12
「すまんかったな、普段はもっとお調子もんなんだが。あの子はお嬢さまと仲が良かっただでな」
リックが出て行ったあと、マーカスさんは申し訳なさそうに言った
「いえ、大丈夫です。それより、ローシュフォール伯爵のご家族がご健在だとは知りませんでした」
「ご健在と言うか、亡くなったという話は聞かん程度のことしか分からんのだよ」
マーカスさんは、苦渋に満ちた顔で言う
「差し支えなければ、ローシュフォール家について教えて頂けませんか?」
僕の言葉に、マーカスさんはゆっくりと話し始めた
そもそもの発端は、先々代の当主の時代まで遡る
当時のアズルー王家では、パーシモルトとの仲を強固にするため、パーシモルトの第三王女ルイズを妃に迎えていた
しかし、王妃は何年経っても懐妊せず、焦れた宰相のドブレーは後宮の設立を発案する
議会は紛糾し、パーシモルトとの仲も拗れ、そうこうするうちに王妃は子供を望めない年齢に達してしまった
それを理由にドブレーは後宮の設立を推し進め、数名の貴族の娘が宮廷へと上がった
しかし、それでもお世継ぎが誕生する気配はなかった
後宮に上がった娘たちは、誰も懐妊しなかったからである
ーお妃さまではなく、王陛下の方に問題があるのではないか
そんな声が囁かれ始めてからしばらくして、娘の一人が懐妊した
ドブレーの姪のテレーズ嬢である
テレーズは月満ちて男児を出産し、アズルーはお世継ぎの誕生に湧いた
しかし、その妊娠には懐疑的な声もあった
王陛下は御子の望めない身体だったのに、テレーズ嬢が懐妊したのはおかしいのではないか
そんな声は彼女の妊娠中から囁かれていたが、王子の誕生をきっかけにさらに大きくなった
金髪の王とテレーズ嬢から生まれた王子が、黒髪だったからである
ドブレーは、テレーズ嬢の母方の祖母が黒髪であったことから、隔世遺伝による黒髪の王子の誕生は何らおかしくないと発表したが、それだけで全ての噂が消えたりはしなかった
それどころか、王子の本当の父親はテレーズ嬢の従兄弟である黒髪のジョナタン・ドブレー子爵ではないかという推測も飛んだ
しかし、国母のテレーズ嬢の生家であるドブレー家の影響力は強く、議会はドブレー派の貴族で占められ、懐疑的な声を上げるものは粛清された
そのため、一見すると国務は滞りなく進んでいるように見受けられたが、疑惑と不満は水面下で燻り続けていたのである
そしてそれは、アズルー王の崩御をきっかけに爆発した
不義の子を玉座に座らせるなをスローガンに、反乱分子による革命が起こったのだ
それに担ぎ出されたのが、王の従兄弟であったローシュフォール侯爵である
王の死後、王妃の帰国を打診して断られたパーシモルトがその後ろ盾につき、国民からも支持を得たローシュフォール派は優勢だった
しかし、ローシュフォール侯爵が突然体調崩して急死する
毒殺が疑われたが、派閥のトップを失ったローシュフォール派は混乱し、それをきっかけにドブレー派が一気に盛り返して革命を制圧した
ローシュフォール派だった名だたる貴族は、死刑または投獄され、当時11歳だった先代ローシュフォール当主は侯爵の地位を剥奪され辺境伯の地位を与えられて、今のヘンキョウ村へと追いやられた
流石に、王家の血を引くローシュフォール家を平民の座に堕とすことはできなかったが、辺境伯とは名ばかりの領地で私兵を持つことも叶わず、ローシュフォール家は政治の中枢から身を引くことになったのである
しかし、王家に対する疑惑が無くなったわけではなかった
宰相のドブレーの跡を子爵だったジョナタンが継いでからは、ドブレー派の重用はさらに酷くなった
また、ジョナタンは自分がテレーズ嬢の愛人であることを隠そうとせず、王子が不義の子であること疑う声はますます強くなっていった
そんな中、ルイズ妃が老衰により崩御する
老後は故郷であるパーシモルトに帰ることを望んでいたが、結局叶うことはなく、失意のうちでの死だった
それをきっかけにパーシモルトとはアズルーとの関係はさらに悪化
両国は、相手国への牽制のためにタラスティンとの同盟強化を望んだのである
そんな政情不安な状態であったが、ヘンキョウ村に追いやられたローシュフォール家は、その地で穏やかな生活を営んでいた
若くして領主になった先代ローシュフォール辺境伯だったが、領民を愛し領民からも愛され、良き領主として職務を遂行していたらしい
その人柄は隣のダーナ村でも愛され、彼がダーナ村の領主であるルノー伯爵の娘、マルグリット嬢と結婚したときには、村を跨いでのお祭りになった
そして、月日は流れ、当代のローシュフォール辺境伯の代になって、パーシモルトとの関係はさらにきな臭さを増すようになる
そんな中、事件が起こった