♯39 お酒の力とぎゅー 前編
早いもので忘年会当日。
今日は仕事を早く切り上げて、みんなでいつもの居酒屋に来ていた。
「鮮魚部門の皆さんはあちらの席でーす!」
江尻さんが、店の入口前でみんなの案内している。
夏のときも思ったが、新人なのに異常に手際が良い。
「水野さんは私の隣ですからね♪」
「早く帰りたい……」
「ひどい」
今日はみんながいるのに、江尻さんが堂々とそんなことを言ってきやがった!
江尻さんの言葉とほぼ同時に、ぐいっと後ろに服の裾が引っ張られた。
「チーフ、お隣いいですか?」
白河さんの白いほっぺが膨らんでいる。
なーんでこうなるのが分かっているのに、江尻さんはいつも仕掛けてくるのかなぁ……。
「ほらほら! 後ろが詰まってるんだから行くよ!」
山上さんが、前に出て、まるで俺たちを牽引するように席の方に向かって行った。なんか叱られているみたいな気分になってくる。
「よし、今日は飲むぞー! 俺はあっちの席に――」
「小西さんはこっちの席です! 女の子がいるほうに行っちゃダメですよ!」
「チーフだけずるくない……?」
小西さんが恨めしそうな声をだしていた。
※※※
うちの店舗の忘年会は比較的気楽な感じで行われる。
飲み食いするならアルバイトが来ても誰も文句は言わないし、忘年会あるあるの出し物もしなくいい。
飲み会の雰囲気は、店長次第なところがある。
これが少し固い店長になると社員のみの飲み会になったり、部門ごとに出し物をしたりしないといけなかったりするところもある。
「それでは、皆さん! 年末に向けて頑張りましょう! 乾杯!」
大河原店長はそういうところがゆるゆるだ。
最初の乾杯の音頭が終わったら、後はみんな自由にに飲み食いをするだけだ。
お座敷の長テーブルには鮮魚部門が固まっている。
場所的には小西さんが上座に座っている。
みんなは気にしていないが、これは俺なりの気遣いでもあった。
職歴が一番長い小西さんは、なんだかんだ言っても俺たち鮮魚部門の要の人だ。ちゃらんぽらんなことも多いが、長くこの仕事を続けてきたというだけで尊敬できる人だと思っている。
小西さんの隣には俺。
俺の隣には白河さんが座っている。
その対面には、山上さん、五十嵐さん、星さんの順で座っている。
「あの、折角の機会なので皆さんにお話ししたいことが」
「どうしたのチーフ?」
俺がそう言うと、口をつけたグラスをみんながテーブルの上に置いてしまった。
しまった! 思ったよりも真面目な雰囲気になってしまった。
「あっ、すみません。お酒を飲みながら聞いて欲しいんですが」
いつもは恥ずかしくてこんなこと言えないけど……。
今日は、お酒の席の力を借りてみんなに《《ある》》お願いをすることにした。
「今年の年末は俺を助けて下さい! お願いします!」
そう言って、みんなに頭を下げた。
去年の年末は俺一人でやろうとして失敗してしまった……。
小西さんはずっとかりかりしているし、山上さんはずっと疲れた顔をしていた。
五十嵐さんのメンタルはボロボロになるし、星さんは……星さんだけはいつも通りだったか。
「今年の年末もまた過酷なものになると思います。去年は、皆さんに負担をかけまいとして一人でやろうとして失敗してしまいました」
去年の俺は仕事に対してかなり後ろ向きだった。
全部一人でやったほうが精神的にラクだと思っていた。
……でも、今年は、いつも真っ直ぐで一生懸命な彼女が俺の仕事に関する考えを少し前向きにしてくれた。
「なので、今年は皆さんの力を貸してください! お願いします!」
「えっ? 今更?」
真っ先に俺の言葉に反応してくれたのは、去年一番ボロボロになった五十嵐さんだった。
「今年は私にとってもリベンジの年でもあるので言われなくても頑張りますよ」
「五十嵐さん……」
お酒をぐいっと飲みながら、五十嵐さんが表情を変えずにそう告げた。
「チーフは真面目だなぁ」
「うん、真面目過ぎると思う」
小西さんと山上さんにそんなことを言われてしまった。
「そ、そうですか?」
「どの店舗でも年末はみんなイライラしてるから。いちいち気にしてたら身が持たないよ」
いちいち気にしていたら身が持たない――。
それはこの前、俺が年下の白河さんに声をかけた言葉でもあった。
この人たちから見れば、俺も年下のただの若造なのかもなぁ。
「じゃ、じゃあイライラしないで下さいよっ!」
「だって、あの荷物の量の絶望感はやばいでしょう!」
「それは分かりますけど! でも、去年の売り上げ通りに発注しているだけですからね!」
「最初見たときは無理だぁと思っても、気が付けばいつもちゃんと処理できちゃってるんだよなぁ……」
「そ、それは小西さんがすごいだけでは……?」
小西さんが既に一杯目のビールを飲み干していた。
「大体、チーフだってムッとしているときあるでしょう! そういうときは黙って売り場に前出しに行ったりするくせに!」
「知ってたなら黙ってて下さいよ!」
くぅ……。
お酒が入って言いたい放題言われるようになってきてしまった。
「チーフって結構抜けていることあるよね」
「ほ、星さんに言わると地味にダメージが……」
星さんもいつの間にかビールが空っぽになっている。
「この前シフト表、二回みんなに配ってたもんね」
「配ったの忘れてるかなぁと思ったんです! 念のためにもう一度配っただけです!」
「自分で作ったくせに」
山上さんも笑いながら、俺をいじってきた!
「そうそう! この前なんて、発注書のケースとkg間違ってたからな!」
「それは未然に防いだでしょう!」
「8kgの鮭のケースが、8ケースもくるところだったよ!」
くぅうう……!
俺いじりの場が出来上がってしまった。
これは俺も飲まないとやってられないよ。
「小西さんと星さんは生追加でいいですか!?」
やけくそになって、俺もお酒を飲んでしまった。
「白河ちゃん! 白河ちゃん!」
「はい?」
「チーフの介抱は宜しくね!」
山上さんが白河さんにそう声をかけているのが聞こえてしまった。




