第31話 エクストラギフト『破壊』
間が随分空いてしまい申し訳ありません。再開します。
時間を少し戻す。
プリンセス・アレー号下部展望室内。
「セシル様!」
アラデが『滅殺魔法・聖魔反転』の発動を見て叫んだ。あれは、相手が強ければ強いほど効果絶大になるという厄介な術式だ。
陣を描くだけでも膨大な魔力が必要だ。おそらく何百、何千という魔人が魔力を提供したのだろう。
基本呑気なアラデが本気で焦るのを見て周囲も青ざめた。
が、直撃を受けたはずのセシルは全く無傷で、その後幹部30体を次々になぎ倒し、最後に立ち向かってきた二刀流の魔人の刀をバキンと折った頃には、見ている者たちの瞳から光が消えていた。
なんだこれ。
あまりの無双ぶりに変な笑いさえ浮かんでくる。
「魔人は一体で国軍に匹敵するとか、魔大陸は想像を絶するとてつもなく恐ろしい世界とか言ってたの、なんだったんすかね。シュバルさん」
「ああ、何だか魔人たちが可哀そうな気になってきたよ。マークス」
「同感っす……」
「俺ら、何しについてきたダガ?」
「ダガルよ、それを言っちゃおしまいだゴズ」
「あ、なんかメチャイケなねーちゃん出てきたっキー!」
「彼女は大魔王の側近、ラルシオーグっす」
「ふむ、話し合いが始まったようだック」
「お姉さまとあんなに密接してお話を。なんと羨ま、いえなんと恐れ多いことでしょう」
「あ、危ない!」
アラデがまた叫んだとたん、セシルが吹っ飛んできてプリンセス・アレー号にぶつかった。さすがの慣性制御も追いつかず、ぐらッと船体が揺れた。
「セシル!」
「セシル様!」
「お姉さま!」
「エルフ姫!」
「姉さん!」
初めてのセシルのピンチに全員慌てるが、直後吹っ飛んでいったのは逆に魔人の女だった。
「なんか、デカい穴開けて埋まっていったゴズ」
「さすが姉さん、きっちり落とし前付けるダガ」
「心配して損したキー」
しばらくすると、今度は青年の魔人が現れた。さっきの女魔人を床に寝かせる。
「あれが大魔王ヴュオルズっす!」
「あれがか、アラデ。いよいよ大魔王との直接対決か」
「あれを倒したら魔大陸を征服したことになるゴズ?」
「いや、そういう目的でここに来たわけじゃないから。ハンター君」
「でも、セシルが大魔王を倒してくれりゃ、この魔大陸の調査研究がやりやすくなるんじゃないか? シュバルさん」
「そう簡単なものではなかろう。アラデのいうとおりなら、大魔王はよい統治をしている。よき領主を倒すと、領民から反感を買うだけではないかな」
「じゃあ、倒すより、降伏させればいいダガ?」
「そうだな。魔人は力を認めた者には従うはずだ。さっきからセシルは手加減しているようだし、わかってやっていると思うぞ。あのエルフ姫、結構賢いからな」
そう言いながらシュバルはアラデを見た。大魔王もアラデのように取引に応じてくれればよいなと思いつつ。
ん?
