85 郷愁縁起編6 昨日の友は今日の敵
「どうしてこうなった……」
俺は帝都の商業区の片隅にある小さな宿屋兼酒場の隅のテーブルで、そう呟いた。
いや、どうしてこうなったのかはわかっている。ハルの母親であるイディナの仕業だ。意図的にかどうかはわからないが、彼女のおかげで俺は今とても厄介なことになっている。
今、俺はここで<山猫>の使いの者を待っている。先日、ニサとエデ病の打ち合わせをした際に教えられた緊急時の連絡用の符丁を用いて<山猫>に連絡をとり、なんとかして、この帝都から、あるいは、この国から離れるためだ。
酒場の店主に合い言葉を告げ、怪しまれないように果実水を注文して、魔力を遮断する効果のある特製のローブを纏いフードを目深に被ってここでちぢこまっている、という訳だ。俺の向かいには同じような格好をしたメイが座っている。
店主に言われているのか、若い女性の給仕は俺のテーブルには近寄ってこない。そして、向かいに座っているメイが偶に俺の頭をなでてくれる。そんな状態でしばらくすごしていると不意に横合いから声をかけられた。
「おい」
見るとテーブルの横に帽子を目深に被った小柄な人影が立っていた。少年の様に見える。この世界では見た目と年齢が一致しないことが多々あるので、実際に少年かどうかはわからないが。
「アンタを迎えにきた」
少年はそう告げると、さっさと歩き出す。俺は慌てて席を立ち、その少年について行く。
少年はこちらを振り向きもせず、店を出てその脇の細い路地に入っていく。少し路地を進んだところでこちらに振り返り言った。
「なぁ、アンタ何モンだ? そっちの奴は人形か? なにやらかしたんだ?」
俺は少年の問いかけに咄嗟に返事を返すことができない。何をやったって言われても、俺はなにもやってない。
「まぁいいや、知りたがりは長生きできないって言うしな」
少年は何も答えない俺を少しの間見ていたが、そう言うと踵を返し、またさっさと歩き始めた。
いつぞやのように、暫く細い路地を連れ回され、一つの建物の中に案内された。中は酒場のような場所だがおそらく<山猫>の連中が"ねぐら"と呼んでいるアジトのような場所の一つなのだろう。
少年は入り口で立ち止まると、俺に奥のテーブルに座っている人物を指さした。その人物が迎えをよこした、ということだろう。
アジトの中には十人ほどのいかにも荒事の世界に身を置いていそうな強面のお兄さんたちがたむろしている。
それぞれがテーブルで酒を飲みながらカードやサイコロのようなものに興じているようだ。
それらのお兄さん方の好奇の視線に晒されながら奥のテーブルに近づいていく。なんとも居心地が悪い。
奥のテーブルには見たことがある一人の男が座っていた。名はなんだったか。……たしかエバンという名前だったと思う。ニサとの商談のとき、最初から最後まで隣にいた男だ。ニサの腹心的な存在なのかもしれない。その後ろにはこちらも見覚えがあるオークのおじさんが壁により掛かって立っている。オークの顔は見分けがつかないがたぶん間違いないだろう。
俺が軽く会釈してテーブルにつくと、エバンはアジトの入り口に立っている案内してきた少年にコインを放った。少年はコインをキャッチして確認すると、少し驚いた表情で口笛を吹く。その表情は明るい。お駄賃が思っていたより多かったということだろう。
「所望の品だ。受け取れ」
テーブルの上には一枚の金属製のプレート、それと、手のひらに収まるくらいの布の巾着が置かれている。
「すみません。助かります」
俺はプレートを懐に納め巾着袋をメイに渡す。
「ランシスは中級冒険者だ。国内なら移動に問題はないだろう。ただ、ヤツは基本的に西と北の方で活動していた。そちらに向かうなら気をつけろ」
俺は黙って頭を下げる。もとより東に向かうつもりだったので問題ない。
「……ニサ様は……」
俺が頭を上げると同時に、エバンは声を発した。
「……お前に感謝していた。あれほど嬉しそうに生き生きとしたニサ様を見たのは久しぶりだ。………あるいはニサ様なら何も聞かずにお前を行かせるのかも知れんが……私の立場としてはそういう訳にもいかん」
エバンは真剣な顔で俺の目を見つめる。
「偽の身分証と金、その程度の品を用意するのは造作もないことだが、それが必要になった訳を話してもらいたい」
……ですよねー。これらの品はどう考えたって逃亡者が欲しがるそれだ。俺は思わずため息がでそうになるのをなんとかこらえる。
「まさかとは思うが、貴族でも手打ちにしたか?」
