第126話 轟く大地と、姿を変える白銀
交易都市リグナムの城壁外に広がる広大な市場は、朝から凄まじい熱気と喧騒に包まれていた。
大陸中から集まった商人たちが所狭しと天幕を張り、香辛料や反物、珍しい魔石などを大声で売り込んでいる。ルミナを先頭にしたヴァンたち一行も、移動要塞の改良に必要な特殊な素材を求めて、その人波の中を歩いていた。
「うーん、さすがは東部最大の市場ですね。人間の国の商人だけでなく、遠方の部族の品まで揃っています」
ルミナが目を輝かせながら周囲の露店を物色していると、後ろを歩いていたバルガンが不意に足を止め、険しい顔で足元の地面を見下ろした。
「おい……何かおかしくねえか? 地面が、妙に揺れてやがる」
その言葉の直後だった。
ズドドドドォォォォォォンッ!!
市場のすぐ外れ、平原の小高い丘が内側から爆発したように吹き飛んだ。
もうもうと舞い上がる土煙と岩の破片の中から姿を現したのは、全長百五十メートルは優に超えるであろう、規格外の巨大な怪物だった。
「な、なんだあれは! 山喰いの大百足だ!」
「馬鹿な、あんな災害級の化け物がどうしてこんな人間の街の近くに!」
商人たちが恐慌状態に陥り、悲鳴を上げて逃げ惑う。
山喰いの大百足。その名の通り、山を丸ごと削り取って喰らうと言われる古代の魔物である。黒光りする分厚い外殻に覆われた多足の巨体は、うねる度に大地を粉砕し、地形そのものを変えてしまうほどの質量を持っていた。
「ギチギチギチギチッ!」
百足が耳障りな鳴き声を上げながら、市場の天幕や荷馬車を次々と薙ぎ払っていく。すぐさまリグナムの城壁から人間の正規兵や高位の召喚師たちが駆けつけ、使役する上位の炎魔獣や氷霊たちに一斉にブレスを放たせるが、百足の分厚い外殻はそれらをすべて弾き返し、傷一つ負う気配がない。
「駄目だ! 俺たちの召喚獣の攻撃が全く通じないぞ!」
召喚師たちが絶望の声を上げる中、百足が彼らをまとめて押し潰そうと巨大な頭部を持ち上げた。
「逃げ遅れた商人の馬車がある! 大将!」
バルガンの叫び声に、ヴァンはすでに地を蹴っていた。
腰の鞘から、ガルドが打ち上げた白銀の長剣を抜き放つ。
「セリア!」
走りながら短く呼んだヴァンの声に、後方で待機していたセリアが即座に両手を組み、極限の集中力で詠唱を開始した。
「分厚き岩盤を砕く剛腕の巨人。それに加え、天を裂き地を焦がす破壊の権化よ。その圧倒的な質量と超高圧の紫電を、今この器に宿したまえ。多重同化……剛腕の巨人、紫電の雷獣!」
セリアの詠唱が完了した瞬間、ヴァンの肉体を赤黒い巨人のオーラと、眩い紫電のオーラが同時に包み込んだ。
そして、その強大な魔力の奔流は、ヴァンが握る白銀の長剣へと一気に流れ込んでいく。
キィィィンッ!
純度百パーセントのミスリルの刀身が、持ち主の意志と召喚獣の特性に完璧に同調し、水のように流動を始めた。一切の装飾がなかった長剣は瞬く間にその質量を膨張させ、柄が長く伸び、先端に巨大で分厚い三日月型の刃を備えた、身の丈を超える「紫電の戦戟」へと変貌を遂げた。
「行くぞ!」
紫電を纏ったヴァンが、雷鳴のような速度で百足の懐へと飛び込む。
巨人の膂力と雷獣の神速。その二つを乗せた戦戟が、百足の巨大な頭部を覆う外殻へと全力で叩きつけられた。
ガガガガガガッ!!
激しい火花が散り、周囲の空気が衝撃波で吹き飛ぶ。
しかし、山喰いの大百足の装甲は想像以上に硬かった。ヴァンの戦戟は外殻に深い亀裂を入れたものの、完全に砕き割るには至らない。
「ギシァァァァッ!」
怒り狂った百足が、巨大な胴体を鞭のようにしならせてヴァンを薙ぎ払おうとする。山を削り取るほどの破壊力を持った一撃。
ヴァンは戦戟を盾のように構えてその直撃を受けた。
ズドォォォォンッ!
