第10話 暗闇
こんなにも苦しい…
けれど誰にも言えない…
それはとても悲しい…
毎日変わりない日々を送るのは結構厳しいものだ。マンガに出てくる主人公がよく感じる事みたいな、刺激がほしいとか、とても下らない事。
けれど、今まで俺は知らなかった…。
「考え事しながら働かないの! もう、先に休憩してなさい!」
以前はこんなことはなかったのに。最近は感情の起伏が激しくなった気がする。くだらない事で落ち込んで、些細な事に怒りを覚えて、いつの間にか違う人間になってしまったみたいだ。
「誰だって考え事ぐらいするでしょう!? そんな言い方しなくてもいいじゃないんですか!?」
「はい!? 人がせっかく気を利かしてあげてるっていうのに、何よその言い方!?」
気付いたときには遅い。頭で考えるより口が先に出てしまっていた。
「はいはい。ヒロミちゃんはコーヒーを運んでくれる? 健二君、私がそこを片付けるので休憩してください」
「すみません…」
客のいる喧騒を抜け奥の部屋に入る。小さな部屋ではあるが小さなテーブルとそれを挟むように置かれたソファがあり、テーブルの上には備え付けのポットもある。
俺はコーヒーを作りソファに深く腰かけた。自分の心とは裏腹にここは静寂に満ちていて、ただ一つだけ動きがあるとするならばコーヒーから出る湯気だけだ。ゆらゆらと揺れている不安定なそれは、目的もなくただ渦を巻きながら昇っていく…。
始めからソレがあった俺には信じられなかった。ソレという存在から少しでも近づけるように、少しでも外れないように…。そうやって生きていた。過去という自分は何の疑いもなしに、未来からくるドス黒いモノを被ってしまった。
ようやく知ることができたのは最近だ。高校の頃―――やりたいことなんてないよ。まずは大学を出るしかないっしょ―――そんな返事ばっかりで正直うんざりだっだ。年末ともなれば同窓会なんて多々ある。昨日も高校の仲間と飲んできた。その中で話題になるのは「現在」のことだ。俺はフリーターで他の皆は学生。何か焦りとも表現できる感情が心の奥から湧き上がってくる。苛立ち、戸惑い…どれも近いようで遠い。こんな感覚を皆は味わってきたのだろう。
無くなってしまえば、ソレはただの爪痕。深く永遠の傷として残り、消え去ることはない。
俺のソレは終わった。いや、違う…。正確に言うならば………。
「浮かない顔してどうしたの? 最近の健ちゃんは元気ないね???」
突如、頭に侵入してきたのは宏美さんの声だった。いつの間にかドアの前に立っている。入ってくる気配を全く感じなかったなんて、それほどまでに集中していたのだろうか。
「コーヒー冷めてるみたいだから淹れなおしてあげようか?」
手に持っていたコーヒーに目を向けると、湯気が立っておらず温かさも伝わってこなかった。
「…いや、いいです。そろそろ休憩が終わりますから俺は行きます」
「そうそう、ちなみに健ちゃんはもう上がり」
言ってる意味がよく分からなかった。思考回路をフルに使っても答えは導き出されない。
「ということだから、さっさと座る」
自分とは反対のソファに座り、宏美さんはコーヒーを作り始める。
お互い無言のままだ。音を発しているのはカップに注がれるお湯の音だけしかない。
「はい、どうぞ…」
「………」
礼も言わずにカップをもらいコーヒーに口をつける。
「プハっっっ!? 濃すぎますよ、これ!!!」
「そうだろうね〜〜〜」
皮肉めいた口調で言ってくる。
「イタズラ好きにもほどがあるんじゃないですか?」
今日の俺は虫の居所が悪い。それにやっても良い事と悪い事がある。
「健ちゃん、自分が機嫌悪いからって人に八つ当たりするのは良くないよ」
「はい!? それはあなたの方じゃないんですか?」
「いい加減にしなさい!!!」
耳に入ってきたのは怒号の叫びだった。予想外のことに俺は何も言い返すことができなかった。
「自分の不満を人にぶつけるのは良くないよ」
「………」
「最近の健ちゃんすごく変だよ。誰が見ても分かる…」
「………」
「そっか。苦労するねーあの子も。こんな状態じゃダメだわ」
「………」
頭から言葉が出てこない。
「もっとさ、自分の気持ちに素直になったらどう? 気休めなことしか言えないけど、あなたの心配をしている人の身にもなりなさい。悩みがあったら誰かに話して、苦しかったら誰かに甘えて…。それぐらいしても罰は当らないと思うよ」
「………」
ここで甘えるわけにいかない。自分に負けたくない。
「本当は私からこんなこと言ったらダメなんだろうけどね。でも言わないとさ、健ちゃん強いから我慢しちゃってると思うし」
「………強くなんてありません。それに人に頼ることはできません」
「なんで?」
「もう2度と、自分に負けたくないからです…」
正直にしか話せない自分の性格をここまで恨んだことはないだろう。悔しさのあまり唇を噛み出す。
「本当に負けたのかな? 私はそうは思わないよ。この世に勝ち負けなどない」
「それはただの奇麗事です。世の中はそんなに甘いもんじゃない」
「それもそうだ。けどね、負けたんだって思わないで欲しいの。わかるでしょ?」
「………それも奇麗事です」
またこの部屋は無音の世界に包まれた。今度は本当に何もない。
「悔しいだろうね。けれど、今の健ちゃんを見てもっと悔しがってる人がいることを忘れないであげて。それじゃ私は仕事に戻る。帰るときは一言オーナーに声を掛けてから帰りなさいよ」
そう言って宏美さんは出て行った。
その後もしばらく俺はここにいた。何の意味も持たないのに気付いて、俺はこの部屋を後にした。
宏美さんの言う通りに俺は行動を移した。
「健二君、明日は仕事お休みしなさい。わかった?」
俺は無言で頷いただけだった。
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