俺は少し驚いた顔をしてしまったと思う。ああ、そういう風に思われるんだ。
正直時間は惜しいのだがここはきちんと説明しておいた方がいいのかもしれない。
俺は、この場所に至った訳を語ることにした。
古竜ハル・シルバーメイスの母親である、最古の竜、イディナが訪ねてきたその日、俺は彼女と会話を交わした。
彼女の話は驚くべきものだった。特に<原初の混沌>にまつわる話は俺の帰郷の方法を探すという目的に置いても重要な話だった。だが、その話は今の現状とは関係がない。重要なのはその後の話だ。
イディナはそれから暫くラステイン家の屋敷に滞在した。本人曰く、人間の作る料理を食べるのは本当に久し振りだし、現在の人間の文化や暮らしぶり、考え方をもう少し知りたい、ということだったらしい。
少し心配していたのだがエリーやミシアともすぐに打ち解け親しくなったようだった。
特にミシアは先史文明であるエルフの魔法王朝時代の話や古代魔法の話を聞いて興奮していた。トアやアンナも似たような感じだった。アリオンだけは陰で死にそうな顔をしていたが。
それはともかく、しばらく何事もなくそんな日々が続いた。俺の左腕と左足の麻痺も完治し、鈍った体をならすために軽い訓練を始めたりもした。
帝国では春と秋に大きなお祭りがあるらしい。春の祭りは建国を祝うお祭りで、秋の祭りは収穫を祝う祭りだ。
そこまではよくある話だ。
問題は、建国祭は国中から腕に覚えがあるものが集まる武術大会というものが有り、いつのまにかその大会に俺が出場することになっていた、という事だ。
話を聞けば治癒術ありきの大会で、死者は滅多に出ないが怪我人は当たり前の結構激しいものらしい。
当然俺は拒否した。また怪我でもしたら治癒術が効かない俺は治りが遅い。というか痛いのやだし。
だが、皆の反応は、何言ってんのコイツ? みたいな感じだった。
具体的には
「怪我をするまえにみんなやっつければいいです! わたしもがんばるです!」
「僕、イチローが強いの知ってるよ! かっこいいとこ見せてよ!」
「イチロー様ともかく私は優勝します」
「ギルの弟子として恥ずかしくないようにな! 決勝で会おう!」
「…………無理しないで……」
主だったメンバーの反応はこういうものだったが、他の者の反応も似たり寄ったりだった。
ちなみに大会は剣術部門と魔術部門があり、皆もそれぞれに出場するつもりのようだった。
皆、俺には治癒術の効きが悪いことは承知しているはずだ。そして自分で言うのもなんだが、俺がヘタレだという事もわかっているはずだ。
この反応は明らかにおかしい。
俺はタマムシに相談した。
タマムシの出した答えはこういうものだった。
「おそらく、イディナの【精神感応】だ。意図的にやっているかどうかはわからないが、イディナがお前の実力を見てみたいという想いが他の者に伝染している」
タマムシの話ではイディナの【精神感応】は魔法やスキルとは違うものらしく抵抗するのは難しいらしい。
その点をふまえもう一度皆に相談した。相談というか、大会に出場したくない旨を訴えたのだが、結果は変わらなかった。
イディナの【精神感応】の影響だと訴えても、ふーんそれで? といった反応だった。その上で、皆、俺の怪我が治りにくいと言うことは理解しているのだが、そのことと大会出場を結びつけて考えることができないようだった。
このイディナの【精神感応】の影響を受けていないのは俺を除けばメイだけのようだ。もしかしたらメイも影響を受けているのかも知れないが、俺の実力を見たいという想いよりも、俺の言うことに従いたいという想いの方が強いのではないかと思う。
あと、ユキの反応は微妙だ。俺の事を心配しているような口振りだが、もともと口数が少なく、思っていることをあまり表に出すタイプではないのでその内心はわかりづらい。もしかしたら影響を受けていないのかも知れないが、同じ竜であるハルが影響を受けていることを考えると安心できない。
イディナに直訴することも考えたのだが、もし彼女が俺の実力を知るために、意図的に【精神感応】の力を行使しているのならば、俺にその効果が及んでいないことに気がついたときに、もっと直接的な手段に出てくる危険性があると判断した。
つまり、武術大会が始まるまで監禁されるとか、あるいはそれ以前に俺の仲間や騎士や衛兵を【精神感応】で操り、けしかけて来るとか。他にも色々考えられるがとりあえずヤバそうだと。
というわけで、俺の味方はタマムシとメイだけ、という状況になってしまった。
