140 留守番中
初夏の山中。
華が町に出掛けていて無人の藤棚さん。その茅の屋根では、北斗が甲羅干しをしている。
よく乾いた茅の屋根は北斗のお気に入りだった。
「ひよひよ」
最近、この屋根でくつろぐ仲間が出来た。
小さな、華の手のひらほどの黄色い鳥…の、雛。
ふわふわな毛の、ヒヨコのような丸っこい体でいっちょまえに山頂の方から飛んでくる。今のところ、この藤棚さんまでが限界のようだった。
北斗が甲羅干しをしている茅の屋根にぽてりと着地?して、日が傾くくらいまで茅の屋根でころころしたり昼寝をしたり北斗のおやつを食べたりして過ごす。
そして山頂の方へ帰って行くのだ。
鳥は、雛のようではあるが北斗と同じような、チカラのある存在だった。
しかし北斗とは違い、庇護するものがいるようだ。
北斗はずっと探していた。
自分にチカラを与えた存在を。
孵る前、ずっと自分を見守っていた存在を。
普通の生き物であれば“親”と呼ばれる存在だろうか。
北斗のような分身の元となる、親よりも近い存在。
だがそう思うのは北斗だけで、溢れたチカラが凝結して卵となりそこから生まれた別の個体であるのだから、分身といえどもう別の、何の繋がりもない存在なのだろうか。
確かに分身の元となる存在…親とはまったく別の姿で孵る事は珍しくもないのだ。チカラの性質によって姿は左右される。
親のように、子のように求めるものでは本来無いのかもしれない。
しかし、北斗は元となった存在と同じ姿で孵った。
だからなのかもしれない。
北斗が孵る前に居なくなってしまった親を探してしまうのは。
別に温める必要もない、時が、あるいはチカラが満ちれば勝手に孵るのだ。
見守る必要もない。
だが、確かに少なくない時をその存在と卵だった北斗は共に在った。それがある日突然消えたのだ。
北斗は待った。
その存在が北斗のところに戻って来るのを。
ずっと待っていた。
どれだけの時間が月日が年月が経ったのか。
卵だった北斗はその存在を待つのをやめた。
探しに行けばいいと気が付いたのだ。
その存在を探すために孵った。
卵のままでは探しに行けないから。
孵ったら北斗の元となったあの存在と同じ姿だった。
大きさはまったく違ったが。
生まれた森を出て湖を渡り山を登った。
魔獣や人間に襲われる事もあったが何て事はなかった。
ごくごく稀に、自分と同じような存在に遭遇したが、彼らは魔獣や人間のように北斗に襲いかかってくることはなく、親を探していると言うと、不審な顔をされることも、そういう事もあると納得されることもあった。
しかし北斗の親を知るものは誰もいなかった。
この山を登ったのはチカラを感じたから。
北斗や北斗の親とは性質の異なるチカラだが、ひとつではなく複数の性質のチカラの存在を感じたのだ。
北斗の親のことを知るものがいるかもしれない。
そう思って登った山で華に出会った。
人間の少女が独りこんな山の中で暮らしているのはあまり無いことだと北斗は知っている。
頻繁に決まった者達が訪ねては来るようだが、なぜか一緒には暮らしていない。
しかし来る度に畑を作ったり水を引いたりして一緒になって開拓をしている。
ここに集落を作る準備をしているのだろうか。
一度、枯れ草を敷き詰めた変わった屋根に好奇心で登ってみたら凄く気に入ったので、度々登って甲羅干しをしていたら干した肉をもらえた。他にも魚や調理された物、甘いお菓子を貰って開拓の様子を見物する。
何のためにこの山に立ち寄ったのか軽く忘れていたが、華が言った。
「いっしょに住む?」
と。
この山のチカラのある存在には出会えていない。
いると思った竹藪に北斗が行ったらいなくなっていた。
避けられているようにも思える。
人間と暮らす事など考えたこともなかったが、人間の食べ物や藤棚さんの茅の屋根はとても魅力的だった。茅も良いが、屋根のちょっと斜めになっているところがまた良いのだ。
そして北斗という名前が付けられた。
夜空の星の廻るところ、その目当ての星の名前だという。
いっしょに暮らすようになって分かったのは、華の言葉が他の人間の言葉とは違うらしいということ。
北斗に言語の違いはまったく関係無いので、言語が違うと意思の疎通が難しくなる人間は不便だと思った。
華は北斗に話すときは、日本語という華の国の言葉で話す。
言葉の違う遠い処から来てひとりぼっちの華の心に寄り添えるのは自分だけだと思うと、北斗は華の特別な存在になった気がした。
しかし華の日本語を理解できても話せないのがもどかしい。
どうにかして文字を書けるようになれないだろうか。
「ひよひよ。ひよひよひよ」
ここに来たときよりも明らかに大きくなった北斗の甲羅の上で昼寝をしていた鳥が起きたらしい。
華が帰って来てこの鳥を見たら、やはりいっしょに住むかと訊くのだろうか。
北斗とは違い、この鳥には庇護するものがいる。帰る場所のあるこの鳥には華は訊かない気がしていた。
今日も茅の屋根でくつろぎながら、人の町から華が戻って来るのを待つ北斗だった。




