142 小さいの
卵を眺め始めて一昼夜ほど経った頃。
巣の縁に顎を乗せたまま少し意識が飛んでいたようだった。ふと、何かに気付いて目が覚めた。
千切れかけていた翼は一応繋がっていたが、動かしてみると反対の翼の先にまで激痛が走る。
もうしばらくは卵の側で回復に専念しよう。
そう思って卵を見ると、巣の反対側からいつの間にか大蛇が卵に迫っていた。
「ーーーーー!!」
咄嗟に口から衝撃波を放っていた。
卵がいるのに。
相手はかま首を大きく仰け反らせたが、卵を諦めてはいないようだった。巣から離れまいと踏ん張っている。
(卵を喰らおうというのか!)
たかが魔獣の分際で!
神獣の分身である我から奪おうなどと!
ぐらぐらとした怒りに支配され、傷も痛みも忘れて大蛇に飛び掛かった。
「ギャーッ!ギャーーーアッ!!」
卵からこの敵を遠ざける。
その一心でかつてしたことのない叫び声を上げながら追い立てた。
そしてある程度巣から大蛇を離したところで風の魔法を放って大蛇を空へ放り投げた。
未だ貧弱な風魔法だが、瞬間的にぶつけた渾身の風は、抉った土塊とともに長い体を浮かせる事に成功する。同時に羽ばたいて体当たりで更に遠くに大蛇を跳ばした。
どうやら巣は山の頂上付近にあったらしい。
大蛇は少し下にある木の上に落ちると同時に、落下しまいとその体を木に巻き付けようとしていた。
(墜ちろ!墜ちろ!!)
大蛇のところまで必死に飛び、嘴で追撃をする。
負傷していなければこんな魔獣ごときは敵ではないのだが、魔法を使うのにも羽ばたきをするのにも不自由している今は追い払うので精一杯だった。
自分が落ちそうになり木に掴まると反撃さえされるのだ。今はこれを倒すのは難しい。
そして相手が反撃しようとそのかま首を伸ばした瞬間。渾身の力で蹴り飛ばし、漸く大蛇を木から落とし、視界から排除する事に成功したのだった。
限界を感じふらふらと巣まで飛んで戻ったが、着地も出来ず、力なく巣に墜落したところで意識を失っていた。
「ひよひよ。ひよひよ」
小さな小さな笛の音でだんだん意識が戻って来た。
(違う)
ぱかりと目を開けると、まあるい小さな黄色い鳥が囀ずっている。
自分と同じ鳥の姿。
神獣の分身と幻獣の分身では存在の、チカラの大きさが違うが、それでも。
自分と同じチカラの性質を持って孵ったこの小さな鳥と共に在りたいと切に願った。
今後自分には神罰が降されるやも知れないが、せめてわずかな間であっても、と。
そして取り急ぎ小鳥を連れて移動した。
安全な場所へ住み処を引っ越すのだ。
丁度程近い場所にあった岩山の天辺の窪みを、回復しつつ魔法で拡げ、己の巨体でも過ごしやすいようにした。
飛ぶのに支障がないほど回復してからは、洞窟の中にせっせと巣を拵えた。
小さいのには文句を言われた。
永く卵で在ったが身の危険を感じて孵ったのだと。
それは大蛇の脅威などではなく、あの時咄嗟に放った衝撃波に脅かされたのだと。
それを言われて落ち込んだ。
そうだ。いくら小さくても孵ったからには別に庇護する必要もされる必要もないのだ。小さくても何処へでも飛んで行けるのだから。
それでも小さいのは何処へも行かず、出掛けてもちゃんとこの新しい巣に帰って来る。共にいてくれている。
神罰は未だない。
小さいのと過ごすようになって数か月。
ある時、小さいのが小さな尻尾に引っ掛けてきた糸くずを見て、どうにも不安に駈られた。
人の作る糸が体に付くとはまさか、人間の所へ行っているのか。
人間は駄目だ。
人は騙す。奪う。利用されて傷つけられる。
小さいのにそれを言う。
しかし、小さいのは人間に会った事はないと言う。
この山にいる、我らと同じチカラのある存在とまったりしているのだと。
ならばこの糸くずはいったい何なのか。
それを小さいのに訊けばよかったのに、悶々としたまま訊くことが出来なかった。
訊けば、その存在が人間と暮らしているからだとすぐに答えが得られたのに。
心のどこかでは気付いていたのだ。
騙すのも、奪うのも、利用するのも傷付けるのも、人に限った事ではないと。
心に蓋をしたまま、小さいのにも訊けず、何時ものように出掛けた小さいのを探す為に巣を出た。存在を感じるので場所を探すまでもないのだが、実際に見に行くことにしたのだ。
この山にいるチカラのある存在は自分と小さいのを入れて4つ。
ひとつは元からこの山に住んでいたのだろう。そこかしこに、特に山の中腹より上のあちらこちらにチカラの残滓がある。
もうひとつは小さいのが孵った後にやって来て住み着いた。小さいのはそれが気になって見に行ってしまったのだろう。
そこは飛べば目と鼻の先ほどの場所。
小さいのが難なく飛べる距離で安心していたはずだった。
小さいのの存在を感じられる距離でもあったが、実際に見に行くのは初めてで。
何時も洞窟の巣で小さいのを待っていたそれは知らなかった。
こんなに巣に近いところに庵や畑があることを。
まるで小さな村が突然出現したような光景に呆然とするのだった。




