第19話
「大丈夫?」
「イイーッ!」
審判をしている研究員に返事をして、ファイティングポーズをとる。
「じゃあ再開して」
軽く頭を一振りし、一歩間合いを詰める。
赤井もしっかりガードを上げジリジリ近づく。ガードの間から見える顔には少し余裕が窺える。
パンチの届く位置に近づいたので、僕は左手でジャブっぽくパンチを放つ。
パンッ!
僕の左手はあっさり払いのけられ、空いた顔面に赤井の右拳が迫る。
頭を衝撃が貫き、僕は一歩二歩と後退し踏みとどまった。
顔を正面に戻すと、赤井はまたきちんとガードを上げて構えていた。ガードの間から見える口元には笑みが浮かんでいた。
くそっ!! なんだよその顔!!
体温が上がる。全身の血の巡るスピードが上がる。
「イイーッ!!」
頭が真っ白になり何も考えられなくなった僕は、赤井の顔を目掛けて殴りかかった。
当然ガードされるがお構い無しに左、右と殴り続ける。
パンチの合間に赤井も的確に僕の顔面にパンチを入れてくるが、一瞬動きが止まるだけで再び顔を正面に向け連打を開始する。
「――!!」
赤井の後ろにいる村井が何か叫んでいるが僕の耳には届かない。
「くっ!」
赤井の表情には余裕がなくなっていた。
その顔を見た僕は逆にマスクの中で笑顔を浮かべる。さらに力を入れて殴り続ける。
呼吸を荒くしながら調子に乗って殴っていると、不意に躱された右のパンチの勢いで体勢を崩す。
その瞬間、僕の腹部に衝撃が突き抜けた。
赤井のパンチがボディーに突き刺さり、僕の体は動きを止める。呼吸が止まる。
視界の端の方が徐々に黒く侵食されていき視野を狭めていく中、倒れまいと一歩踏み出し両膝に手を付き何とか耐える。
呼吸をしようとするが、肺が動いてくれない。
そこへさらに、赤井の蹴り上げたつま先が腹に刺さる。
視界は一瞬だけ真っ黒に塗り潰され、再び中心から光を取り戻していく。
完全に視界が戻った時には赤井が目の前からいなくなっていた。探そうとするが足が宙を掻く。
バタバタとしばらくもがいて、ようやく体にかかる重力を感じる。その重力で自分がマットに倒れていた事に気付いた。
むくっと起き上がり見回すと、赤井はコーナーに背を預けロープに手を置きこちらを見ている。
「大丈夫?」
「イー」
赤井の足元にいる村井から声を掛けられ頷いてから、自分がどうなっていたのかを聞くためコーナーにペンと紙を取りに行く。
『どれくらい倒れてました?』
「10秒くらいかな。それよりいきなり暴れ出すからビックリしたよ!」
『すいません』
「その状態になると相当な量のアドレナリンが出てるんだろうね。結構危険だからできるだけ興奮しないように気を付けてね」
危険なんだ……
『気を付けます』
「それにしてもほんとに村井の言った通りボディー一発だったな」
「強化されてるのは体の表面だけなんで、内臓への攻撃はかなり有効だと思いますよ」
村井が途中で叫んでいたのはボディーを攻撃しろという指示をしていたらしい。
それによって一時的に呼吸困難になって失神してしまったようだ。
「前田君はもう少し体力付けた方がいいね。さすがに一発で動けなくなるとはボクも思ってなかったから」
笑いながら話す村井に釣られて、赤井も笑っている。
『そうします』
少し恥ずかしくなり、顔を伏せながら書いた紙を見せた。
「じゃあ今日はこの辺にしておきますか? あんまり無理するのも危ないですし」
「ああ、そうだな。なんとなく分かったよ。確かにこれに複数で襲い掛かられたら厄介だな」
赤井はロープを潜りリングを降りる。
「前田君も降りていいよ。ありがとう」
「イー」
頷き、まだ酸欠で痺れの残る手足を引きずりリングを降りる。
そのあと僕は体育館の壁に背を預けて座り、姿が戻るのを待った。