シュバルは異臭を感じた。スラムで嗅いだすえた臭いにも似た、ごみや排せつ物が腐ったような酸っぱく鼻につく臭い。
「くっさ!」
アラデが涙目になりながら鼻をつまむ。
「毒か!? 姫殿下、これを!」
ガリウズがアレー王女にくちばし型の魔道具を装着する。毒や細菌攻撃を防ぐフィルターの効果があるものだ。さすが護衛騎士、準備は怠りない。
「ぐわあ! 目が痛いゴズ!」
「チョーキー! 清浄魔法ダガ!」
「承知キー!」
「わたくしも!」
チョーキーとアレー王女が毒を無効化する清浄魔法をダブルで掛ける。臭いが消えた。
臭いの正体は毒ではないが、清浄魔法には汚れを落とす効果もある。結果オーライである。
その時、右手を失ったセシルがスピンしながら展望室の横を飛んで行った。
「やばい!」
「お姉さまの腕が!」
「セシル様!」
「姉さん!」
今度こそ本物のピンチに口々に悲鳴を上げる。
「うおおおおお!」
展望室に一人、唸り声をあげる者がいた。
「え?」
「誰だ?」
「あれは?」
「げ、撃滅のエツロウ様!? なぜここに!?」
赤い髪を逆立て、拳を振り上げて唸っている男は、悦郎だった。そしてしゃがみながら床をがんと拳で打った。
放射状にひび割れが起き、大きな音を立てて床が抜け、人一人分の穴が開いた。気圧の差で空気が外に漏れだす。現在は低空で静止状態なので外に吸引されるほどではないが、それでも結構な勢いだ。
「姫殿下! しっかりとバーをお持ちください!」
「ガリウズ! 撃滅のエツロウ様の身柄を!」
「わかっておりますが、今は姫殿下の安全確保が先です!」
「俺らに任せるダガ!」
ハンターたちが取り囲むが、悦郎は一顧だにせず、床の穴から外に飛び出した。
「落ちたゴズ!」
「いや、セシルと同じだ。彼も空中浮遊が出来るんだ」
マークスの言葉通り、外に悦郎が浮いていた。
ワンテンポ遅れてプリンセス・アレー号の装甲に内蔵された非常壁がスライドして穴をふさぎ、仮復旧する。
悦郎が大きな声で向上を述べた。
「ハルド王国勇者にして、人類最強無敵の男! 東方の魔人こと破壊の大魔王・撃滅のエツロウ! ここに推参!」
◇◇◇◇
「大魔王ヴュオルズ・ガフ・ゼーゲルガンプよ。この世に大魔王は二人要らぬ。ただちにその二つ名を返上し、野に下るがよい。逆らうなら命はない」
「また我を愚弄するか!命乞いするのは貴様の方だ!」
「ちょと大魔王! 今私と戦ってるんだけど!?」
「女、貴様との勝負は預ける! この下種を殺した後でな!」
「それも困る!」
「セシルか……」
ようやく気付いたかのように、悦郎はセシルを見た。
赤い髪に、異世界効果でパネマジ加工されたイケメン顔だ。
セシルを見る目はやや焦点がぼけており、流し目っぽく見えないこともない。
セシルは自分の鼓動が早くなるのを感じた。
(3日ぶりのえっちゃん! 赤髪似合ってるし、なんだかめっちゃヒーローっぽい! セリフもキレッキレ! あ、そうか、ここにはえっちゃん半年くらい前に来てるんだから、キャラ付けにしっかり馴染んでるのね。なんせ東方の魔人だもんね! 新米ハンターのわたしとは格が違うわ!)
などといささかピントのずれたことを考えているセシルである。
(じゃない、二人を止めないと! あの大魔王マジヤバ!)
だが、呆けたことを考えている間に二人は戦闘に入ってしまった。
がん!
拳と拳が打ちあう。ヴュオルズは腰をぐっとひねり十分体重の乗った右ストレート。空中で体重が乗ったというのも不思議だが、安定感のある玄人のパンチだ。対して悦郎は肩すらも入っていない、腕だけを振った素人パンチ。
だが打ち合った音は低く重く、拳と拳の間が虹のように輝いた。衝撃が対になって広がり、二人を包む空気が歪んでみえる。
前回はこの悦郎のパンチになすすべもなかったヴュオルズだが、今は互角の勝負をしていた。
セシルはこの時、悦郎と大魔王が同じ能力を使っていることに気が付いた。
さっき自分が受けた、50万人のセシルの可能性を『なかったことにする』能力。
それは、あらゆるモノや事柄を『破壊』する能力。
セシルのセンサーが鑑定魔法を超える解析能力と知識を持っている理由。それもまた高次空間によるものだ。そこには過去、現在、未来の可能性宇宙が同時並列的に存在している。すなわち全世界記憶である。
これを検索参照し読み込んでいるのだ。
高次空間の操作に熟達しつつあるセシルは、眼前で何が起きているのかを正しく理解した。
セシルがギフトを得ている以上、同様に異世界から転移した悦郎がギフトを受けていないはずはない。セシル自身のギフトが『創造』なら、悦郎のギフトは対を成す『破壊』。
もう一つの『再生』に対応する能力はまだわからないけれど、破壊と創造はたいがい一括り、一対だ。
『スクラップアンドビルド』ってよくいうし!
