152 混乱
円環を戴く盾の王国。
西と南北を大山脈に挟まれた平野の真ん中を横断する大河が大陸東端の海に流れるその国の歴史は、聖域のあるシリア聖王国より古い。
歴史が古く、整然と建物が建ち並ぶ首都にある王城もまた、歴史を感じさせる建物で構成されている。そのうちのひとつ。宮の最奥にてその会話は為された。
「我等の盾はいままで通り」
「些か驚かされはしたが…まあ、それだけの事よの」
『…あれがお二方を煩わせたこと、実に申し訳なく思います』
ある意味、国の中枢とも言えるその場所。
普段と変わり無く寛ぐ老夫婦の前にはひとつの幻影体が頭を垂れている。気持ち的には膝をつきたいところではあるが、龍の姿ではそれもできない。かといって人の姿の幻影を送り込むのは謝罪する側として誠意が無いだろうとの考えの元、本来の姿で拝謁させて貰っている。
「なんの。少々混乱して訳が分からなくなった子供が我等の盾に触れてしまったところで我等や我等の愛し子等が制裁を与えるようなことはないよ。安心するがよい」
片や幻影ではあるが、本来このようにお互いが相対する事などほぼ無い為か、老夫婦はこの客に大変おおらかに対応している。
そもそもお互いに上下関係など無い間柄。現に他とは没交渉不干渉であるにも関わらず、この幻影の主は慶賀の際などにはこのように幻影などで挨拶を贈ってくる。常より義理堅い事は老夫婦も承知していた。
ただ、今回はその暗黙の了解であったところの不干渉というところに抵触したとの謝罪であった。
尤も、謝罪する側は不干渉に抵触したなどという温い事柄では無かったと把握している。その為の謝罪だった。
逆に、謝罪された側はというと、当事者でない者からの謝罪などは欲しておらず、ただの来客扱いである。…当事者からの謝罪も特に必要とはしていないのだが。
『しかし、二度に渡る御盾への攻撃的な振舞い…。許される事ではありません。お二方の寛大なお心には感謝致しますが、あれの存在には我に責任が有りますれば、この手で始末をつけたいと存じます』
客の言葉に老爺が驚いた。
「なんと…。そもそもいちど分かたれた身であるならばそなたに責任など有ろう筈も無し」
「始末をつけるとなると、己らの存在でまたもや世界に歪みが生じましょうぞ」
老婆も困惑した様子で客を嗜めた。
『しかし…混沌に呑み込まれていくあれをこれ以上放置することなど…』
「ホホッ」
「ほほほ」
今度は突然笑われた客の方が困惑する側だった。
「混沌とな」
「ほほほ」
『いったい…』
老夫婦は機嫌を損ねること無く客に告げた。
「あれは混沌などという大層なものではないからの。すまぬな。笑うてしまって」
「ほほほ。その通りですよ。あれは混沌などではなく…そう、混乱でしょうねえ。宮の中で育った子が突然人の世の中に出て目を回しているのでしょう」
『やはり我のせいではありませんか…!』
「ほほほ」
「まあ、それは好きにするがよい。そなたの気の済むようにの。我等は何も求めぬよ」
「その様な事は本来、あれが自ら始末をつける事ですよ。そなたがいつまでも甘やかすのは宜しくないとだけ言わせていただきましょう。問題は…」
老婆の言う躾を甘やかしと、自立させ、自律させよとの言葉は、客に対する叱責でもある。当然、客本人にもそれは正確に伝わり、幻影は今一度頭を垂れた。
「そう、あれは問題であるの…」
『世界に歪み…裂け目が生じた事ですね』
「左様。そなたも確認したか。一瞬ではあるが、いずこかと繋がってしもうた」
「あれには我等も驚きました。不思議な事が起こるものだと…。それが二度も。…二度目は裂け目までは生じる事は無かったようですが」
『それでもこの世界の何処かと繋がってしまったようです。人の子がひとり…何処かへと跳ばされてしまった………』
未だ経験のない世界の異変が起こり、原因は分かっているのでもう二度と無いと思っていれば直後に似たようなことが起こってしまった。
突発的な事象であるので何があったのかは遡って調べる他は無いわけだが、調べてみると、どうも人の子に被害があるようだったのが問題だった。
チカラのある存在たちは、その存在の強靭さ故に直接人間に危害を加えることは許されていないし出来ないようになっている。人間の方から危害を加えられれば反撃はするものの、本能で傷付ける事を拒否するように出来ている。慈しむかどうかはともかく、力をもって人を傷付ける行為は禁忌と言ってもいいかもしれない。
なので、この件についての被害者を真っ先に保護するべきではあるのだが。
一度目と同じような事象が起こったということは推測出来るものの、老夫婦にも幻影の主にも、被害者である人の子の行方を探す術が無かったのだ。
「以前よりあそこに住まわっておった人見知りも同時に跳ばされておるようじゃ。同じ場所に落ちてさえいればよいのだがの」
如何に人知を越えたチカラのある存在といえど、巻き込まれた人の子の行方を案じる事しか出来ないでいるのだった。




