14
辺境ルーンフェルト。
結界制御塔の最上階で、エリシアは静かに資料へ目を落としていた。
王都から届いた報告書。
数値は、もはや誤魔化しようがない段階に入っている。
「内部循環率、さらに低下」
「土地反発係数、上昇」
「結界依存度……臨界値超過」
どれも、最悪の兆候だった。
「……ここまで来ましたか」
呟きは、冷静だった。
感情よりも先に、結果が見える。
それが、彼女の役割だったから。
背後で、扉が開く。
「王都から、正式な連絡です」
カイルが、封書を差し出した。
開かずとも、中身は分かる。
――助けてほしい。
――あなたしかいない。
それでも、エリシアは受け取った。
封を切り、目を通す。
言葉は丁寧で、必死で、謙っている。
だが、そこに書かれている本質は、昔と変わらなかった。
「……“王国のために”」
紙を置き、エリシアは息を吐いた。
「まだ、そう言うんですね」
カイルが、慎重に口を開く。
「……救うつもりは、あるんですか?」
その問いに、彼女はすぐには答えなかった。
結界盤へ視線を移す。
安定して回る、辺境の数値。
ここには、歪みがない。
無理も、強制も、自己犠牲もない。
「……方法は、あります」
ようやく、口を開いた。
「王都を、完全に救う方法」
「犠牲を最小限に抑える方法」
カイルの表情が、わずかに明るくなる。
「なら――」
「ただし」
その言葉は、静かだった。
「それは、“王都を救う”方法であって」
「“王国を守る”方法ではありません」
カイルが、息を止める。
「どういう……」
「今の結界は、作り直す必要があります」
「延命ではなく、再構築です」
エリシアは、淡々と続けた。
「一度、今の結界を止める」
「都市機能は、一定期間、大きく制限される」
「混乱も、避けられません」
「……それは」
「王家の権威は、確実に失われます」
はっきりと、言い切った。
カイルは、言葉を失う。
「でも、それが唯一」
「“人が住める王都”を残す方法です」
沈黙が、落ちる。
やがて、カイルが低く問う。
「……王国は、それを受け入れませんよね」
「ええ」
即答だった。
「だから、私は“救わない”という選択も取れます」
その言葉は、重かった。
彼女は、かつて追放された。
説明も、対話もなく、切り捨てられた。
それでも、世界を壊さないために、動いてきた。
だが。
「私は、もう」
「“当然のように犠牲になる役”ではありません」
エリシアの声に、揺らぎはない。
「助けるなら、条件があります」
「それを呑めないなら――」
視線を、まっすぐ前へ。
「私は、何もしません」
その時。
結界塔の外が、ざわめいた。
見下ろすと、騎士団の緊急信号。
王都方面から、強い魔力波動が観測されたという報告。
「……来ましたね」
エリシアは、立ち上がる。
「王都は、限界です」
カイルが、覚悟を決めたように言った。
「王都は、必ず」
「“助けてくれ”と言ってきます」
「ええ」
エリシアは、静かに頷いた。
「でも次は」
「条件を出すのは、私です」
窓の外、辺境の結界は、穏やかに輝いている。
誰かを縛るための光ではない。
正しく、世界を保つための光。
「救うかどうかを、選ぶのは」
彼女は、はっきりと告げた。
「――私です」
その瞬間。
王都の空で、結界の光が、わずかに歪んだ。
もはや、時間は残されていない。
王国は、
“彼女に頭を下げる”か、
“自滅を選ぶ”か。
その二択しか、残されていなかった。