そして大魔王ヴュオルズは、何らかの方法で『破壊』の能力を真似た。ゲームでも『ラーニング』とか『てきのわざ』とか、能力のコピーをする能力、よくあるスキルだ。結構便利だし。
セシルが看破したとおり、大魔王のギフト『模倣』が悦郎の技をコピーしていた。
しかし、実は完全にはコピー出来なかった。
ヴュオルズの全力で、ようやく悦郎のへなちょこパンチに拮抗しうるという段階だった。
大魔王の『模倣』はその名のとおり相手の技や能力を自分のものにすることが出来る。だが、原理的に再現が難しいものは表層のみの模倣に留まることがある。
たとえば、ヴュオルズにはしっぽがないため、しっぽ技をコピーしても再現できない。手は二本だから、四本腕や六本腕を前提とした攻撃もそうだ。魔力で仮想的なしっぽや腕を作り使役することは出来るが、それはどうしても元の威力のままとはいかない。
そこでヴュオルズのもう一つのギフト『進化』が活きてくる。『模倣』で取り込んだ能力をヴュオルズの肉体に最適化し、更に既存の能力と組み合わせたり強化したり出来る。
ヴュオルズは、悦郎の『破壊』を『進化』させ、自身のオリジナル技にするつもりだった。
だが、肉体の損傷が大きかったため、うまく能力をなじませることが出来ていない。その不完全な状態で悦郎との再戦を迎えてしまったのである。
実のところ、ヴュオルズのコピーが不完全な本当の理由は、ヴュオルズの『模倣』や『進化』がノーマルギフトで、悦郎の『破壊』がノーマルをはるかに超えるエクストラギフトであるためなのだが、それはまだ誰も知らない。
故に。
初撃こそ互角であったが、二撃、三撃と打ち合いを繰り返すうちにヴュオルズは劣勢になった。見た目は格闘のプロのヴュオルズがへっぴり腰で素人丸出しの悦郎を軽くいなしているように思えるが、追い詰められているのはヴュオルズの方だった。
セシルは感心して傍で見ていた。
さすがえっちゃん、圧倒的じゃない。でも優しいな。手を抜いたげるなんて。
悦郎は別に手を抜いているわけではない。格闘技の経験といえば中学校の体育で柔道を習ったが、もっぱら受け身ばかり練習させられていたし、喧嘩なんてこれまで一度もしたことがない。
アクションゲームのノリで適当に手足を動かしているだけだ。コマンド入力で技が出せたら楽なのになー、などと思いながら。
そんな大雑把なパンチやキックに必死の全力で対応している大魔王も哀れである。そしてついに大魔王も対処しきれなくなった。
ばっこおおおおん!
悦郎の腕ぐるぐるパンチがヴュオルズを捉えた。大の字になって吹き飛び、魔王城の壁にめり込んだ。
「ぐはっ!」
大魔王は口から鮮血を吐いた。しかしそれを腕で拭うと、再び飛び上がる。
「まだまだぁ!」
ヴュオルズが瞬時に距離を詰めスピードを乗せたパンチを繰り出す。悦郎は虫を払うように腕を振った。
ごっきいいん! どごおおん!
またヴュオルズは吹き飛び、城に二つ目の大穴を開けて奥までめり込んだ。
悦郎に対抗しうる『破壊』の力が失われていることに驚愕しつつ。
悦郎が、ヴュオルズの『模倣の破壊』そのものを破壊したのだった。あらゆるもの、あらゆる理、あらゆる概念を破壊する。それが悦郎のエクストラギフト『破壊』であった。
「ヴュ、ヴュオルズ……、様……」
バルコニーに寝たままのラルシオーグが轟音に震える城の中で起き上がろうとしている。
「三魔将、三魔王、大魔王様を……、お護りしなさい……」
声を振り絞る。同時にラルシオーグの周囲にバルコニーに六つの魔法陣が描かれた。
「御意」
6人の魔人が魔法陣から現れた。これは魔法ではなく、ラルシオーグ秘蔵の魔道具、転移門だ。大陸に送った時にもこれを使った。転移対象とは事前に契約が必要だが、大魔王の配下はすべて契約済みなので改めて準備は必要ない。ヴュオルズは面倒なことは苦手なので、ラルシオーグが各魔人と契約し、ラルシオーグが大魔王と契約することで結果的に大魔王が全魔物と契約出来ている状態である。
6人の高位魔人は、主契約者である横たわったラルシオーグを哀れに見降ろすが、指示された命令にラルシオーグの介抱はなかったため、半分がヴュオルズがあけた穴に向かい、半分が悦郎に向かって飛び出した。




