7、山茶花
ストーブのスイッチを入れ、部屋を使っていることを示す札を掛けに外に出る。ドアの前には、長屋と二つの小さな別棟に囲まれるように中庭があり、雪をふんわりかぶった生垣から真紅の花が顔をのぞかせている。白との対比で美しい。未だ山茶花と椿の区別がつかないのだが、1月に咲いているところを見ると椿ではなかろう。『花の咲くのが春だから、木篇に春で椿』と覚えた。しかしこのツバキを表す椿という漢字は日本製で、漢名は山茶花、つまりサザンカの漢字表記が本来の名前らしい。『標記・読みが山茶花→茶山花→さざんかと変化し、日本原産のサザンカを表す漢字になった。』とか。では本来サザンカは、漢字でどう表していたのだろうか。
いろいろ考えているうちに、上着なしの体が冷え始めた。部屋に戻ると、内湯から水音がする。待ちきれず緋乃が入っているようだ。服を脱いでガラス戸を開けると、彼女はくるりと背を向け奥へ進んだ。薄暗い湯殿の奥に、白いうなじが浮かんで見える。湯舟に体を沈め終わっても、離れたところで横を向いたままじっとしている。
「山茶花が咲いてたよ、真っ赤なやつがね。普段は何気なく眺めているんだと思うけど、白い雪の中にあると意外なものを見つけたようではっと驚かされるね。いや、驚きというより畏れと言ったほうが正しいのかな。」
奥の薄暗い所にいるため彼女の表情はよく見えないが、視線をこちらに向け頬を緩ませたようだ。
「何て言うか…白一色、つまり何もないと思うのはただの思い込みで、実は驚くようなものがその下に隠れて様子を伺っているような…」
照れ隠しに口を開いたが、出て来る言葉がまるでちぐはぐ。次に続ける言葉が見当たらない。
湯の中に体を沈めたまま彼女が近づいてくる。窓から差し込んでいた光があたった顔には、静かな笑みが浮かんでいた。膝を立てた私の脚に体を預けると、湯の中から出した右手の人差し指をそのまま 私の唇にあてがった。
「もういいよ、ありがとう。いつもやさしく話してくれるから、好き。」
そう言いながら湯の中に手を戻すと、膝を折って立てていた脚を両腕で抱いた。胸のふくらみが押しつけられる。
「時には、まだ読み終わっていない推理小説のカラクリ解説までもね。」
そう言ってくるりと背を向けて立ち上がり、外の露天風呂に体を沈めた。いやはや、“要らぬ話だ”とたしなめられたようだ。
ふと、彼女の言葉でおきた漣が、心のすみに隠れていた小石の砂を洗い流した。音楽、香り、温もり等の感覚で、古い記憶が呼び起こされるように。




