか、…グッジョブ……」
あたしの前に親指をぐっ、と立てた彼の人の腕が、パタンと落ちる。
「ヤンせんせえぇえぇ~、助けてぇッ!!」
そこへやって来たのが虎さんだった。
例の温泉に行った時、先生がオーダーした乗り物の“指揮者”。
彼のビリー・ストライプは、「おや?」と後ろから覗き込むと、ひょい、とゆうかさんを軽々と抱き上げた。
わー、お姫様抱っこだ。
「いけませんね、御婦人がこの様な場所でお寛ぎになっては」
彼の低い、良い声が、意図せずして うっとりとさせる。
「どうしました?ユキ。何か……」
「失礼、ヤン先生。彼女を休ませる場所を提供して戴きたいのですが、宜しいでしょうか?」
今月は黄色鮮やかな花、キャナリークーパーのアーチ。
すらりとした体躯の青年がゆうかさんを抱いた虎氏と出くわした。
「先生、迎えに来てくれたビリーさんと来たら、ここにゆうかさんがッ!!」
そう、今日は何とオーケス『トラ』に送って貰ったのだ。
何やら虎さん達はお祭りのBGM隊として雇われたらしい。
それで先生に頼まれて、あたしを待っていてくれた次第。
慌てて運び込まれた熟女の呼吸、脈拍を見て診察した先生は一言で断じた。
「ぐっすりです」
真顔で言った。
「だから言ったでしょう。心配は無い、と」
三杯の香茶を慣れた手付きで淹れてくれたビリーさんは、あたしを優先してティーカップを差し出してくれる。
トールのエプロンを外している彼にお礼を言うと、何でもない、といった風に微笑んだ。
「じゃあ、ゆうかさんは眠っているだけなんだね?」
「ええ、単に疲労のあまり力尽きただけらしい。‥人騒がせな女性です。
アーチ内なら、キャティが拾ってくれたでしょうに」
部屋の隅に丸まっていた、大猫がニャン?と顔を上げた。
「何でも無いですよ、キャティ。
貴方はよくやってくれています。不肖の弟子とは大違いで」
ヤン先生は熟女の鼻を軽く摘んでいる。
くか、とゆうかさんの鼻が鳴った。
「先生、レディに失礼ですよ?」
ビリーさんが、溜息交りに軽く先生を窘める。
「何でそんなに疲れているんだろう。…あれ、そういえば先生、トールは何処行ったの?」
熟女に肩までタオルケットを掛けて、先生はカウチまで戻ってきた。
「実はね、ゆうかはフラワーフェスティバルの実行委員なんですよ。
このヒト見掛けに似合わず花好きで、のめり込み過ぎはしないかと、トールを交代要員に派遣したのですが…時、既に遅し、でしたね」
あたしは先生の身体越しに泥の様に眠るゆうかさんを見た。
入口の受付にランタンを預け、あたし達は仕事の虎氏と別れて、お花の形をしたパンフ片手に歩き出した。
「ねぇ、先生…ビリーさん、ゆうかさんの事さ、好きなんじゃないの?」
先生は、あたしの呟く様な問いにピタリ、と足を止めた。
「──────どうしてそう思います?」
「だってさ、幾ら“あの”虎さんでも、あんなに女の人を“じーっ”とは見ないでしょ?それに、お仕事の途中に迎えに行くだなんて、ただのフェミニストじゃ片付けられないよ」
買って貰った紫芋のソフトクリームを握り締め、あたしは力説した。
ロマンスが好きなお年頃なのだッ!!
先生はふう、と溜息を一つ吐いて、あたしの頭を優しく撫でた。
「…いっそ、それなら安心なんですがね」
「そういや、先生。今回ヤケに邪魔してたよね?」
何で?
お芋の味がする甘く冷たいソレを一口食べたあたしは首を傾げる。
「ユキ、ゆうかの“体格”を一言で 言うと?」
「ぽっちゃりさん」←結構容赦無し。
期待でキラキラとしているあたしの顔をやれやれ、といった風に見ると、
「貴女がビリーをどんな風に見ているのかは知りませんが、彼の人の性は『虎』です」
そうして物悲しい表情で、空を見上げた。
「ゆうかは昔、運動をしていた関係でちょっと筋肉質ですよね?
そんな彼女を『獣性』の方が見れば、どう思うか‥歴然でしょう」
ビリーは前からスレンダーな女性には興味が薄かった。
先生はそう呟く。
筋肉質な身にホド良い脂が差した柔らかいおニク。
「……霜降り…」
青ざめたあたしに、先生はただコクコクと頷く。
この件は不問にしよう。
二人の間に暗黙の了解が生まれた。
《コスモス・パニック!!》
そう書かれたブースが目に止まった。
「わあ、先生ッ!!コスモスだって!」
「ユキ、待って下さい。その後の言葉が────」
大好きなコスモスとあって、あたしは思わず駆け出した。
角を曲がった処で、あたしを出迎えた花は、可憐なピンクの花弁をピン、と張って。
“しぎゃああああああああああぁぁあぁ~!!!!”
「……………」
「威嚇していますね」
立ち尽くすあたしの前に、全長3mはあろうかという巨大コスモスが鎌首を擡げ、うねうねしていた。
その前でお客さんに説明をしていたパン屋のピエトロさんが、あたし達を見つけて駆け寄って来た。
「ユキちゃんとヤン先生ッ!来てくれたのか。
ほら、どうだいッ!?俺のワイルドコスモス、『秋桜』は!!!」
…コスモスの枕詞に、『ワイルド』は付かないと思う。
それに、『秋桜』ってのは、コスモスの四股名なんかじゃ無いよ、ピエトロさん。
ガッカリして項垂れるあたしに、尚も自慢を続けようとした彼は飯宿のニコさんの、ドロップキック一発で消えていった。
「済まねぇなユキちゃん。あんなモン見せちまって。
やっぱ女の子の好きなのは、何といっても赤い花だよなー!!」
そういうニコさんのブースのタイトルは。
《涅槃への誘い》
イヤな予感がした。
そしてそれは的中した。
まるで菊人形の様に、某ロボットアニメの初号機の形をした曼珠沙華(彼岸花)が、某有名テーマソングをそよぎながら歌っていた。
「あんま変わりませんよッ!おっさんセンスぅ───!!」
《会場係員》の腕章をしたトールが、走って来た勢いそのままニコさんに捻りを入れて宙に蹴り上げた。
それを同じく、宙を舞ったゆうかさんトコのマロ君が『厳重注意!!』とスタンプされたニクキュウパンチで追撃した。
“あーれーぇええええぇー!!!!”
きらり、ニコさんは星になった…。
黄昏るあたしに先生がぽん、と肩を叩いた。
「大丈夫です。あんなブースばかりではありませんから」
苦笑して差し出された梨の冷たいジュースを啜りながら、あたしはちょっぴり、ほろ苦いものを噛み締めていた。
そう、やはりこの街の《フラワーフェスティバル》。
どうやら、一筋縄ではいかない夢の祭典なのである。
「さ、気を取り直して次に行きましょう。
ほら、いい匂いがしてきたでしょう」
~11に続く~




