146 草原の国
華がひとしきり泣いていると、掌の中の小鳥がもぞもぞしているのに気が付いた。
しゃくりあげながら周囲を見ると山脈の方に日が傾いていた。
「草原の……?」
「ひよ…」
どうやら山脈の東にいるようだった。
そして日の落ちるところ、延々と続く山脈の中、一際大きくそびえるひとつの山がある。
「あれが、霊峰…」
東京にいてもあちこちから富士山は見えたが、それよりも遥かに高く山脈の上に飛び出ている。フォルムも富士山のようになだらかではなくもっと急峻に見える。
距離感がイマイチ分からないが、あの山脈の中に藤棚さんはあるはずだった。
しかし、華は藤棚さんからあの霊峰を見たことが無いし、見えないほど遠いのだと聞いていた。
(多分、藤棚さんから北東か北北東に移動したんだ…。きっとここ、草原の国ってところだよね…)
草原の国は本来国ではない。
大小の部族単位で主に狩りや酪農で暮らしていて、国家元首もいなければ議会も無い。それでも草原に住まう人々は困らない。
困るのは外部の国々。
国として交渉したい時にどこに交渉すればいいのか分からないのだ。いや、分かってはいる。交渉したい全ての部族の元へ行けばいいのだ。…但し、季節ごと、又は常に移動している部族もあるが。
逆に交渉に来られた時、部族それぞれに来られても困ると言うことで季節ごとに各部族の代表者が集う会議が開かれるようになった。
外の国々からは部族連合国とも呼ばれている。
そんな草原の国のただ中に一瞬で移動してしまったわけだが。
ファーナに教わった地図では横にした繭型の大陸のやや東側を山脈が縦断していて、ゼカリア大公国はその山脈の西、中程にへばりつくようにあったはずだ。
山脈の東は更に山脈で南北に分かたれていて、南が盾の王国、北が草原の国になっている。
華が元いた藤棚さんに戻ろうとするのならば、どうしたって山脈越えはしなければいけないようだ。
「ひよ…」
「そ、そうだね。とりあえず移動しないと…」
華は慌てて立ち上がった。
間もなく日が沈む。
そうしたらこの何もない草原で野宿になる。
藤棚さんとこちらに来た時にはまず周辺の安全確認や拠点の構築に力を入れた。
しかし今は藤棚さんがいない。それどころかろくに荷物もなく水も乾パンもない。辛うじて腰に差したままの刀があるだけだった。
「食べ物もそうだけど、まずお水を探さないとね…っあぅっ」
「ひよっ!?」
山脈に向かって歩き出した途端、何かにつまずいて倒れ込んだ。
掌の小鳥を投げ出してしまったが潰さずにすんだようだ。
「薙刀…」
そうだった。
応戦するのに一度藤棚さんに置いた薙刀を持ち出していたんだった。
「う…」
思い出した途端、また涙が滲んでくる。
突然向けられた剥き出しの敵意。
破壊される茅の屋根。
北斗の怒り…。
「ひよ…」
「…うん……。うん…」
倒れ込んだ華の顔まで飛んできてその羽で涙を拭う小鳥を再び掌に抱き上げ、薙刀を拾い立ち上がった。
(考えても仕方がない。仕方がない事は考えない。…泣くのは歩きながらでも出来る)
「ひよひよ…?」
「うん。とりあえずお水とか食べられる物を探そう。どっかの部族の人とかに会えたらいいんだけど…」
ファーナ達に会った時のように商隊が通り掛かる…何て事は無いだろう。あれは運が良かったのだと華は思う。
それに街道を見付けて休んでいたら人が通るのは当然だが、ここは道ですらない草原のど真ん中だ。人に会える筈もない。
ひとまず遠いけれども一番近くに見えている森を目指して歩く。
森に行けば何か食べ物を手に入れる事が出来ると信じて。
そうして歩き続け、日が沈んでしばらくたった頃森に到着した。
当然夜の森は真っ暗だったが、華としては何一つ身を隠す物もない遮るものもない草原のど真ん中の方が嫌だった。
危険かも知れないが、森の極々浅い場所にある大樹の下で休むことにしたのだった。
「ふう……」
「ひよひよ?」
「うん、大丈夫だよ。今夜はここで休んで明るくなったら森の奥に行ってみようね。川とか見つかるといいんだけど…」
「ひよっ」
北斗もだが、この小鳥も華の言葉が分かるようだ。
現に北斗とはとある方法でお話も出来ていたので、道具を揃えることが出来たらぜひともこの小鳥ともお話をしたいと思う華だった。




