前編
第1章 前編
1.最悪な出会い
20xx年、日本でカジノ法が可決された。それに先駆け、香川零は東京都にカジノを開いた。しかし、観光業の発展に伴い、カジノ周辺の治安が悪くなった。それにより、彼、香川零は、中学、高校時代と格闘家として名をはせた森琴葉を警備員として連れて来た。
――わぁ。
琴葉は驚く。
「ここが君に働いてもらうカジノだ」
正面玄関が開き、中へ入ると、巨大な空間が広がっていた。カジノディーラーがカードをきったり、コインを集めたりしていた。
「お帰りなさい。オーナー」
カジノディーラーたちはオーナーの姿を見ると、一礼する。琴葉は彼、零の後ろをついて行く。
「オーナー」
ひとりの男性が零のもとへやって来た。
「紹介しよう。彼はこのカジノの支配人の香川樹だ。私の弟でもある」
零がそう紹介する。
「初めまして」
琴葉は一礼した。が。
「あなたには通常の10倍の給料を積んでいるんだ、命に代えてまでもこのカジノを守ってもらう。いいですか」
彼、樹はぴしゃりと言った。
「え。あ、はい」
琴葉はあんまりな言い方に茫然とした。
「樹、そう敵意を出すな。経営は私に任せておけ」
零は樹をなだめる。
「はい。オーナー」
樹は零に一礼する。
「では、支配人。彼女を持ち場へ案内してくれ」
零は樹に頼む。
「琴葉さん。こちらへ」
「はい」
琴葉は樹のあとをついて行く。
「あ、あの。私の給料って、通常の10倍なんですか?」
琴葉は彼に問う。
「えぇ。そうですよ」
樹はさらりと答える。
「やっぱり、オーナー本当だったんだ」
「言っておきますが、私はあなたの雇用には反対しました」
「え!?」
琴葉は突然の言葉に驚く。
「元格闘家か何か知りませんが、警備員10人分の価値があるとは」
「う」
――すっごい、嫌味。
琴葉は面食らった。
「三浦さん。新しい警備員の森琴葉さんです」
樹は、これからの琴葉の同僚になる三浦大翔に彼女を紹介した。
「初めまして。よろしくお願いします」
琴葉は頭を下げる。
「へぇ。君がねぇ」
――ん? 何だろう。この感じ。
「給料が10倍だからって、えらそうにするなよ。俺が先輩だからな」
「え。あ、はい」
琴葉は再び、面食らう。
――やっぱり、知られている。これは大変かも?
「では、あとは任せましたよ」
樹はそう言い残し、立ち去った。
「おい。お前、名前は?」
大翔は横柄に言う。
「森琴葉です」
「ふぅん。そうか。いいか、ここでは実力がものをいうんだ。いいな?」
「はい」
琴葉は気にせず、頼もしく返事をした。すると、背後から声がした。
「また、新人いじめ?」
「そうだよ。新人には優しくな」
村上杏奈と藤井律だった。二人はカジノディーラーでカップルでもある。
「お前ら! お前らはディーラーだろ! 警備じゃねぇじゃん!」
大翔は言い返す。
「でも、オーナーの意向よ。仲良くしなさい」
杏奈は彼に指さして言う。
「ちっ」
大翔はそっぽを向いた。
――あれで警備が務まるのか、見ものだな。
樹は遠くからそれを見ていた。
2.カジノ強盗
「きゃー!」
カジノに叫び声が響いた。パンッ! パンッ! 銃声も響いた。カジノに二人組の強盗が入ったのだった。
「お前ら!」
大翔は彼らに対応する。しかし、大翔は銃を持つ手を射抜かれて、人質になってしまった。
「動くな!」
強盗は叫ぶ。ほかの警備員たちは、人質になった大翔のために動けない。
「支配人!」
ディーラーたちが彼のもとへ集まって来る。
「警察へ通報して下さい」
「はい」
杏奈は警察に通報する。
「動くな!」
琴葉は背後から強盗に近づいていた。そして、銃を突きつける。
「てめぇ!」
強盗は琴葉へ銃を向けようとする。が、彼女は銃をひとりへ投げつけると、もうひとりを羽交い絞めにし、制圧した。ひとりは銃を落としたが、次にナイフを取出し、琴葉へ向かってきた。彼女は回し蹴りでナイフを落とすと、顔への足蹴りで制圧した。
「警察はまだ!?」
琴葉は強盗を取り押さえながら叫んだ。
「さっき、通報しました!」
杏奈は慌てる。5分後、警察が到着し、犯人二人を逮捕、連行した。
「琴葉、ありがとう」
大翔は礼を言う。
「どういたしまして」
琴葉は微笑む。
「それから、ごめん。初対面でいやなこと言って」
「いいよ。大丈夫!」
琴葉は笑顔で答える。
「よかったね。大翔」
律は彼と肩を組む。
すると、琴葉は樹と目が合う。
――あ。
「思い上がるな」
樹はそう一言言うと、立ち去った。
「相変わらず、厳しいわね。支配人」
杏奈が横から話しかける。
「私の雇用には反対されているので」
琴葉は少し申し訳なさそうに言う。
「ま、俺も最初は反対だったからな」
大翔が話に入って来る。
「あなたとは違うでしょ」
