望郷と散財の境界線キュ
待機生活の寂しさと暇な時間を「ピ」で豪快に埋める聡美
今回も転生神に無茶な要求をするが・・・
夜の小屋。パチパチと爆ぜる焚き火の音が、静かな結界の中に響いている。
聡美はmPADを膝に置き、揺れる火をじっと見つめながら、ふと思いついたことを口にした。
「ねえ、転生の神さん」
『はいはい、今度は何? ピの限度額を上げろとかいう不当な要求?』
「ここになおちゃんを転生できないキュ?」
『無理。』
即答。0.1秒の迷いもないシャットアウトだった。
『ところで、なおちゃんって誰?』
「大学の親友キュ。なおちゃんが居たら、私こんなに無駄な『ピ』をしないのに〜」
『絶対ウソだね。断言するよ、100%ウソだね』
「ほんとキュ! なおちゃんが居たら、『聡美、まんじゅう買いすぎじゃない?』って、あの鋭い視線で怒られるキュ。そしたら私もピする前に、これが本当に私のQOLに直結する必要不可欠な資産か……? って自問自答して冷静になれるキュ。なおちゃんは、私の『散財抑制デバイス』キュ」
『……その理屈なら、仮になおちゃんが24時間体制で隣に常駐したとしても、お前の暴走は止まらないよ。結局は「なおちゃんも食べるキュ? 必要経費だもんキュ」って言って、二人分まとめて『ピ』する未来しか見えない。俺の神としての演算結果がそう告げている』
「……。……否定できないキュ。なおちゃん、こしあん派だし」
『ほら見ろ!! むしろ被害額が倍になるだけだよ!! 天界の財政をこれ以上追い詰めないでくれ!!』
「なおちゃんが来ないなら、せめて『なおちゃんの等身大抱き枕』をmamazonで探すキュ……」
『やめろ!! それが一番「本当に必要か?」って案件だろ!!』
* * *
◆ 合理的な涙 ◆
翌朝。
聡美は、いつものように目を覚ました。窓から差し込む朝日、鳥のさえずり。変わらない、異世界の朝。
「……今日も待機キュ……」
起き上がって、昨日届いた段ボールを見る。まんじゅう詰め合わせ。
「……なおちゃん、いたらなあ……キュ……」
ぽつりと呟く。なおちゃん。いつも厳しくて、でも優しくて。
聡美の無駄遣いを叱ってくれる、唯一の人。
「……会いたいキュ……」
涙が、こぼれそうになった。
でも――。
「……泣いてもしょうがないキュ。mamazonで、癒しグッズ探すキュ……」
彼女は力強くmPADを手に取った。悲しみを「ピ」で上書きする。それが、今の彼女にできる唯一の「感情の合理化」だった。
* * *
◆ 帰還フラグ:一時保留 ◆
異世界の二つの月が、静かに小屋の屋根を照らしていた。
「……なあ、聡美」
いつもは怒号か悲鳴ばかりの神様が、ふと、凪のような落ち着いた声で話しかけてきた。
「キュ? 急に真面目なトーンでどうしたキュ。また経費の差し戻しキュ?」
『いや、そうじゃない。……もし、"今すぐ現世に戻れるゲートを開く"って言ったら、お前、戻るか?』
小屋の中に沈黙が流れる。
mPADの画面には、膨大な「Kindle Unlimited」の読書履歴と、"最近購入した商品:異世界キュレル・まんじゅう詰め合わせ"のリスト。
「……ちょっと考えるキュ。爆速のWi-Fiがあって、なおちゃんと深夜までファミレスで話せるのは、正直めちゃくちゃ恋しいキュ。あっちの世界の方が、私の『合理性』には合ってる気がするキュ。でも……」
聡美は少しだけ悪戯っぽく笑った。
「ここは『ピ』一つでなんでも空から降ってくるし、虫もいないし最高キュ。……『ピ』と『まんじゅう』さえあれば、私、どこでもやっていける自信がついたキュ。この『こしあん』の素晴らしさを、こっちの世界の住人にも広めたいキュ。それが私の、新しい『合理的目標』だキュ」
『……了解。転生帰還フラグ、システム上で「一時保留」に書き換えとくよ。……ただし、明日の朝からmamazonの注文は、せめて一時間に一回までに抑えてくれよな』
「善処するキュ!」
* * *
◆ 神の憂鬱、勇者の安寧 ◆
一方、天界。
転生の神は、デスクで頭を抱えていた。
「……多元宇宙統括本部からの返事、まだ来ない……」
目の前には、山積みの書類。
・橘聡美の処遇について(再々々検討)
・異常な経費使用に関する釈明書(第47版)
「……あの子、いつまで待機させればいいんだ……」
その時、リストバンドの通知が鳴った。
【購入通知:異世界無印良品 こしあんの香りキャンドル×10】
『……また買ってる……』
深い、深いため息が天界に消えた。
こうして、聡美の異世界ニート勇者(待機中)生活は、終わりを告げることなく、より深く、より甘く、異世界に根を張っていくのであった。
ついに帰還フラグすら「保留」にしてしまった聡美。
異世界で勇者として、彼女が本格的に動き出す日は来るのか?
……まあ、当分はクッションから動かないでしょう。




