第30話 東方の魔人再び
正直、ラルシオーグは自分には勝ち目がないと思っていた。
だから、セシルとの戦闘は出来れば避けたかった。
セシルは三魔王を瞬殺した力の持ち主だ。それに大魔王ヴュオルズを歯牙にもかけなかった東方の魔人の係累である。そもそもラルシオーグは知略派であって、武人ではない。
知略派といいながら結局セシルの提案にまんまと乗っているところで、五十歩百歩であるのだが。
セシルと戦わずに帰れと一度は言ったし、普通の魔族なら先ほどのように長々と話し合いはしないので、魔族基準ではかなりの知将であると、一応弁明しておこう。
それとて、セシルに色々聞かれたからなのだが。そう、セシルに言われると正直に従ってしまう例の現象である。
それはともかく、ラルシオーグに勝機が唯一あるとすれば、開始直後の先制しかなかった。全魔力を乗せた超高速ストレートパンチ。魔人としては非力なラルシオーグだが、魔力の扱いには長けている。魔力で最大まで強化された拳には魔王クラスに匹敵する破壊力があった。
もしこの時セシルが普通に大地に踏ん張っていれば、多少なりともダメージを受けたかもしれない。
だが、セシルは慣性制御で浮いていた。理由は簡単、空中に張り出したバルコニーから落ちたら怖かったからだ。スクランブルなバックパックは収納したので、何かの拍子で踏み外したり、あるいは落とし穴のような罠が合ったら嫌だなあと思っていたのだ。
よって、パンチのパワーによりセシルは射ち出された砲弾のように吹き飛び、背後はるかにあったプリンセス・アレー号にぶつかって止まったのである。衝撃でプリンセス・アレー号も斜めにずれる。
驚いたのは殴ったラルシオーグの方だった。
なにこの女、全然弱いじゃないですか!
びびって損いたしましたわ!
翼を一度はためかせ、空中に躍り出る。追撃だ。
無力化したセシルを捕らえ、それを餌に東方の魔人を誘い出す。
大魔王様もお喜びになるだろう。
そんな妄想をしていたのは、ほんの僅かの時間だった。
「ゴングも鳴らさずに、ずるくない?」
セシルが迫るラルシオーグの直前に瞬間移動し、デコピン一発をお見舞いする。
今度はラルシオーグが弾丸のように吹っ飛んだ。ピッチャー返しのライナーのように魔王城のバルコニーに超高速で突っ込み、ドガンと大穴を開け城内部にめり込んだ。
しばらくして土煙が晴れるが、ラルシオーグの姿はない。
セシルは用心しながらバルコニーに着地した。
開いた穴を覗く。相当深いところまで掘削したようで、暗くてラルシオーグがどうなったのか視認出来ない。
探知で調べればいいのだが、デコピンでのけぞったまま城に突っ込んでいったので、顔面で穴を穿つ格好になっていた。
いろいろグロテスクな想像をしてしまい、確認するのをためらうセシルであった。
逡巡していると、城がごごごと揺れた。
「また我が都で暴れるか! 人間!」
若い男性の声が轟いた。城の中からである。殺気を感じたセシルが空中に浮かぶ。直後、バルコニーに人影が現れた。
ぐったりしたラルシオーグを抱いた若い男性が現れた。黒いレザーのぴったりしたスーツに身を包み、背中に蝙蝠のような翼が生えている。ラルシオーグと同系統の魔人のように見えた。
ラルシオーグは五体揃ってはいるようだが、着ていたドレスはボロボロになっていた。顔は髪に隠れて見えない。
男にお姫様抱っこされているのだが、その言葉のように甘い雰囲気は全くない。むしろ凄惨な光景である。
「ヴュオルズ様……。申し訳ありません……」
「喋るな。お前はこのところ失敗続きだが、本をただせば我の弱さが招いたことだ。後は任せよ」
ヴュオルズ。大魔王はラルシオーグを岩の床に横たえた。
その行為は雑な扱いのようにセシルには見えたが、けが人など放り投げるのが当たり前な魔人としてはとても優しく丁寧な所作だった。
実のところ、ラルシオーグは大魔王にキュン死しそうになったのである。その前に実際に死にかけているが。
大魔王は空中に浮かび、セシルの高さに並んだ。
「我はヴュオルズ。大魔王ヴュオルズである。我が都、我が配下に手を出すものは我が鉄槌を受けると知れ」
「え? ラルシオーグさんは許してくれましたし、ラルシオーグさんと戦ったのは合意の上ですけど?」
「問答無用!」
やっぱ魔人って野蛮な脳筋!
