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  作者: 東郷十三
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6、芝居

「見て、つらら!」

階段を昇り始めてすぐ、緋乃が声を上げた。回廊の屋根の両側にさがった、大小のつらら。彼女は、硬さを確かめるように指ではじき弾きながら歩いている。

「これって、融けた雪がまた固まってるんでしょ?ややこしいけど、きれい。」

品定めをするように一本一本眺めたあと、30センチほどのものを折り取った。そのまま両手で胸の前に構え、こちらを狙っている。

「“温泉宿殺人事件”。あの犯人は手作りの氷のナイフを使った。でも、ここではそんな面倒なことしなくていいから楽ね。」

「ま、待って。早まらないで。せっかく来たんだ、暖かい湯に入った後でゆっくり話し合おう。」

「話し合うことなんかないでしょ。こうするしかないって、わかってるんじゃない? でも、後生だから、末期の湯くらいは使わせてあげる。」

「ありがたい。しかし、そいつは捨ててくれよ。湯に浸かっているところを後ろから刺されたんじゃ、かなわない。」

「あら、そんなことしないよ。刺すなら正面からだもん。怖い?」

しばらく沈黙が続いた。


 やがて視線を外すと、緋乃はつららを雪の上に投げた。

「はははっ、もうこれ以上無理よ!言葉は浮かばないし、手が冷たくって、限界!」

下手な芝居だ。自分の台詞にも歯が浮いたが、犯人も間抜けだ。凶器こそ融けてなくなるが、この先は行き止まりで逃げ道はない。しかも受付で顔を見られている。


 回廊の終点には、4部屋に仕切られた長屋と、1部屋毎に独立した建物が2棟あった。借りた部屋は長屋の一番手前。中に入ると四畳半ほどの休憩室があり、靴を脱いで一段上がった正面に小さな正方形の和テーブル、それを挟んで座布団が二つ、ソファー、石油ストーブ、テレビが器用に並べられている。奥のガラス引き戸を開けると6畳ほどの内湯があり、その約半分を湯船が占める。その湯船からは、木壁のすきまを通ってお湯が流れ出ており、外の軒下に造られた小さな露天風呂に注いでいる。そこでは正面にある3メートルほど高い積み石の向こうの木々を見ながら、ゆっくり浸かっていられるようだ。水風呂はその石壁の前にあり、白木の木塀を隔てて四つの部屋をつないでいる。


 かすかに、水の流れ落ちる音が聞こえてくる。

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