間章
二人の声は響いている。
「時が経てば人間なんてすぐ忘れるさ。所詮はそんなものだ」
「そんなことはない! 大事なものは決して忘れない!」
「なら、あいつはどうなんだ!? あいつは私を捨てた!!!」
「違う! あれは仕方なかったんだ!!!」
空気をつつむ荒い息。
「仕方がない!? 何が仕方がないんだ!?」
胸倉に掴みかかり、今にも殴りそうだ…。
「よしっ! 今日はここまでだ」
「お疲れ様でした!」
張りつめていた空気が解き放たれる。舞台に登っていた役者達がぞろぞろと降りてくる。
「ふぃ〜、今日も疲れたな〜。帰りに何か食っていこうぜ」
「先輩〜。最近食べ過ぎじゃないんですか〜?」
演劇部に所属しているオレは今、間近に迫っている文化祭に向かって猛特訓中だ。
規模としては小さいこの部活だが、いざ活動してみると力の入った部活なのだ。それに
かなり上手く演技する先輩がいたり、演劇部の『母』と呼ばれている先輩がいたりする。
この二人のおかげで演劇部はもっているようなものなのだ。もちろん他にも部員はいるが…。
「健二君、お疲れ様。今日も厳しかったね〜」
それにもう一人。演劇部に入ったきっかけをつくってくれたこの子。
「何食べたい? 先輩がおごってくれるんだって〜」
彼女は人数の少ない演劇部のために、クラスメイトを勧誘していたのだ。帰宅部だった
オレにも声が掛かったのは言うまでもなく、彼女の勢いに負けて入部するハメになる。
彼女のだからこそなのか、惚れている………ということはなくただの暇潰しのつもりだ。
今では部員としてマジメに活動(他の皆がどう思っているか知らないが…)をしている。
「オレは牛丼がいいなぁ」
「私はハンバーガーが食べたい。新商品が出たでしょ? あれが食べたいんだ〜」
「お〜い! 早くしないとおごってやらないぞ〜!」
「えっ!? 待ってくださいよ〜! ほら、健二君早く行こっ!」
結局、駅前にあるハンバーガーショップに食べにいくことになった。
「おいしかった〜。次もまた頼もうっと」
「もう次のこと考えてるのかよ…」
「何よっ。何か文句あるの!?」
今はもう帰り道だ。たまたま帰る方向が一緒なので、肩を並べて夜道を歩いている。
「………健二君、今楽しい?」
「ん?」
俯きながら話してくる彼女。いつもとは違う空気を感じたオレは、彼女の出かたを待った。
「健二君は高校卒業したらどうするの?」
「へ? まだ入ったばっかなのに、そんなことまだ決めてないよ」
急にマジメな話を振ってくる。よほどの事があるようだ。
「私ね、文化祭が終わったら演劇部を辞めるかもしれない…」
「はっ? 急に何言い出すんだよ?」
「親がそう言うの。良い大学に入るにはもう勉強しなくちゃいけないって。だから文化祭が
終わったら辞めろって」
「親の言いなりになるつもりか?」
「そんなつもりは、ないけど…」
少しずつ彼女の声が聞き取りにくくなってきた。
「自分で決めればいいことじゃん。オレならそうする」
「………」
「まだ時間はあるしゆっくり決めればいい。オレでいいならいつでも相談にのるよ」
「………」
「オレはな、君が演劇部にいたから入部したんだよ。他の誰かではダメなんだよ。この意味
がわかるかい? 君は『キミ』だから。ドラマのようなクサイ言葉しか出てこないけど、
とにかくそういうことなんだ。オレは君に辞めてほしくない」
これは告白に近かったのかもしれない。けれど、この時のオレは必死で彼女を止めること
だけを考えて口を開いていた。
「きっと先輩たちもそう思っているよ。いや絶対そう思っている!」
「……とう」
「ん?」
「あ……とう」
「はい?」
「ありがとうって言ってるの!!! じゃあね!!!」
彼女の瞳からは一粒の輝きが見えた。その輝きが絶望ではなく希望の輝きだったことは
言うまでもない。
「強がりなやつだな…」
空を見上げると輝く星たちは街の光に照らされて、その存在が消されている。そして月は
そのことを知っているわけもなく、さらにおびただしい光りを放ち続けていた…。




