親子
久しくみた母さんは僕の想像するような母親ではなかった。ボサボサのショートヘアにアホ毛が目立って、驚くほどに老け込み、乱れたメイク。濃紫なアイシャドウが目立ち、アイライナーが左右非対称で異様な違和感、言葉を言い換えると異彩を放っている…とでもいうだろうか。
そして、見るに耐えないほどに憔悴しきっている。
「母さん…なんでここに?」
「なんでって、せっかくの入学式じゃない。ほらっあそこ、パネルの前で写真撮りましょう?」
母親は今にも折れそうな細い指で僕の袖を摘み、校門の方へ歩き出す。
「待って母さん」
僕は母さんを止めていた。こんな状態の母親を周りの人に見られたくなかったのだ。それは母親のためじゃなく、僕が恥ずかしい思いをしないために。
「どうしたの?」
「もう少し空いてからにしよ……ほら、」
僕は校門の前に集まった人だかりを指さして、念を押すように言った。
「あら本当ね、……わかったわ」
悩む様子もなく母さんは承諾した。僕の心情を察したのだろうか、僕らは木陰に移動して人気が止むのを待っていた。
沈黙がしばらく続いた。それに耐えかねたのか母親が先に口を開いた。
「友達はできた?」
「……まあ」
「そう。お母さん安心したわ」
僕に向けて微笑んだ、昔の母さんに戻ったみたいに。本当のことを伝えれば今頃母親は哀しそうな顔をして俯くに違いない。僕ら二人の間に、隙間を縫うような生暖かい風が吹き込む。いつもなら嫌気がさすはずの時間が今だけは心地よく感じた。
もしかして式典の際もいたのだろうか、僕が気づけなかっただけで――
「それでね、今日は張り切ってケーキ買っちゃったの」
「ケーキ…?」
「うん、昔透はよく甘いもの食べてたでしょ?入学祝いするならやっぱりケーキかなって」
愉快なトーンで、そして照れくさそうに右手を頬に当てながら母親は言う。
ケーキなんて片手で数えるくらいしか食べたことなかった。どんな味がするのかさえも忘れていた僕は素直に喜んでいいかわからない、しかもそれなりの値段はするはずだ。
「……ケーキじゃないほうが良かったかしら」
母親が顔を覗き込んできた。思わず顔に出てしまったのだろう。
「いや、そんなことないよ母さん…嬉しいよ。でも、高かったでしょ…」
僕は恐る恐る母親の顔を伺う。
「高いだなんて、そんなこと気にしないでいいのよ。まあ、これから少し節約しないといけないけど」
相変わらずの笑顔でそう答えた母親は校門の方をチラッと見た。
「そろそろ空いてきたわね、これなら並ばずに撮れそう」
その言葉に釣られて校門に目を向けると、先ほどまで二十人ほど並んでいた行列が見当たらなくなっていた。
「うん、そうだね」