大魔王がこれだから、みんなそうなっちゃうのかな? 最初のシェゼンとかも話聞いてくれなかったし。
そういえば、この場面って大魔王の部下が一斉にわらわら出てくるシーンじゃないの?
大魔王、ここは私がとか、大魔王、お下がりください、こ奴など……って感じの。
なんでぼっちなの?
ラルシオーグさんも重要ポストみたいだけど一人で出てきたわね。戻ってきた三魔王も手伝わせることもなくそのまま帰しちゃうし。
魔人って、そういうもの? 協力プレイしないのかな? 魔都直衛部隊は一応集団戦闘してたけど、あれも対応そのものはシェゼン一人に任せてた感はあったわ。
セシルは会社に勤めたことがないのでピンとこなかったが、これはいわゆる社長案件というものである。
部下の出番はトップがあれこれ決めた後だ。無茶振りの後始末係である。トップ会談自体に首を突っ込むのは馬鹿のすることだ。トップクラスが表に出てきた以上、その場では部下は関与しない。
会社だけではない。政治家や官僚もそんなものだ。方針を決めるのがトップ、具体的な実務に落とし込み、実行するのが部下の役割だ。立場を超えた行動をすれば疎んじられるだけである。
出過ぎた真似はしない。
それが処世術というものだ。
ヴュオルズのストレートパンチがセシルを襲う。空中で踏ん張るのは魔人の得意技なのか、宙に浮いているのに体重を乗せた重いパンチが繰り出される。もちろん魔力も十分纏っている。
セシルはそのパンチを片手で受けとめようとした。
セシルは、自分の超人的パワーや防御力が、高次空間操作によるものであることをすでに見抜いていた。無数に重なる平行宇宙の無数のセシルが高次元を通じ無限かつ同時に重なっているのだ。
いかに重い物でも、無数に分散すれば限りなくゼロになる。どんな攻撃でも無数に分散すればダメージは受けなくなる。一人一人のセシルは普通の体重でも、無限に重なれば宇宙の総重量より重くなる。
そして軽いデコピンでも、無限に重なれば宇宙開闢のエネルギーをも超える。
理屈はわかった。ただ、高次元空間の操作がなぜ出来るのか、ということはやっぱりわからない。
もちろんギフトによるものなのだが、そのギフト自体は未だブラックボックスである。
だから、セシルはヴュオルズの攻撃など難なく受け止められると確信していた。
ぼきいいい!
セシルの右腕が指先から肘まで砕けた。ヴュオルズの拳を受けて、その衝撃に耐えられなかったのだ。それだけでなく、セシルの体がコマのように宙を舞う。ヴュオルズは捻りを加えていたようで、セシルはスピンしながら、今度はプリンセス・アレー号にぶつからずにその横を吹っ飛んでいった。
あれ?
なんで?
驚愕しつつも大急ぎで右腕を再生し、ジェットなスクランブルパックを一瞬で背中に装着、さらに黒剣を空間抜刀する。黒剣は聖魔反転の魔力を既に吸い終わっていた。ジェットエンジンを吹かし、反転。剣をまっすぐ伸ばしてヴュオルズに突進する。
サイバーン戦の時の衝角攻撃だ。瞬間的に音速を超え、衝撃波が発生する。
黒剣は5百体分の闇魔法と、滅殺魔法・聖魔反転を吸収しているが、貯蔵出来る魔力量にはまだまだ余裕があった。黒剣表面に聖魔反転をうっすらと帯びさせる。これで、魔力の大きなものに対するほど切れ味が良くなる。その状態でも闇魔法を発射することが出来るようだ。発射する魔法は切り替え可能だ。あらかじめ火魔法や雷魔法などを吸収しておけば、魔法の使えないセシルでも魔法攻撃が出来る。
使い勝手の良い剣である。
弾丸のように迫るセシルをヴュオルズがひらりとかわす。が、それはセシルも予期していた。直線的な動きだから超音速程度では捉えられない。
なので、かわされた瞬間にわずか後方に瞬間移動する。
それはヴュオルズがかわした先だった。
腕を破壊された時、折れた骨の一部をヴュオルズの胸に射ち込んでおいたのだ。
これを空間転移の目印にして追尾している。
肉を立つ感触。咄嗟にクロスするように胸を防御したヴュオルズの両腕を黒剣が刺し貫いた。
その姿勢のまま、ヴュオルズがセシルの腹を膝蹴りした。
がごん!
