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第2話 体育倉庫の密室イベントを物理で粉砕しろ

ラブコメにおける「体育倉庫への閉じ込め」は、神 (作者)が用意した絶対領域だ。


放課後。薄暗い空間。

外から鍵のかかった扉。

ほこりっぽい空気と、やけに近い二人の距離。


現在、俺の目の前では、新主人公の神宮寺とヒロインの結衣が、まさにその王道イベントの真っ最中だった。


「困ったな……どうやら外から鍵をかけられちゃったみたいだ」


「う、うん……どうしよう、神宮寺君」


薄暗い倉庫内。

にもかかわらず、神宮寺の周囲だけ不自然な逆光のハイライトが当たっている。

おいクソ作者、光源どこだよ。

跳び箱から発光させてんのかアイツは。


しかもその光、よく見るとホワイト液をボロ雑巾で引きずったような、雑な塗りムラが見える。

急いで塗ったのが丸出しだ。


「大丈夫だよ、結衣ちゃん。僕がついてるから」


神宮寺が結衣の肩を引き寄せようと近寄り、目を合わせた。

背後に広がるのは、見開き2ページを贅沢に使った特大のコマ。

そして空間に浮かび上がる特大の描き文字──丸ペンで丹念に縁取られ、内側にグラデーションのトーンが貼られた『ドキン……ッ!』という効果音。

読者の胸キュン指数が最高潮に達する、この漫画最大の勝負所。

作者が昨晩、鼻血を出しながらカッターでトーンを切り抜いたであろう渾身のコマだ。


俺は、その特大コマの右下、半分背景と同化しているマットの山の上に、のような目で胡座をかきながら、その光景を睨みつけていた。


させるか……!

この極上のイチャイチャ空間を地獄のシュールギャグに変えて、読者アンケートの「読むのをやめたくなった」の項目にチェックを入れさせてやる!


俺は、二人の間に形成された「絶対不可侵のロマンチック空間 (見開き2ページ)」へ、躊躇なくダイブした。


「うおーい!! 奇遇だな二人とも! 俺も閉じ込められちゃってさァ!!」


「「えっ!?」」


俺は二人の間に強引に割って入り、空中に浮かんでいた『ドキン……ッ!』という描き文字(物理)をガシッと掴んだ。

生乾きのインクで手が黒く汚れたが、構うもんか。

俺はそれを膝に叩きつけ、バタコッと真っ二つにへし折った。


「あっ!? 僕の心音 (ト書き)が!?」


神宮寺が素っ頓狂な声を上げる。

折れた『ド』の字の断面から、貼り付けられたトーンがペラリと剥がれ落ちた。


「いやー参ったよな! 密室で男女三人! これはもう、王様ゲームでもするしかねぇよなァ!? よーし俺が王様だ! 1番 (神宮寺)は2番 (結衣)の……」


俺はモブの権限──「画面の端なら何をしてもいい」というバグを最大限に悪用し、ページの下半分を占拠しながら絶叫した。


「昨日の晩飯のおかずを当てろ!! ちなみに俺は3日連続でモヤシ炒めだ! なぜなら作者が俺の食生活の設定を考えるのを放棄したからだ!! あと結衣! お前さっきからずっと神宮寺の顔見てるけど、コイツの顔の影トーン、よく見たら網点が0.5ミリくらい印刷ズレてるからな!! 作者が眠気で貼り間違えてんだよ!!」


「ちょっ……! あんたどこから湧いて出たのよ! というか、何言ってんの!?」


結衣が完全にドン引きした顔で悲鳴を上げる。

俺の怒涛のメタ発言と効果音物理破壊により、見開き2ページの感動的な密室シーンは、「謎の黒髪モブが、イケメンと美少女の間で折れた描き文字を振り回しながらモヤシについて絶叫している」という、前衛アートのようなシュールギャグ空間へと変貌を遂げた。


(勝った……!)


神宮寺が、へし折られて凶器と化した『ド』の字を抱えて震えるのを見下ろしつつ、俺は内心でガッツポーズをした。


(ラブコメ読者が一番嫌う「空気の読めない乱入キャラ」! これで次週のアンケートは最下位確実! 打ち切り一直線だぜ!!)


俺は意気揚々と、背景素材を切り抜いただけの強度の低い窓ガラスをぶち破り、一人だけさっさと倉庫から脱出した。


──そして、運命の翌週。木曜日。


俺は本屋で発売されたばかりの雑誌を開き、巻末のアンケート順位表を確認した。

俺の予想では、ぶっちぎりのドベ (14位)に転落し、編集長から直々に「もうペン置けよ」と引導を渡されているはずだ。


「……は?」


俺は自分の目を疑った。

いや、俺の目がサインペンで書いたようなに退化しているせいじゃない。


何度見ても、そこには信じられない結果が印字されていた。


『幼馴染は俺にだけ冷たい』……アンケート順位、第3位。


しかも、読者からの熱狂的なコメントがページ端にデカデカと載っている。


【読者の声】

『急展開で草。この漫画、実はギャグ漫画だったのか?』

『突然のメタ発言に耐えられなかった。モヤシ野郎最高』

『親友の神崎が狂ってて最高。描き文字を武器にする発想はなかった』

『王道ラブコメだと思ったら、作画の限界に挑む前衛的な芸術作品だった。次も期待』


「な……なんでぇええええええええ!?」


俺の悲鳴が、誰もいないコンビニの駐車場に虚しく響き渡った。


順位、めっちゃ上がってんじゃねーか!

しかも看板漫画のすぐ下ってどういうことだよ! インクの無駄遣いだって叩けよ読者!!


俺は! 俺はただ!

結衣といちゃつくアイツが許せなくて、この漫画(せかい)を終わらせたかっただけなのに……ッ!!


こうして、俺の決死の「打ち切り工作」は、作品のジャンルを『王道ラブコメ』から『カオス系シュールギャグ』へと力技でねじ曲げ、皮肉にもかつてない人気を叩き出してしまうのだった。

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