第14話 そしてボクは生まれゆく 後編
それぞれの思いを乗せながら、日常がまた流れていく。時は等しく流れていくはずなのに、どうして早かったり遅かったり感じるのだろう。
「お客さんがいないからって、サボリはダメだよ」
窓際の席に深く腰掛けていた。どうにもこうにも、客が一人も来ないのでは働く意味が無い。
「どうせ今日はもう誰も来ねぇって」
何気ない会話も今までとは違う。心も晴れると気持ちがいい。
さっきから夕立のようにいきなり降ってきた雨は、紅く染まり始めた空を覆い尽くしてしまった。静かに流れているバックミュージックも窓に叩きつける雨のせいで、全くと言っていいほど耳には届いていない。
「………」
「………」
妙な間が二人を包んでいた。それもそのはずだ。俺らはあの日から数日、会えずじまいだった。というよりは真弓がハナビシソウに出てこなかったためで、話すきっかけがなかったから。世の中には携帯やパソコンという便利なものがあるのだが、なぜか連絡をとる気持ちにもならなかった。
「あのさ…」
「あのよ…」
こういう時ってなんで変に息が合うっていうか、同じタイミングで言葉が出てくるんだろう。
「健二が先に言いなよ」
「別に、真弓が先に言えよ」
真弓が向かいの席に座り、深呼吸をしたのか肩が上下したのがわかった。
「あのね、あの日はごめんね。急に呼び出してあんなことしてもらって」
「いや、俺の方こそすまなかった。期待に応えられなかった」
あの日入ってきた一通のメール。真弓がした劇の主人公役が練習のやりすぎで声が出なくなってしまったため、急遽代わりに俺が主人公として出演して欲しいという内容だった。
「ううん、あれから時間が経ちすぎたんだよ」
そう。2年前、俺たちが高校3年生の時に文化祭で公演したもの。大急ぎで会場に向かい、休憩の間もなくすぐに着替え、その間に台本を一通り読むだけ。過去に一度、頭の中に完璧に入ったとしてもさすがに全て思い出すことはできなかった。結果として、途中で舞台が終演してしまうという前代未聞のことが起きてしまった。
「いや、できたはずだ。俺に力がなかったから…」
「もう、自分を傷つけなくていいんだよ。もう………」
公演が終わった後、俺は真弓の胸の中で泣いた。周りの目も気にせず、涙が枯れるまでひたすら泣いた。真弓はそんな俺を受け入れてくれた。とても嬉しかった。今までの自分は心の片隅で焦りを隠せずにいて、時には人に当たり、時には自分に嘆き…。膨らみすぎた風船はいつか張り裂け爆発する。不安を追いやることで一時的に抑えることは出来たものの、やはり現実という針にとどめを刺されてしまう日々。
それでも、いつも俺を気遣い怒ってくれた宏美さん。すべてを見通し見守ってくれたオーナー。過去を受け入れ立ち上がり、背中を押してくれた月奈。仲間を大切にする優しい心の持ち主の浩行。誰もが俺を助けてくれていた。そして…。
「自分を助けてくれている人がいるんだって、今の俺には分かる気がする」
「そうだね、私も分かったよ」
それぞれの思いの終着点。遠い果てに存在していた二つは、今一つになろうとしていた。決して近づいたわけではない。空に浮かぶ星たちのように、一つの『カタチ』となっただけ。それはとても大きなこと。
「はいはい〜〜〜。仕事中だよお二人さん」
「何でここにいるの!? 今日は休みのはずでしょ?」
突然の来客…ではなく、突然の宏美さんの登場で話が途切れてしまった。奥に隠れていたのか、キッチンの方から出てきた。全くこの人は良いところを───ボソッと口に出してしまって、一瞬宏美さんと視線がぶつかる。
「今は勘弁して。また帰りにでもゆっくり話してさ」
耳元に近づいてきて小さな声で言った。
「ちょっとお姉ちゃん、健二に何か言ったでしょ!?」
「別に〜。あんたらは久しぶりに会ったのにそんな暗い話はしないのー。笑える話をしなさい。それはそうとして、今からパーティーやるよ〜」
いきなり何を言い出すかと思い、ふと真弓と視線が合った。真弓の顔に驚きの表情が出ていた。もちろん俺にも出ているだろう。
「そうそうあの子等も呼んだから。そろそろ来るんじゃない? すっごい雨だけど。降られる前に来ていて良かったわ〜」
そんなにも早くに来ていたのか…。全ての会話を聞き取られていた可能性がある。もしやオーナーも共犯か…。やはりあの二人には敵わない。米噛を掻きつつ頭を回転させていた。
「ケーキもたっぷり用意したからね〜。えっとちなみに、もうここは貸切にしてあるのでお客さんは来ませんよ〜」
オーナーもたくさんのケーキと共に現れた。トレイに乗せられた色とりどりのケーキたち。驚きも2回起こると呆れてしまう。どうせオーナーは常連のお客さんに口で伝えてあるのだろう。今は急に雨が降ってきたので誰も来ないが、晴れていれば掃除するとか何とか言って、外に出て看板を変えるだけでいい。頭が良いと言うかなんと言うか。