ヴァンの身体が弾き飛ばされ、後方の平原を数百メートルにわたって削りながら吹き飛んでいく。普通の人間であれば全身の骨が粉々になっている衝撃だが、痛覚を持たないヴァンは顔色一つ変えず、両足で大地に深く爪痕を残しながら強引に踏み止まった。
「大将! 援護するぜ!」
前衛で激突するヴァンの隙を補うように、非戦闘員の仲間たちが完璧な連携を見せる。
バルガンが背負っていた巨大な金属鞄から即席の防壁を展開し、逃げ遅れていた商人たちの周囲に鉄壁のバリケードを築き上げた。
「ルミナの嬢ちゃん、今のうちに連中を安全な場所へ誘導しな!」
「はい! 皆さん、こちらへ走ってください!」
ルミナが的確な指示を出し、混乱する人々を迅速に逃していく。
さらに、バクスがバリケードの裏から大きく腕を振りかぶった。
「そら、俺の特製スパイス弾だ! どんなに外殻が硬かろうが、関節の隙間までは覆えねえだろ!」
放り投げられたガラス玉が、百足の節と節の間に命中して砕け散る。中から強烈な刺激臭を放つ煙が吹き出し、粘膜を焼かれた百足が苦痛に身をよじらせた。
「今よ、ヴァン!」
セリアの叫びと同時に、ヴァンが再び大地を蹴る。
(この剣は、俺の意志に応える。もっと鋭く、もっと深く穿つ形へ!)
ヴァンが強く念じると、紫電の戦戟が再び流動し、今度は巨大な刃がドリル状にねじれ上がり、一点突破に特化した「螺旋の豪槍」へと姿を変えた。
「オオオオオオオッ!!」
ヴァンは螺旋の豪槍を構えたまま、紫電の速度で百足の装甲の亀裂、バクスのスパイス弾で弱っていた関節の隙間を目掛けて特攻する。
バキィィィィィンッ!!
螺旋状の白銀の槍が、雷獣の紫電を推進力にして百足の分厚い外殻を錐揉み回転しながら完全に貫通した。
「ギギャアアアアアアアアッ!?」
百足が天を仰いで絶叫し、その巨大な身体を狂ったように振り回す。周囲の地面が次々と陥没し、巨大なクレーターが形成されていく。地形そのものが書き換えられるほどのすさまじい断末魔の暴れぶりだった。
ヴァンは貫通した槍を引き抜き、空中で姿勢を制御して無事に着地した。
やがて、山喰いの大百足の巨体がドスンと重い音を立てて崩れ落ち、二度と動かなくなった。
土煙が晴れた後、すり鉢状になった平原のクレーターの中心に、白銀の長剣へと姿を戻した武器を片手に立つヴァンの姿があった。
「す、すごい……。あんな災害級の化け物を、たった一人で……」
バルガンの防壁に護られていた商人たちが、震える声で呟いた。
人間の正規兵や高位の召喚師たちですら全く歯が立たなかった化け物を、戦士という見下された職業の男が、信じられない力と奇妙な武器で正面から打ち倒したのだ。
「あんたら、怪我はないか?」
ヴァンが剣を鞘に収め、商人たちに向かって静かに尋ねた。
「は、はい! あなたのおかげで助かりました……! それに、そちらの獣人やドワーフの方々も、私たちを身を挺して護ってくださって……」
恰幅の良い商人の代表が、バクスやバルガンに向かって深々と頭を下げた。人間の国では日頃から冷遇され、差別されている彼らにとって、人間からこれほど純粋な感謝を向けられるのは珍しいことだった。
「へっ、気にするな。大将が戦いやすいように足場を整えただけさ」
バクスが照れくさそうに鼻の頭を掻き、バルガンも満足そうに髭を撫でる。
「凄まじい力を持つ戦士と、異種族の仲間たち……。もしかして、あなたが最近噂になっているという……」
商人たちが畏敬の念を込めた瞳でヴァンたちを見つめる。
名もなき戦士と異種族の集団が、各地で人々を救っているという噂。それは、この強大な百足の討伐を皮切りに、さらに大きなうねりとなって人間の国々や近隣諸国へと急速に広まっていくことになる。
新たな相棒であるヴァンの剣と、仲間たちとの完璧な連携。
彼らの存在が世界に知れ渡るための、輝かしい第一歩がこの地に刻まれたのであった。