そんな状況の中、俺は表向きは武術大会に出場する気満々の振りをしながら、準備を整え逃亡のタイミングを計っていたというわけだ。
さて、逃亡の期間だが、最低限武術大会が終わるまでを目標にしている。そんな大会に出場してしまったら例え勝っても負けても俺の存在値はまた上がってしまうだろう。それでは益々帰郷が遠のいてしまう。それだけはなんとしても避けたい。
後はイディナが飽きて家に帰ってくれることを願うばかりなのだが、それは期待薄かも知れない。
古竜的にはほんの一週間ぐらいの滞在つもりで一年くらい居座っても不思議ではないからだ。なんせ洒落や冗談ではなく万年生きているような存在だ。時間の感覚が人とは違うだろう。
いつか覚悟を決めて戦わなければいけないときが来るかも知れないが、そのいつかはなるべく先延ばしにしたい。
だって痛いのやだもん。
という話を俺はエバンに掻い摘まんで話した。
どこまで通じたのか、どこまで信じてくれたのかはわからない。
色々と言い訳のように長々と喋ったのだが、何のことはない。
武術大会に出たくないから逃げる。
要するにそういうことだ。三行どころか一行ですむ話だ。
話の最後に、もし俺の仲間たちが俺を捜して<山猫>に接触してきても、俺を庇わなくていいことを告げる。
下手に俺を庇うとこの人たちがコボルトにされてしまう恐れがある。それはなるべく避けたい。
まぁ、もしあいつ等に襲撃されたとして、その場に十人いたら、話をする前に半分はコボルトに変えられるかも知れない。エリーとトアなら間違いなくそうする。
コボルト云々の話はしなかったが、大変な事になるのでくれぐれも俺をかばい立てするようなことはやめるように念を押した。
「……話はわかった。……いや、よくわからないが、誰かを殺したりとか何かの罪を犯したというわけではない、ということだな?」
エバンは俺の長い話に困惑した表情を見せながらそう言った。俺は黙って頷く。っていうか、わかってないのかよ!
「そうか……。いや、よかった。もしお前が痴情のもつれからメイドを手打ちにしてしまったので、遠くに逃げたい、とか言われたら、ニサ様にどう報告しようかと……」
………。
エバンの中で俺はいったいどういうイメージなのかが気になった。なんでやねん的な突っ込みの言葉が前歯の裏あたりまでこみ上げていたのだが、なんとか口に出さないようにギリギリで我慢する。
俺は席を立ち軽く頭を下げるとこの場所を立ち去るためにドアに向かう。
「いや、……待て」
俺が数歩歩いたときに、後ろから声がかかった。なにか言い忘れでもあったのかと思い俺は振り返る。
エバンは真剣な顔で俺を見ながらこう言った。
「……お前はやはり武術大会に出場するべきだ」
………ウソでしょ?
「捕らえろ!」
エバンの指示を受け数人の男達が襲いかかってきた。その姿を見て俺も反射的に叫ぶ。
「メイ!」
その一言だけでメイには俺の思惑が伝わる。
殺すな。一人も逃がすな。
こちらに向かって来る男達は剣を抜いているわけではない。俺を傷つけずに捕らえるつもりだろう。
掴み掛かろうとする男達から身をかわしながら、蹴り飛ばしたり、足を引っ掛けたりする。この程度なら【思考加速】を使うまでもない。
メイは俺が挟撃を受けない様に立ち回りながら確実に男達を戦闘不能にしていく。さして時間も掛からず向かってきた男達をすべて無力化して辺りを見回す。
いくつかのテーブルや椅子は破壊され、まるで嵐が通り過ぎ去った後の様な有様だ。
床に転がっている男達は五人、何が起こったのかわからず壁際で呆然としているのが四人。そして、エバンとオークのおじさん。
「ふん、流石といったところか。少々手荒になるが仕方がないな。……ゴグ、お前は人形を。英雄殿は俺が」
エバンはそう言うと腰に差してあった剣を抜く。オークのおじさんは拳をポキポキ鳴らしながら首を回している。
「メイ」
俺はもう一度メイに呼びかける。
ゆっくりと近づいてくる二人。それと共に緊張感が高まっていく。
あと二歩で剣の間合い問い、というところまで二人が近づいたとき、俺は手近にあったテーブルをエバンに向かって跳ね上げる。同時にメイはアジトの入り口に走りドアを破壊した。
俺はテーブルがエバンに当たったかどうかも確認することなく全速力でその場を逃げ出す。
細い路地をめちゃくちゃに走る。途中でメイが別の道に走っていく。囮になるつもりだ。
メイなら後で合流できるだろう。
夕暮れ時の薄暗い路地を走りながら、俺は誰に言うでもなく呟いた。
「……どうしてこうなった」