杏奈はぴしゃりと言う。
「う」
大翔は言葉に詰まった。
「さ、仕事。仕事」
杏奈はそう言うと、他の二人と立ち去った。
――ありがとう。
琴葉は三人の後ろ姿を見て、微笑んだ。
3.ホテル王の来店
「ようこそ。カジノへ」
杏奈が笑顔で接客する。来店した彼は、田村翔利。隣接するホテルグループの会長をしていた。
「いらっしゃいませ」
樹は頭を下げる。
「今日はルーレットかな」
田村はあたりを見渡す。
「おや。彼女は?」
彼は琴葉を見て言う。
樹は一瞬、戸惑うが、すぐに答えた。
「新しく入った警備員です」
「そうか。名前は?」
田村は聞く。
「森琴葉といいます」
「ほう」
彼はそう言うと、琴葉に近づいていく。
「君」
琴葉は彼の声に振り向く。
「はい。何でしょうか?」
「いや。あまりにも似ていたもので」
「似ている?」
琴葉は首を傾げる。
「このカジノのオーナー、香川君のご令嬢に」
田村は少し微笑む。琴葉が驚いていると、彼は続ける。
「彼のご令嬢はアメリカのニューヨーク州で弁護士をしている。きっとさみしかったのかな」
「え?」
「夏にはバカンスを利用して日本へは帰って来るが、彼女も忙しい。それ以外は連絡があまり取れないからね」
田村は微笑む。
「お嬢様のことは初めて聞きました」
「そうか。彼も秘密主義だからね」
田村はそう言い、微笑むと、ルーレットのところへ向かった。
――オーナーの気持ちかぁ。
琴葉は田村の後ろ姿を見ながら、微笑んだ。
「……」
樹はそれを黙って見ていた。
4.復讐者
パァンッ! カジノ内に銃声が響き渡った。ディーラーは驚き、客は逃げ惑った。
――いったい何が!?
琴葉は銃声のした方を見た。そこには、銃を持った男性がいた。
「オーナーを出せ!」
――どういうこと!?
琴葉は間合いを狭めようとじりじりと接近していた。すると。
「どうなさいましたか?」
樹が間に入って来た。
――え? 何で?
琴葉は驚いた。
「どうしたもこうしたもねぇよ! オーナーに会わせろ!」
男性は叫ぶ。
「オーナーはただいま、留守にしておりまして」
樹は冷静に話す。
「何だと! 俺はこのカジノのせいで借金まみれだ!」
どうやら、カジノで大損をした客が復讐しにやって来たのだった。
「まことに申し訳ありません。しかし、わがカジノとしては責任を負えません」
「何だと! もう一回言ってみろ!」
パァン! 銃声が響いた。
「!」
「支配人!」
ディーラーたちも驚いた。樹は左腕に被弾した。ぽたぽたと血液が滴り落ちた。
――大変! 早く男性を制圧しないと!
琴葉は焦った。しかし、彼は説得をやめなかった。
「お客様。ほかのお客様のご迷惑になります。どうか、今日のところはお引き取りを」
樹は頭を下げる。
「うるせぇ! オーナーを出せと言ってるだろう!」
パァン! もう一度、銃声が響いた。今度は天井からのシャンデリアに当たり、破片が落ちてくる。ディーラーと客たちは叫び、逃げ惑った。
――男性の意識がほかの客たちに向いた。
――制圧するなら、今しかない!
琴葉はすきをつこうとする。
「待て」
樹はそれを制止した。
「支配人!?」
琴葉は驚く。
「彼は、元々はこのカジノのお客様です」
樹は冷静に言う。
「しかし、支配人!」
「ここは、私が説得します。警備は下がって!」
「支配人……」
琴葉は戸惑う。すると。
「警察だ! 銃を捨てなさい!」
他の客からの通報でやって来た警察が突入して来た。
「何!?」
男性は焦った。が、警察はあっという間に制圧した。
樹は左腕を押さえていた。琴葉はそれに気付く。
「何で無茶したのですか!」
琴葉は怒った。
「お前には関係ない」
樹は立ち去ろうとする。
「ちょっと待って! 傷の手当は私が!」
琴葉は彼について行った。
事務所
琴葉は樹の手当をする。
「手際がいいんですね」
「両親が医師をしていましたので、見様見真似ですが」
「そうでしたか」
「もう、この世にはいないのですが」
琴葉は苦笑する。
「そうでしたか」
樹は表情を変えなかった。
「支配人はどうして、こんな無茶を?」
琴葉は聞く。
「幼馴染の事が頭をよぎったので」
「幼馴染?」
琴葉は聞き返す。
「えぇ。私の親友でした」
「!」
「彼は、ギャンブル好きの両親による借金で苦しみました。最終的にその両親は銀行強盗をし、警察に逮捕されています。今度は犯罪者の息子として、苦しんだのです。それで、あの男性を警察には引き渡したくなかったのです」
樹は少し悲しそうに話す。
「そうだったのですね。それで説得を……」
琴葉は手当を終える。
「手当てありがとう。それじゃ、僕は仕事に戻ります。あなたは警備の仕事を」
「はい」
琴葉は笑顔で答えた。
「それじゃ」
樹は立ち去った。