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パーシモルトの王弟陛下が、パーシモルトに遊学中だったタラスティンの第二王子と供に襲撃されたのである
王弟陛下はこの襲撃により死亡、第ニ王子は一命を取り留めたものの重傷を負った
パーシモルトはこの襲撃をアズルーの仕業だと発表したが、アズルーは謀叛の噂のあった王弟陛下をパーシモルトが誅殺したと反論
責任を擦りつけ合う両国に、怒ったタラスティンの暴徒が国境を襲撃
開戦の火蓋が切って落とされたのである
三つ巴の戦いは混戦を極めたが、ルイズ妃の不遇や王弟陛下の暗殺に怒るパーシモルトと第ニ王子の襲撃に怒るタラスティンに比べると、王家に求心力のないアズルーは些か不利だった
そのため、各地の貴族を招集し総力戦で挑んだ
結果、戦局的には負けこそしなかったものの、大量の戦死者を出し、王家の求心力はさらに下がったのである
また、死亡した貴族の亡骸は領地には帰されず、王都で国葬が営まれることになったのもそれぞれの領民の反発を強めた
そんな貴族の中に、ローシュフォール辺境伯も含まれていたのだ
伯爵の奥方は、当時9歳だった娘のエヴァンジェリンを連れて王都に赴いたが、国葬が終わっても領地に帰ることはなく、彼女たちの不在の間にヘンキョウ村へと続く道は封鎖されてしまったのである
「当時のことを考えると、色々とおかしくてな」
マーカスさんは、話の間にすっかり冷めてしまったお茶を、思案顔で飲み干した
「ヘンキョウ村とモルムの間には、戦争行為はなかったんだ。襲撃されて占領されていたならともかく、アズルーにはヘンキョウ村を手放す必要なんてなかったんだよ」
「確かにおかしな話ですね。タラスティンにしろ、ヘンキョウ村を手に入れる理由もないわけですし」
「本当のところはな、ヘンキョウ村を手放すことによって、奥方さまたちの帰るところを奪ったんじゃないかって言われてるんだ」
マーカスさんは、怒りに声を震わせて僕に告げた
「どういうことですか?」
「今の王族に王家の血が流れていないって疑惑は、まだ国民の心から消えちゃいねぇ。だが、もし王家の血を引く妃を迎えたら、その正統性や求心力も復活するんじゃないかと奴ら考えたんじゃないかってな」
拳をドンとテーブルに打ち付けてマーカスさんは吐き出すように言った
「エヴァさまはもうすぐ16歳だ。16歳になるとアズルーでは準成人と見なされる。王家の血を引く人間は、もうエヴァさましか残っていない。エヴァさまを王太子と無理矢理婚姻させて、国民の支持率を回復しようって腹積もりなんだろうよ」
「それじゃあ、さっきリックが言ってた監禁されてるかもしれないって言葉は…」
「強ち妄言とは言い切れん」
重苦しい空気が流れた
「…あんた、タラスティンのお役人なんだろ?なんか知ってることはないのか」
「僕は下っ端の下っ端ですから…申し訳ありません」
「そうか」
「一応、上司に問い合わせだけしてみますが、あまり期待しないでください」
「そうか!どんな小さな情報でももらえると助かる!ありがとう」
マーカスさんは、僕の手を握ってぶんぶんと振った
「エヴァさまはこの村によく遊びに来ててなぁ。マルグリットさまのお孫さんだってこともあるけんども、ダーナにとっても大切なお嬢さまなんだわ。ドブレーの奴らに利用されて、ルイズさまみたいに不幸になって欲しくねぇ!みんなそう思っとるんだ」
「ローシュフォール家は、この地に住むみなさんに本当に愛されてるんですね」
「そりゃあそうだ。お優しくて気さくで、領民のことを一番に考えてくれて。エヴァさまは特にお可愛らしくてなぁ。よく、お気に入りの本を抱えてやってきては、そこのベンチに座ってリックと二人して読んどったなぁ」
そう言って、マーカスさんは窓から見える公園に目を向けた
大きな雪柳に半ば埋もれるようにして設置されたベンチが見える
「あの本の名前はなんだったか…確か、木ねずみタンタンと…」
「どんぐりの森、ですね」
頭を捻るマーカスさんに、僕は続けて答えた
図書室の貸出簿に、薬草や鳥獣被害対策の本などに紛れて時々書かれていた児童書のタイトルだ
不思議に思って軽く読んでみたのだが、オレンジの毛並みのリスが主人公の冒険活劇で、大人が読むような本ではなかった
ほかに児童書が借り出された形跡はなかったので、なんでこの本だけと思っていたのだが、それはお嬢さまの愛読書だったからなのだろう
ゼンさんもミネさんもハルさんも、みんな王都に行ったきり戻らない奥方さまたちを心配しているのだろう
そう思うと僕の胸は傷んだ
そして、小さなエヴァさまの未来が幸せなものにはならないであろうことも予想できて、重い気持ちになったのである




