十二 悪魔な妹
「どうしたの……ノーマン卿は?」
ソニアがそう尋ねると、ダリアは微笑みながら答えた。
しかしその笑みは、どことなく普段よりも妖艶さを漂わせている気がした。
「ノーマン卿? ああ、とっても素敵な方ね。穏やかで優しくて。お姉様の仰っていたとおり」
「……そうでしょう? 良い人よ。婚約を躊躇う理由はないわ」
「そうね。あの方だったら私、受け入れられます」
妹の言葉に手を取り合う二人の姿が思い浮かんで、ソニアは目を伏せた。
「そう……良かった。ごめんなさいダリア、私もこれから人と会うの。お待たせしているから準備を急いでもいいかしら」
「あら、どなた?」
「……縁談相手よ。私にも新しい縁談をお義母様がご用意くださったのよ。もういいかしら?」
「そんなに急ぐだなんて、よほど素敵な方なのかしら?」
「ええ、きっとね。ねぇ、ダリアもう——」
「ノーマン卿よりも?」
突然、それまで鈴を転がしたような可愛らしい声で話していたダリアが鋭い声音になった。
「その方はノーマン卿よりも素敵な方なのかしら、お姉様?」
口元は微笑んでいるのに、瞳だけは射抜くように鋭くこちらを見据えている。
こんな表情をする妹を初めて見たソニアは、うっすらと言い知れぬ恐ろしさを感じた。
「……比べることではないでしょう? それに……私、ノーマン卿のことはそんなに詳しく存じ——」
「ふふふふっ!」
たじろぎながら答えたソニアが言い切る前に、ダリアが堪え切れないといった風に笑いだした。
「ダ……ダリア……?」
「私が何も知らないとでもお思いでしたのお姉様?」
突然吹き出した妹にソニアが驚くと、ダリアが睨めつけるように見上げてきた。
「ねぇ、お姉様。私、全部知っていますのよ?」
「何……何のこと?」
「決まっています。ノーマン卿のことですわ。お姉様あの方のことご存知でしたでしょう? だって毎週お会いしていらしたものね」
「——! どうして……」
「お姉様、毎週手芸店にお出かけなさって長時間馬車を待たせますでしょ? 街中とはいえ物騒なこともありますもの、私心配で御者にお願いしてお姉様の行動をこっそり確認させておりましたの。そうしたら、お姉様がノーマン卿と」
「……知っていたの」
「お姉様ったら酷いのね。私にはノーマン卿とのこと何も仰ってくださらなかった」
「……ただの友人だから、貴女に話すことなんて何も——」
「そう仰るのなら、私の縁談相手がノーマン卿とわかっても何も言ってくださらなかったのは何故ですの? お姉様ったら酷く動揺されていらしたし、ただのご友人でしたらすぐに話を通せたのではなくて?」
見透かしたような口振りに、ソニアはダリアを訝しむ目でみつめた。
「貴女……もしかして縁談相手がノーマン卿と知っていたの?」
「言いましたでしょ? 全部知っているって」
口元だけに笑みを浮かべてダリアはそう言った。
「知っていましたわ。私の縁談相手がエンブロイダン家のご長男ノーマン卿ということも、お姉様が密会なさってるのがその方で、お慕いになっていることも全て」
「慕ってなんて——」
「慕ってらっしゃらないならどうして私の名を騙りましたの? どうして私のふりを?」
「それは……」
「お姉様のことです、レティセラ家のことを考えてあの場を上手く収めて私を説得する気でしたのでしょう? それなのに嘘をついたのは、ノーマン卿を本当の縁談相手の私と会わせたくなかったからではなくて? 私に彼を奪われたくなかったからではなくて? だって私は、お姉様から散々婚約者を奪ってきた悪魔みたいな妹ですものね」
「悪魔だなんて、あれは全部貴女のせいじゃないわ! 貴女を好きにならない人はいない、それだけのことよ。だからノーマン卿もきっと……そう思ったら口が勝手に嘘を……ええ、そうよ、お慕いしていた。だから嘘を吐いたの。貴女に会わせたくなかった。醜い独占欲とお門違いの嫉妬よ。貴女のせいじゃないのに、貴女のせいにした」
ソニアがそう苦々しく吐き出すと、ダリアが笑った。
「やっと本音を言ってくださいましたのね。いいのよ、お姉様。間違っていませんわ。全て私のせいよ。だって今までお姉様が婚約破棄されてきたのも、全て私が仕組んだことですもの」
「……え?」
「言いましたでしょ? 全て知ってるって。私が微笑みかければ男性がどうなるかだって、私知ってますの」
「ダリア……?」
「だからお姉様の婚約者達にわざと微笑んでやりましたのよ。皆さん悉くお姉様との婚約を破棄してくださいましたわ」
「わざとって……どうしてそんなこと……」
「あら、決まってますわ。私がお姉様の婚約者を奪う悪魔みたいな妹だからよ」
そう言ってダリアはゆっくり近づいてくると、ソニアを下から睨み据えた。
「そしてお姉様は卑しい庶子の娘で、由緒ある伯爵家の娘に相応しくない、冷遇され蔑まれて当然の方だからよ」
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