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第12話 終極

 


 頬に痛みが突き刺さった。

「あんた、マジでそんなこと思ってるの!?」

「………」

「あの子がどんな気持ちであんたのこと呼んだのか、わかってるの!?」

 怒られるのにも、もう慣れた。

「マジで見損なったよ、健ちゃん」

「俺はこういう奴なんですよ…」

 何かが弾けたような音が響く。一度ではなく二度も。客が驚いてこっちに視線を向けているのが、容易に感じ取れた。

「ヒロミちゃん、そこまでよ。お店の中で喧嘩しないでちょうだい」

 何で俺の周りの連中はここまでお節介なんだ。お前等が決めることじゃないだろ。こんな俺に、あいつも…。バカだよ、本当にバカだよ………。気持ちに応えるとかそんなんじゃないんだよ。どうしようもない所まで来ちまったんだよ!!!

 俺の机に置かれていた封筒。封筒は部屋の片隅にある薄汚い箱へ消し去ってしまった。きっとこれの事を怒っているんだ。そして何も考えずに答えも出さずに放置した俺のことを。

 封筒には見慣れた名前が二つあった。自分の名前ともう一つ。封筒を切り中身を取り出すと、一枚のチケットと手紙が入っていた。

『本当は手渡ししたかったんだけど、忙しいみたいだから手紙にしました。知ってるとは思うけど、私は例の大会に出場します。1時からだよ。健二にも見に来てくれると嬉しいです。もちろん月奈たちも呼んであります。では、待ってます。   真弓』

 もう、どうでも良かった。この世のことも、周りの人間のことも、自分のことも…。いまさら俺にどうしろと言うんだ。俺は捨てたんだ、何もかも。それを一番知ってるのは真弓、おまえの筈じゃないのか。あの場所には行きたくない。行けないんだ。例えそこに立ってなくとも…。空気に触れるだけで俺の心は感情の波に押しつぶされ、暴走の一歩手前までくるときには過去へと舞い戻っていく。それはいつしか戦慄に支配されていた。いや、恐怖さえ感じなかった。

「いらっしゃ…あなたは………」

その時だった。一人の少女がここに駆け込んで来たのは…。

「先輩!!! 何でですか?」

 本当にバカだ。

「何しに来たんだ?」

 突き放すような言葉を発した瞬間、獣を狩る狼のように、冷たくそして鋭い声が俺の耳に届いた。

「そっくりそのまま返してやるよ。何であなたはここにいるんだ?」

 目の前に現れたのは月奈と、そして浩行だった。

 何かを察したのか、オーナーは店の中にいる客を全て帰してしまった。

「あんたたちは一体何なんだよ!? そんなに人の世話を焼きたいのかよ!? こっちにとっては迷惑なんだよ!!!」

 狼の牙がとうとう俺に向けられた。前にも一度こんなことがあった。その時は月奈が助けてくれたが、さすがにこの状況じゃ仕方ないだろうな。奴の拳が俺の顔面を捉えようと伸びてくるが、避ける気など全くなかった。目を閉じるだけだった。その刹那、衝撃が俺を襲い、背中から壁にぶち当たり倒れこむ───息ができない。

「さっさと立てよ! 前にあんたは言ったよな? 夢は叶えるものじゃない、向かうものなんだって。例え逃げ出したとしても胸を張れ。自分を信じてやっていたのなら、恥ずかしいことなんて一つも無いって。今のあんたはどうだ!? 絶望を気取って周りの人間に迷惑かけてるだけじゃないか!?」

「………」

「健二さん、早く目を覚まそうよ。あの頃の健二さんに戻ってよ」

「………」

 浩行に言い返す言葉が頭から出てこない。出てくるのは言い訳や自分を汚すものばかり。

 浩行は言葉を続ける。

「あいつが、『健二』が死んで2年経って、月奈は変わりました」

 少し角度を変えて横目で見ると、月奈の今にも泣きそうな顔が目に飛び込んできた。

「あの頃は皆、一つになってましたよね。あなたは学校でも話題の人でした。そして真弓さんのことを演劇部の『母』なんて呼んでましたっけ。楽しかった。文化祭も成功し、あとは大会に向けて練習だって時に…。運命のいたずらってやつですか。健二が交通事故で死んでしまいました。神様も嫉妬するんですかね。俺はそのあと演劇部から離れましたが、今の月奈を見ている限り絶望なんて微塵も感じませんよ」

「…何が言いたいんだ」

 分かっているのに、もう分かっているのに。

「健二さんは何も変わってないってことだ!!! 自分を殺して、殻に閉じこもって…。一人で生きていくなって言いたいんだよ!!!」

 きちんと伝えて欲しかった。自分で理解してるけれども、言葉をぶつけて欲しかった。

「…自分でなんとか立ち上がりました」

 微かに聞こえる声。しかし、涙を乗り越え現実と向き合った者の声は、力強くそして逞しい。

「私は泣いてばかりでした。健二のこと、好きでしたから…。でも私、気付いたんです。周りには同情の目だけじゃないって、心から心配してくれて支えてくれる人もいるんだって。健二先輩、誰かに寄りかかってもいいんじゃないですか?」

 前に宏美さんも言われたことを月奈も言っている。

「………浩行君に慰めてもらいました。本当は空元気だったんです。皆の前では偽りの自分を現して、独りになったときはいつも闇に心を奪われて。ずっと、浩行君が戻ってくるまで…。健二先輩、真弓先輩はあなたのこと待ってますよ! はっきり言います。バカです!!! 知ってるんでしょ!? なぜ応えてあげないんです!? …二人ともバカですよ!!!」

 ボロボロだ。もう立つこともできない。死んでしまった。殺してしまったんだ。心を殺し抜け殻という身体だけしか残ってない俺に、出来ることなど何一つない。例え真弓の気持ちに応えたとしても…。

 沈黙。音はどこからも生まれない。動が無い限り音は存在し得ない。

「もう帰ります…」

 誰も何も言わない…。

 奥の部屋に入り着替えていると、携帯に着信が入った。電話用とメール用で分けてあるので、メロディを聞けばすぐにわかる。

「メールか?」

 無視して着替えを済ませ、ハナビシソウから去ろうと皆の前に戻る。

「健二先輩、早く行ってください!!!」

「月奈? 何を訳のわからないこと言ってるんだ?」

「メール見てないんですか!?」

 いい加減うんざりだ。

「あなたに出来ること…、あなたにしか出来ないことがありましたよ。健二先輩」

 携帯を取り出して画面を覗き込んだ。メールの内容を読んだ瞬間、俺の中の何かが動き始めた。いや止まったのかもしれない。

 考える間もなく俺は走った。急いで自転車に跨り力の限りペダルを扱いだ。


 景色が後ろへと流れてゆき、人々も同じように視界から消えてゆく。耳には風を裂く轟音が響き渡り、身体は燃えるように熱く汗で服が張り付いているのが分かる。

 俺をここまでさせるエネルギーはどこから来たのだろう。同情から? 友情から? 愛情から? 俺があいつのことを好きだから? いくら考えても答えは出てこない。今は行くしかない。1分でも早く、1秒でも早く真弓の元へ…。

読んでいただきありがとうございます。ご意見・ご感想などありましたらメールをどうぞ。また評価もしていただけたら光栄です。

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