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婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。  作者: カブトム誌


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12/22

12

 王都中央大聖堂の地下。


 そこは、本来、立ち入りを許されない場所だった。


 神代の遺構。

 王国創設以前から存在するとされる、禁忌指定区域。


「……本当に、ここまで必要なのでしょうか」


 震える声で問いかけたのは、若い神官だった。


 彼の前を歩く聖女リリアは、足を止めない。


「必要です」

「いえ――必要“だった”のです」


 松明の灯りが、石壁に揺れる。

 古い魔法陣が、床一面に刻まれていた。


 それは、“世界を支えるための術式”ではない。


 世界を、無理やりねじ伏せるためのものだった。


「この儀式は……」

 神官の声が、かすれる。

「本来、王国滅亡級の危機でのみ使用されると――」


「王都は、すでに危機に瀕しています」


 リリアは、きっぱりと言った。


「結界は不安定」

「民は不安に怯え」

「王家の威信は、地に落ちている」


 彼女は、振り返る。


「……それを、誰が支えるのですか?」


 答えられない神官を残し、リリアは祭壇の前に立った。


 中央に据えられた水晶柱。

 そこに封じられているのは、王国の結界核の“代替制御権”。


 本来、この制御権は、長年にわたり“調整者”として働いてきた者にしか反応しない。


 ――エリシア・フォン・リーネ。


 だが、彼女はいない。


「……なら」


 リリアは、胸に手を当てる。


「私が、代わりになります」


 大司祭が、遅れて地下へ降りてきた。


「聖女様、待ってください!」

「その術は――あなたの身を、削ります!」


「構いません」


 リリアの声は、驚くほど落ち着いていた。


「聖女とは、そういう存在でしょう?」


 彼女は、祈りの姿勢を取る。


 次の瞬間。


 水晶柱が、強く脈動した。


「……っ!」


 空気が、歪む。


 本来、滑らかに循環するはずの魔力が、荒々しく引き寄せられ、無理やり結界へと注ぎ込まれていく。


「や、やめてください!」

「結界は“保たれている”ように見えるだけです!」


 大司祭の叫びも、届かない。


「静かに」


 リリアの瞳が、淡く光る。


「今は、成功している」

「それで、十分です」


 王都の空。


 結界が、急激に輝きを取り戻した。


「結界、安定!」

「魔力反応、回復しています!」


 騎士団から、歓声が上がる。


 民もまた、安堵の声を漏らした。


 ――王都は、救われた。


 少なくとも、表面上は。


 地下祭壇。


 水晶柱の光が、徐々に濁り始めていた。


「……あれ?」


 神官が、異変に気づく。


 魔力の流れが、歪んでいる。

 まるで、“逃げ場を失った水”のように、内部で渦を巻いていた。


「聖女様……」

「結界が、“外”ではなく“内”を締め付けています……!」


「問題ありません」


 リリアは、ふらりと立ち上がった。


「守られているのなら」

「多少の歪みは、許容範囲です」


 だが、その足元が、ぐらりと揺れた。


「……っ」


 胸を押さえ、膝をつく。


 喉の奥から、込み上げるものを、無理やり飲み込む。


「聖女様!」


「大丈夫……です」


 リリアは、微笑もうとした。


 だが、その笑みは、どこかひび割れていた。


 彼女は、気づいていた。


 この術は、“調整”ではない。

 先延ばしだ。


 問題を、未来へ押し付ける行為。


 しかも――


(……戻れなくなる)


 この結界は、今や彼女の魔力に強く依存している。

 止めれば、一気に崩壊する。


 つまり。


 ――彼女自身が、檻になった。


 その夜。


 辺境ルーンフェルト。


 エリシアは、ふと手を止めた。


「……嫌な感じがしますね」


 結界盤の数値が、微かに乱れている。


「王都側ですか?」


 カイルの問いに、彼女は頷いた。


「ええ」

「“やってはいけない方法”を、選びました」


「止められますか?」


 エリシアは、少しだけ沈黙し、答えた。


「……止められます」

「ただし」


 視線を、遠くへ向ける。


「代償は、大きいでしょう」


 王都では、歓喜が渦巻いていた。


 聖女が、国を救った。

 奇跡が起きた。


 だが、その奇跡は――

 崩壊を、より確実なものにする選択だった。


 そして、その歪みが臨界点を迎える時。


 誰が、本当に“世界を支えていたのか”。


 否応なく、知らされることになる。

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