第3話 ヒロインの手作り弁当
「読者アンケート3位」という劇薬は、アンケート至上主義の作者と担当編集の脳を完全に破壊したらしい。
木曜日の昼休み。
俺たちのクラスには、ラブコメにおける三種の神器の一つ、「ヒロインの手作り弁当イベント」の時間が訪れていた。
「神宮寺君……その、もしよかったら、お弁当作ってきたんだけど……」
窓際の後ろから二番目という、主人公のための特等席。
結衣が、少し俯き加減で可愛らしいピンク色の包みを神宮寺に差し出している。
神宮寺の周りには相変わらず意味不明な花びらのトーンが舞い、結衣の頬には「///」という斜線の赤面効果が描き込まれていた。
俺は少し離れた自分の席(背景のモブ生徒と一緒にベタ塗りで処理されているため、輪郭が同化している)から、点の目でその様子を窺っていた。
ふん、手作り弁当ね。
どうせタコさんウインナーとか甘い卵焼きが入ってるんだろ。
俺が全部かっさらって食い尽くして、また空気を最悪にしてやるよ……!
俺はダイブのタイミングを計っていた。
「ありがとう、結衣ちゃん! 開けてもいいかな?」
「うん……」
神宮寺が弁当箱のフタを開けた瞬間。
教室に、「デロロロロロッッ!!」という、およそ学園ラブコメらしからぬ不快なオノマトペの描き文字が響き渡った。
俺は目を疑った。
結衣のピンク色の弁当箱に鎮座していたのは、タコさんウインナーでも卵焼きでもなかった。
それは、無駄に劇画タッチで極限まで描き込まれた、リアルな深海魚(たぶんグソクムシの類)の丸焼きだったのだ。
「……は?」
俺の思考が停止した。
待て待て待て。
結衣の料理スキルは「普通に上手い」設定だったはずだぞ。
なんで弁当箱から未知の深海生物が顔を出してんだよ!
しかも深海魚の作画だけ、アシスタントが三日徹夜したレベルで無駄にリアルじゃねえか!!
「えっ……こ、これは……?」
さすがの神宮寺も、顔を引きつらせて固まっている。
しかし、結衣は全く表情を変えず、フラットな声で言った。
「朝4時に起きて駿河湾で底引き網漁をしてきたの。カルシウム満点よ」
「設定がぶっ飛んでんぞ結衣ィィイイイイ!!!」
俺はたまらず特大コマに乱入し、渾身のツッコミを入れた。
おかしい!
ギャグ路線でアンケートの順位が上がったからって、作者が露骨に「ウケ」を狙いにきている!
純粋なツンデレヒロインだった結衣に、無表情で狂ったボケをかます電波キャラ属性を付与しやがった!!
「結衣ちゃん、これ……生きてない?」
神宮寺が震える指で深海魚を指差した瞬間。
グソクムシの触角がピクッと動き、神宮寺の顔面に謎の紫色の体液を噴射した。
「ブブェアアアアアッ!?」
次の瞬間、俺は息を呑んだ。
あの、常に爽やかな笑顔を絶やさなかった新主人公・神宮寺の顔面が、目玉が飛び出し、顎が地面まで外れるという、昭和のギャグ漫画みたいな強烈な「顔芸」に歪んでいたのだ。
(やめろォォォォオオオ!!)
俺は心の中で絶叫した。
いくら俺がこの漫画を打ち切りにしたいからって、こんなのは望んでない!
俺の好きだった、ちょっと素直になれないだけの可愛い結衣を!
キラキラした青春ラブコメの空気を!
安っぽいシュールギャグの生贄にするな!!
「神崎君、邪魔。今、神宮寺君にあーんする所なんだけど」
「深海魚であーんすな!! 俺が食うわ!!」
俺は結衣の尊厳(ヒロイン力)を守るため、弁当箱に顔面からダイブし、その劇画タッチの深海魚に喰らいついた。
「んんんんんっ!? 作画のインクの味が濃いぃぃぃいい!! スクリーントーンの破片が歯の裏に刺さるゥゥウ!!」
俺が謎の紫色の体液にまみれてのたうち回る横で、結衣は無表情のまま「……よく食べるモブね」と呟き、神宮寺は目玉を飛び出させたまま気絶していた。
──そして、運命の翌週。
俺はコンビニで雑誌を震える手で開き、アンケート順位表を確認した。
『幼馴染は俺にだけ冷たい』……アンケート順位、堂々の第1位(巻頭カラー決定)。
【読者の声】
『ヒロインがサイコパス化してて草』
『イケメン新主人公の顔芸で呼吸困難になった』
『全てを犠牲にしてツッコミに回る神崎の勇姿に涙が出た』
『今、日本で一番勢いのあるギャグ漫画』
「終わったァァァァァァアアア!!!」
俺の悲鳴が、夕暮れの空に吸い込まれていく。
最下位だった打ち切り寸前のラブコメ漫画は、俺という『ツッコミ役』と結衣という『サイコパスボケ役』の謎の化学反応により、まさかのアンケート1位を獲得してしまった。
もう、後戻りはできない。
俺は、このクソみたいなギャグ時空から、絶対に結衣を(正統派ヒロインとして)救い出してみせる……ッ!!
(次回予告)
アンケート堂々の1位獲得で、まさかの巻頭カラー大増ページ決定!?
喜べるかバカ! 休載ギリギリの遅筆クソ作者が、カラーの水着回なんて過酷なスケジュールこなせるわけねえだろ!
打ち切りまで4話じゃなかったのかよおおおお!!
次回、第4話。『巻頭カラー水着回でヒロインが「棒人間」になった結果、俺の想像力が限界突破した件について』
俺の狂気の語彙力で、結衣のヒロインとしての尊厳を守り抜く!!