「冷たいよ〜。夕立なんて聞いてない。浩行君も早く入って」
全ては予定通り、ということか。
「はぁー。意外と遠いんだな」
ビショビショになった二人を迎えにいく。オーナーがタオルを2枚持ってきてくれたので、それらを受け取二人の元へ。
「ありがとうございます先輩」
「………ありがとうございます、健二さん」
今日のパーティーは長くなりそうだ。何故なら、楽しむ仲間が増えたのだから。
雨によって冷えた空気は自分が生きているという証を。暗闇に浮かぶ光は自分が進もうとしている軌跡を。目の前にいる彼女は自分が存在しているという確信を。
失った道を再び歩もうとしても現実はそんなに甘くない。例え歩めたとしてもそれはまやかし。過去とは違う道だ。今歩いているのはどんな道だろう。けれど俺としてはそんなことはどうでもいい。
「楽しかったですね〜。浩行君も楽しかった?」
「あぁ」
「浩行は何で素っ気ない返事しかできないんだ? 相変わらずだなー」
今こうして再び戻ることが出来たのだから。
「俺は昔からこうなんです! 健二さんに言われたくありません」
「アハハハハ。ね? 前から気になってたんだけどね、二人は付き合ってるの?」
「えぇ〜〜〜」
「………」
後輩たちの真っ赤な顔を見ているだけで微笑んでしまう俺。若いっていいなーと思う。かと言って自分も若いと言えば若いのだけれど。
「わ、私は!」
「別に付き合ってません…」
言える事も言える仲ってのはとても嬉しい。それだけで楽しみが何倍にもなる。
「そういう真弓先輩たちこそどうなんですか?」
「俺たちはー。まぁー。 な? 真弓?」
「そうそう。後輩のことを放っておけないの」
そして痛いところを突かれると弱々しくなる自分に笑ってしまう。
「ずる〜い!!!」
帰り道。過ぎていった時間を取り戻すかのように俺たちは歩いていく。遡るわけでもなく新しい道へ…。
「ここでお別れだな。浩行、ちゃんと月奈を送っていけよ」
分かれ道となった交差点。
「分かってますって。俺のことより、自分の心配はしなくていいんですか?」
「はぁ? 俺の方が人生の先輩だぞ。狂いなど一切ない」
「はいはいー。………先輩、また今度ゆっくり話しましょう」
浩行と話しているうちに真弓と月奈も二人きりで何やら話し込んでいる。聞こえないようにわざと話しているようで、表情しか窺えない。秘密を持つのが女という生き物か…。
「あぁ、そうだな…。真弓〜行くぞ〜」
最後に4人で集まって互いの顔を見合わせる。
「それじゃ、また」
それぞれに守りたい人、そばに居たい人を隣にして家路に着く。
「あの子達、うまくいくといいね」
「焼きもちでも焼いてるのか?」
遠くに見えた二人の間に小さな絆が見えていた。
「俺たちも帰るとするか」
「うん…」
臆病だったこんな俺の背中を押してくれた小さな手。確かに多くの人が背中を押してくれて、歩むことを手伝ってくれて…。人生って何でこんなに辛いだろうって思っていた。毎日が戦争のように思えた。生きるためには苦しみの中でも時間を過ごさなくてはならない。周りの闇に飲まれようと心の隙間がなかろうと、現実は刃を突き立ててくる。
そう、現実。これは現実なんだ。この温もりも大切にしたいと想う心も。
「ありがとう」
「いきなり何を言い出すの?」
伝えたい…。伝えなくては本当の意味では通い合わない。
「…真弓のおかげで『生まれること』ができたよ」
「…私もだよ」
優しさに包んでくれる…。心から甘えられる…。どれも君…。人は絶対に一人では『生まれない』。独りで生きてゆけると言う人がいるけれど、やっぱりそれは嘘だと思う。どこかに自分が『生まれる』ことために誰かがいる。それは必然だと言える。時には立ち止まることもあるかもしれない。時には焦って走ることもあるかもしれない。自分にとって必要なものはどこにあるか分からないのだから、今日という日を生きるきっかけを見つければ、『生まれる』きっかけを見つければ、人は強くなれる。どんな困難も乗り越えてゆける。
「真弓がそばにいてくれて良かった」
「私も…かな」
「なんだよ今の間は!!!」
「私だって選ぶ権利はあるでしょ〜???」
生まれゆく───それは命だけではないから。
生まれゆく───それは独りだけではないから。
生まれゆく───それは必ず見つけれるから。
あなたがいてくれるから……… そして僕はうまれくゆく…………
読んでいただきありがとうございます。この作品は最終回となりました。今までホントにありがとうございました。
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訂正─前回は『第12話 そしてボクは生まれゆく 前編』ではなく『第13話 そしてボクはうまれゆく 前編』です。




