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りたーにんぐ!  作者: 消しカス
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88 郷愁縁起編9 お買い物

 イエレミア帝国の首都、帝都レミアスは湾状の海に面している。

 帝国建国以前より港町として栄えていた街だが、近年の造船技術の発達により貨物船の大型化が進み、陸送に比べ、木材や鉱石などの資源、各地の特産物などを一度に大量に運べるようになり、海運業は今急速に成長している業種の一つらしい。

 当然、天候に左右されたり、海賊や海洋性の大型の魔物の脅威という面もあるが、それらの不運に見舞われない限り大きな利益を得ることができるということで、新規参入する商会や荷主として利用する商会も急激に増え、現在、海運業界はちょっとしたカオス状態になっているという。特に人と物が集まる帝都はその傾向が強く、法整備や海運業組合の影響力も十分とは言えない状態らしい。

 つまり、隙があるということだ。

 連合国や聖王国と貿易する貨物船はさすがに厳しく検閲されるようだが、帝国内の数か所の港町を行き来する船の検閲は、結構いい加減というか対応が追い付いていないような状況らしく、船主や荷主、ある程度の立場の船員に賄賂などで取り入れば、身分証が無くても他の町に行くことができるだろうという話だった。

 ただ、ユイがわかるのはここまでで、誰に接触すればいいのか、どこと繋ぎを取ればいいのかなどの細かいことはわからないという。

 確かに帝都を脱出する方法として貨物船を利用するという案は、他の方法に比べると良さそうに思える。エバンが用意してくれた逃走資金もあることだし、金も大丈夫だろう。

 〈山猫〉や衛兵たちの手がどこまで及んでいるかわからないので少し調査が必要だが、俺は前向きに検討することにした。

 それからしばらく帝都の南に位置する港区の様子や、どの様な手段で情報を集めるかなどの話をして、その日は休むことになった。

 俺の寝床は娼館の個室の一室を使わせてもらえることになった。もちろんお金を払ってではあるが、最悪、どこかの軒下か木の根元での野宿を覚悟していた俺としては、きちんとした寝具で寝られるというというのは有難いことだ。

 そう思っていた。床に就くまでは。

 聞こえてくるのだ。お姉さま方がお仕事に励む声が。

 部屋は一応ある程度の防音を考えて作らられているのだろうが、聞こえてくるくぐもった不明瞭な音声に、逆に想像を掻き立てられてしまい、寝付こうにも寝付けない。かと言って壁ドンするわけにもいかないし。

 何かで紛らわそうと思っても、タマムシは何故か機嫌が悪いようで相手をしてくれないし、メイは世間話などには向いていない。

 メイに日本語を教えて、ネット動画で定番のセリフを言わせて遊んだりしていたが、それを朝まで続けるわけにもいかない。

 最終的には端切れで耳栓をつくり、毛布を頭からかぶってなんとか眠りについた。


 翌朝、少し寝過ごしたうえに若干朦朧としながら、顔を洗うために娼館の裏にある井戸に向かった。

 井戸の傍の水場ではあられもない恰好をした三人のお姉さま方がお喋りをしながら身を清めていた。焚火で熱した石を桶に放り込んでお湯を作り、髪を梳かしたり体を拭いたりしているようだ。

 見ようによってはラッキースケベみたいな状況なのだが、お姉さま方は特に恥じらう様子も無く裸体をさらしているので、なんとも微妙な感じだ。そして目のやり場に困る。

 お疲れ様です、と声をかけて挨拶し、お湯を分けてもらう。井戸の生水は飲まない方がいいという忠告を受けた後、俺が桶に入れたお湯に水を足したりして温度を調整している間、三人のお姉さま方がひそひそ話をしているのが耳に入ってくる。


「ユイが………客…………い………」

「………シャが………紹介………たって…………」

「………ユイ…………人形と………」

「「えーー!」」


 俺は聞こえないふりをしていたが………どういう風に思われているんだろうか。いろいろと想像できるが、そのことについてはなるべく考えないことにした。


 俺はお湯の入った桶を持ってそそくさとその場を立ち去った。

 娼館の部屋に戻り身を清めた後、身支度を整えユイの小屋に向かう。ユイはどこかに出かけているのか、小屋の中にはいないようだった。

 ユイの小屋の前で昨晩のように湯を沸かしお茶の準備をする。井戸の水は煮沸すれば飲んでも問題ないそうだ。

 お茶の準備が整い、荷物から固いパンと干し肉を取り出したところでユイが籠を抱えて戻ってきた。

 明るいところではっきりと姿を見たのは初めてだが、やっぱり美少年だ。そしてその額、髪の生え際辺りに二本の小さい角があるのが見て取れた。

 なんという種族かは知らないが亜人種なのだろう。まぁ、別に何族だろうと別に構わないしあまり興味もないのだが。

 そういえばトアにも小さい角があったな。角というより瘤のような小さい突起だが、トアの場合は髪で完全に隠れてしまうようだった。あいつ今頃何してんだろ。きっと俺の事を探しているんだろうなぁ。


