十三 不幸で幸福な姉妹の噂
「……そのようなことを思っていらっしゃるのでしょう、お姉様?」
「……え?」
ソニアを覗き込むようにして見上げてきたダリアの瞳は、それまでの妖艶で鋭さのあるものからいつも通りの純真さの宿ったそれに戻っていた。
ただ、眉根を寄せて悲しそうな表情をしている。
「実の娘の私から見ても目に余るお母様からのお姉様への冷たい仕打ち。それに反発することもなく黙ったまま従順でいるのは、ご自身でそう思っていらっしゃるからでしょう?」
瞳に悲しそうな色を浮かべて、ダリアはじっとソニアを見てからもう一度そう言い、ポスンと肩口に頭を預けて寄りかかった。
「私ずっと許せなかった。そんなお母様の仕打ちも、従い続けて諦めたようなお姉様も。生まれが何ですか? 庶子といえどお姉様の実のお母様は貴族の血を引く方ですし、肖像画に描かれる姿は凛として貴族然としているわ。何よりこんなに優しくて淑女なお姉様を産んでくださったのよ、伯爵夫人として相応しい方じゃない」
「……ダリア?」
「なのに、お姉様はご自身をも卑下なさって、家名に傷をつけないようにと冷遇されてもただ耐えている。お母様はそれを良いことに次々と嫌がらせのように難のある婚約者ばかりを選んでくる。許せなかった。不幸になるとわかっている結婚を大好きなお姉様にさせるなんて。だから奪ってやったのよ。お姉様を守りたかった」
「ダリア……」
「お姉様に幸せになっていただきたかったの。私が少し微笑んでみせたくらいで心変わりする人達がお姉様を幸せになんて出来っこないもの、婚約破棄して当然でしょう? そのことでもしもお姉様が気に病まれていたなら……それは申し訳なかったと思いますけれど」
ダリアはすまなそうに俯いてソニアの肩口に顔を埋めるようにした。
「でも、やっと現れたわ。いつも自分を押し殺してきたお姉様が心からお慕いすることが出来て、そして心から愛し返してくださる方が」
ダリアは顔を上げるとソニアに微笑んでみせた。
「行ってさしあげて。あの方ずっとお庭で待ってらっしゃるの。お姉様のことをずっと」
「待ってる?」
「ノーマン卿よ。お姉様のことを待ってるの。お姉様があの場を去られた後にあの方なんと仰ったか知ってらして?」
ダリアはそう言うと、そっとソニアの耳に顔を寄せ、ノーマンの言葉を伝えた。
「ダリア嬢、私は貴女との婚約は致しかねます。私がお慕いし妻にお迎えしたいと望むのは、貴女の姉君だからです、って。あの方そう仰ったのよ」
「ノーマン……」
抉られ続けてきた胸の奥を満たす言葉に、涙が込み上げてソニアは口元を覆った。
このまま彼の下へ走り出してしまいたい。けれど、とソニアは頭を振る。
「……だめよ、いけないわ。彼は貴女の婚約者になる人なのよ。ここで私が勝手をしたら酷い醜聞になる。それに、私にだってもう婚約者が——」
ソニアの言葉を遮るように、ダリアは、しぃっと口元に人差し指を当てた。
「大丈夫。何も気にする必要なんてないのよ、お姉様。今から私が言うことにただ頷いて、そして走り出せば良いだけよ。それでお互いの縁談のこともお母様のことも、心配なさっていることは全て丸く収まるわ。だってね、お姉様、私はあなたの婚約者を次々と奪う悪魔のような妹なのだもの」
そう言うと一拍置いてダリアは微笑んだ。
「お姉様、私の婚約者をあげるから、代わりにあなたの婚約者をくださいな」
その微笑みは、天使と見紛うばかりに優しさに溢れた麗しいものだった。
純真無垢な少女のそれのはずなのに、不思議と有無を言わさぬものを感じて、逡巡していたソニアは気づけばコクンと一つ頷いていた。
それを見てダリアも同じように頷くと、ソニアの腕を引いてドアを開け、背中をそっと押して廊下の先へと促した。
「お姉様、どうぞ心に素直になって」
まだ迷いのあったソニアの足は、優しく微笑んだダリアの言葉に押されてゆっくりと進みだす。
頭では、そんなことをしてはいけないと止める自分もいたが、諦めていた未来へと続く道を一度歩み出すと足は止まらない。
踏み出す毎に足の運びは早くなり、ソニアはやがて走り出していた。
「ノーマン!」
玄関から飛び出すと同時にノーマンの名を叫ぶと、庭の中心に佇んでいたノーマンが顔を上げた。その目はしっかりとソニアをみつめていた。
「ソニア嬢……」
「ノーマン卿!」
立ち止まることなくソニアが駆け寄って腕を伸ばすと、ノーマンも腕を広げソニアを抱き止めた。
「ノーマン卿、私もあの秘密の時間が何より大切でした。あなたに会えるのが楽しみでした。いつか終わると思っていたけれど、もしも諦めなくても良いのなら、この先もあなたと同じ時間を過ごしていきたい。あなたのことが好きです」
ソニアがノーマンの腕の中でしがみつくようにして身を寄せると、ノーマンが包み込むように抱きしめた。
「運命だと思える人にようやく巡り会えたのです、例え反対があっても守り抜きます。こちらからもお願い申し上げます。この先を私と共に重ねてほしい。ソニア嬢、貴女を愛しています」
いつか来るはずだった終わりが遠ざかり、共に歩める未来の始まりを感じながら、二人はギュッと抱きしめ合った。
♢
「聞きまして? 例の姉妹のお噂」
「聞きましたわ。またあの妹さんがお姉様の婚約者を奪ったそうですわね」
「それが実は、それだけではなかったそうよ。ご長女のお相手を奪うのはいつものことだけれど、今回はご自身の縁談も進められている最中だったそうなの」
「まぁ! それでいてお姉様の婚約者を奪ったっていうの? とんでもないお話ね」
「縁談の相手方に申し訳が立たないのじゃなくて?」
「そうなのよ。それで醜聞を恐れた奥方が、妹さんの縁談をご長女に振り替えたらしいの」
「ご長女を身代わりにしたってこと? 自身の婚約者を奪われたあげく、妹さんの後始末までさせられるなんて。縁談がどこまで進んでいたか知りませんけれど、この事態がもしもお相手の耳に入っていたらお怒りかもしれませんのに……都合の良い物のように扱われて、ご長女ったらつくづくお気の毒ね」
「そこまでして姉の物に執着するだなんて信じられないわ。全て手に入れなくては気が済まないのかしら」
「奪った後には興味がなくなるようですのにね。今回はご自分の縁談の後始末までさせているんですもの、きっとお姉様の幸せの邪魔をすること事態が目的で生きがいなのだわ」
「それが本当なら、やっぱり天使の顔をした悪魔ですのねぇ」
「なんにしても、可哀想なお姉上」
お読みいただきありがとうございます。
次から妹編に入ります。
回顧録的な感じになりますが、引き続きお読みいただけたら嬉しいです。