セシルの体がへの字に浮くが、吹き飛ぶことはなかった。ヴュオルズの腕から黒剣を引き抜き、後方に下がる。
「女、なかなかやるな」
腕から結構な出血をしながらも、ヴュオルズがにやりと笑う。
セシルは無言だった。
考えていたのである。
実は、常に無限のセシルを重ねているわけではない。無限を扱うと計算が複雑で、面倒だからだ。
実用的には、たとえばダガル相手なら百人のセシルを重ねれば十分だ。
要素が有限個であれば制御はうんと楽である。
ラルシオーグ戦では念のため5千人のセシルを重ねた。その結果はチョットヤリスギな感じになったので、ヴュオルズ戦も5千人のままで始めた。
その5千人のセシルの可能性を、ヴュオルズは破壊し、現実世界のセシルにダメージを届かせた。
もちろん大魔王の一撃がそのままセシルに届いていれば腕どころか全身バラバラになっていたはずだ。5千人のセシルの防禦が攻撃のエネルギーを分散したのだ。
魔人が持つ魔のエネルギーの大元は高次空間からの誘導エネルギーである。一旦エネルギーとして取り出し、それを始原として魔法を発動する。変換効率が100パーセントということはない。どうしても一部は光や熱になって失われる。
高次空間操作そのものであるセシルのギフトは魔族が使う魔法よりもはるかに効率がいい。
にもかかわらず、5千人のセシルの単純な重ね合わせは破られた。そこで、今突撃した時は攻撃を受けなかったセシルを5万人重ねてみた。それでもヴュオルズの攻撃は通ったが、10倍になった防御により筋肉や内臓が傷つくことはなかった。子どもに蹴られたぐらいの衝撃だった。
しかし、5万人を重ねて攻撃が通るということそのものが不可解だ。単純に防御を重ねたわけではなく、攻撃を受けない可能性を重ねていたのだ。なのに、まるで防御する可能性がなかったかのように攻撃がすり抜けてくる。
セシルは再度ジェットを吹かした。
今度はヴュオルズの首を刎ねるセシルを50万人重ねてみた。
その状態を維持しつつ、瞬間移動でジグザグに距離を詰める。これは避けられまい!
ヴュオルズの直前に転移して、黒剣を一閃。
だが、ヴュオルズは黒剣を握って止めた。
セシルは即剣を引き、瞬間移動で距離を取る。ヴュオルズの指がポロポロと落ちたが、首を刎ねることは出来なかった。
この大魔王、可能性を破壊している!
セシルは合点がいった。ということは、ヴュオルズも高次空間操作が出来るということだ。多元宇宙に干渉し、セシルが重ね合わせた可能性をバラして無効化しているのだ。
なかなか厄介な相手ね。即死瞬間移動も相手が高次空間操作が出来るなら意味ないわよね。
さて、どうしたものか。
黒剣を覆う聖魔反転の被膜を厚めにし、正眼に構える。
体内深く斬り込み、その上で聖魔反転を発動させれば……。
その時。
「ハルド王国勇者にして、人類最強無敵の男! 東方の魔人こと破壊の大魔王・撃滅のエツロウ! ここに推参!」
突然、声が上空から轟いた。
「えっちゃん!」
「東方の魔人!」
二人が見上げた先に、悦郎が腕を組んで立っていた。空中を踏ん張るようにして。
「やっぱりここにいた!」
「愚か者めが。この女共々、我が成敗してくれるわ!」
「大魔王ヴュオルズ・ガフ・ゼーゲルガンプよ。この世に大魔王は二人要らぬ。直ちにその二つ名を返上し。野に下るがよい。逆らうなら命はない」
悦郎のそのセリフは一言一句五日前のものと同じであった。
セシルがそのことを知っていたら、おかしいと感じただろう。悦郎は何かに操られているのではないかとも。
だが、セシルは初めて聞く口上であったし、ヴュオルズはただ頭に来ただけであった。