 ……ヤバいなぁ。マジで。見つかったらきっと酷い事されるに違いない。なんかの魔法の実験台とか。


「よう、よく眠れたか?」

「おはよう。全然眠れなかったよ」


 適当に挨拶を交わしたあと、ユイが籠からパンを取り出す。俺の分も用意したそうなのでそちらを頂くことにして固いパンを引っ込める。代わりに干し肉を提供した。

 干し肉をナイフで薄く切り、少しだけ火であぶってパンと一緒に食べる。塩気が効いていてうまい。

 ユイも同じようにしてパンをかじりながら、俺が眠れなった訳を聞くと笑っていた。

 その後今後の事について少し話をした。

 よく考えると、俺はもうここにはいられない。娼館はおそらく〈山猫〉と関係があるはずだ。酒と娯楽のある場所すべてに根を張っていると言っていたし、俺がスラムに逃げ込んだ可能性も当然考えているだろう。

 そして、なによりお姉さんがたにメイを見られている。

 俺を探すとしたら「自動人形を連れた若い男を見なかったか」とか言うに違いない。俺が逆の立場ならそうする。

 帝都のすべての酒場にその通達が行くのも時間の問題だろう。その後は娼館や賭場といった場所だろうか。賞金でもかけられると道行く人々が追っ手になる。

 とにかくメイの見た目をどうにかするか、別行動を取るなどの対処が必要だ。それもなるべく早く。

 船に乗るかどうかは少し調査をしないと何とも言えない。だが、ほかの手段を探すにしても時間がたてばたつほど身動きできなくなる恐れがある。

 そんな話をしながら簡単な朝食を終え、俺は立ち上がる。


「じゃあ、世話になったな。ありがとう。俺達は行くよ」

「あ、待てよ。オレも準備するから」


 ユイはどうやら俺たちに同行するつもりのようだ。

 正直協力者は必要だし、誰かを雇うつもりではあったが少し躊躇する。


「あー、ユイ、気持ちは有難いんだけど、俺の敵は〈山猫〉だけじゃないんだ。もっと危険で厄介な奴らにも追われてる。これ以上巻き込むわけには……」


 あいつらや〈山猫〉がユイの様な子供に危害を加える事は無いと思うが、どんな危険があるかわからない。その辺のチンピラや食い詰め者を雇うならともかく、ユイのような子供を巻き込むのははっきりいって気が引ける。

 だから、礼を言ってここで別れるつもりだったのが、ユイは俺に協力するという。


「ガイド料を貰ってるからな。あんまり詳しくないって言ったけど、幾つかは当てがある。ランが帝都を出るまで手伝うよ。それに……」


 ユイはそこまで言うと俺の顔を見上げニヤリと笑った。


「ホントにヤバそうなら逃げるし、場合によってはアンタを売る。そのかわりうまく段取りが付いたら、また駄賃をくれよ。銀貨でいいぜ。それでどうだ?」


 気は進まなかったが、ユイのその言葉に押し切られ結局同行することになった。

 そして、その日のうちに後悔することになるとは、そのときは夢にも思わなかった。



 その後、俺たちは帝都の南にある港区に向かった。

 海に面した波止場を中心に結構な広さの面積だ。海運業者の事務所や従業員の宿舎、それに付随した商店街や露店商が集まる地区。そして荷を保管する倉庫街。区画は分かれているが漁港や魚市場もある。

 以前、ガサの町の港に行ったことはあるが、規模や賑わいは段違いだ。

 大小さまざまな帆船が停泊しており人通りも多い。船乗り風な恰好をした者や商人風の者のほかに、いかにもガテン系といった男たちも闊歩している。新規の波止場の増設工事も行っているようなので、その就労者だろう。

 

 まず、メイには適当に身を隠してもらい、商店街と露天商に行くことにした。

 メイの服は特製のメイド服なので、一応ローブを纏って隠しているが手足は人形のそれだ。だが、逆にその辺りを完全に隠せば、小人族や小柄な獣人種で通りそうではある。

 何件かの服飾店や雑貨店をはしごし、必要なものを手に入れた。ついでに俺用の目立たない衣服も入手する。港区には明らかによそ者だとわかる人々も多数うろついている。俺の髪の色が変わっていることもあり、フードを被ってうろつくより普通の格好で普通に歩いたほうが目立たないだろうと判断した。

 衣服を買う時の品選びや値段交渉等は全てユイがやってくれた。

 いまいち貨幣の価値がわかっていない上に、この世界のこの手の商店は基本的に商品に値札が付いてない。俺一人ではもっと手こずっていただろう。全て言い値で買っても構わないのだが、それで店員の印象に残ったりしては、追っ手に手がかりを与えてしまうことになりかもしれない。

 ユイとの同行を躊躇した割に最初っから頼りっぱなしだ。いっそのこと面倒なお金の管理をすべて任せたいくらいだ。

 ユイに渡した小銀貨は俺の感覚では千円から二千円くらいだ。軽食屋の食事や宿代などの相場からそのくらいの価値だと思っているが、もう二、三枚は払ってもいい様な気がする。


 衣服のほかにも露店で使えそうなものを幾つか買い物をした。帝都の商業区の露店よりも変なものが多い。頭が猫で体が鶏の様なよくわからない生き物の銅像や、イエイとかいいながら踊っているカエルの置物。こんなの誰が買うんだ、というような、いわゆる変な土産物が多い気がする。逃亡中の身だが、つい観光に来ているような気分になってしまう。

 中でも気になったのが、一本のナイフだ。なんの変哲もない古ぼけたナイフだが、革製の鞘に革ひもで幾何学模様のデザインが施してある。俺の持っているミスリルのナイフの鞘と同じようなデザインだ。これはもしかするともしかするかもしれない。そう思い、ユイに交渉をお願いして購入した。値札は大銀貨一枚。ユイはそれを銀貨七枚まで値切っていた。


 買い物を終えて、人気の少ない倉庫街へ行き、メイと合流する。心の中で念じると、どこからともなくすぐに来てくれた。以前に俺が〈山猫〉に拉致された一件以来、意思疎通の精度が上がっているような気がする。

 使われていない倉庫に忍び込み、着替えを済ませ、メイに品物を渡す。肘まである薄い布製の白手袋、膝まである編み上げの革製のブーツ。サイズが合うか心配だったが問題ないようだ。

 そしてもう一つ。露天商で買った仮面を渡す。


「マスター、これは?」

「これからしばらく人前に出るときはこれをつけて行動してくれ」


 メイの顔は精巧に作られていて、ぱっと見は人間のように見えるが、表情は無く、口も動かない。なのでよく見るとすぐに人形だということがばれてしまう。

 そこでこの仮面だ。設定としてはひどい火傷の痕があるとか、宗教上の理由とかでいけるだろう。

 仮面のデザインは白を基調とした顔全体を覆うタイプで、凹凸も少なく鼻も口もない。だが目の部分が特徴的だ。黒の主線に朱の混ざった曲線で描かれていて、笑っているようにも見えるし、無表情にも見える。強いて言えば、日本のお稲荷さんのお面に少し似ているかもしれない。

 店主の話では、連合国にある小さな島国のお祭りの時に使われる仮面だそうだ。

 とりあえず、仮面をつけてフードを被ってもらう。


「おー、結構イケてるんじゃね?」

「イケてねーよ! めちゃくちゃ怪しい奴じゃねーか!」 


 メイの姿を見たユイが非難じみた声を上げる。

 うーん。確かに異様な雰囲気というか、ゲームとかアニメに出てくる敵キャラっぽい見た目になってしまった。でも、カッコいいと思うけどなぁ。


「メイ、それとこれ……」


 俺はメイに仮面を外すように言って、懐から透き通った赤い色の髪留めを取り出した。

 これも露店で買ったものだが、店主が言うにはナントカという魔物の甲殻を加工したものらしい。たぶん、鼈甲みたいなものだと思う。六センチくらいの細長い楕円形をしたシンプルなデザインだ。


「ほら、ここをスライドすると、小さいナイフが出てくるんだ。便利くない?」


 このギミックが気に入ってつい買ってしまった。俺はアウトドア用品の色んな機能が付いたキーホルダーを、いつ使うんだこんな機能、とか思いながらもつい欲しくなってしまうタイプだ。


「ラン……アンタさぁ、女にもてないだろ?」


 ユイはこのギミックが逆に気に入らないらしい。確かに干し肉やパンを切るのにも小さすぎて使いにくそうだし、ちょっとした紐を切るぐらいしか使い道はなさそうだが。

 メイの髪につけてあげようとしたが、髪留めなんて使ったことないので、もたついてしまう。ユイが呆れた顔をしながら手伝ってくれた。

 メイの少し青みがかった黒髪に赤い色の髪留めが映えている。メイは優しい手つきで髪留めを触っている。


「うん、似合ってる」

「確かに可愛いけど、……ナイフの機能はいらねーだろ」

「ありがとうございます。マスター」


 ユイにはわからんだろうが、メイはめちゃくちゃ喜んでるけどね。


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