36、リベンジ
「さて、本日の主役登場ね。」
テイクアウトのメニューを眺めながら、また鼻歌を始めた。
「ジャージーミルクは押さえときたいし…。え、ブルーベリーのソルベ?」
「はい、うちの農園で取れたものを使った、混じりっ気なしの自信作です。」
「農園をお持ちなんですか?じゃあこの近くでブルーベリー狩りできるんだ。」
「いえ、農園は少し離れていて、蘇陽にあります。」
「蘇陽?」
「ほら、さっき外輪山越しに噴煙が見えただろ?」
「うん。」
「その噴煙の向こう側だよ。」
「え、じゃあかなり離れてませんか?」
「はい。だからブルーベリー狩りのシーズンは、本業が忙しくてここには来れなくて。」
「その間はお休みなんですか?」
「それが、夏は結構売り上げがあるので、休めないんです。で、旅館をやってる私の両親に相談したら、誰か人を出してくれるということになって。もともとレシピは父のアイデアだったんで、その間は旅館の厨房で作ってここは販売だけなんです。」
確かに黒川温泉までは車で5,6分といったところだが、本格的な洋風デザートを作れる厨房を持っているとなるとかなりなところだ。
「旅館って黒川温泉の?」
「ええ、‟飛石‟と言います。」
「と、飛石⁉」
「知ってるの?」
「『知ってるの』⁉」
全く呆れた、という顔をしてこちらを見上げた。
「んもう!さっき車の中で話したじゃない。とことんこだわった老舗旅館で、食事の素材はすべて新鮮な地元産。海外で修行してきたパテシエが作るデザートは、ネットで注文しても届くまでに三か月はかかる。部屋は10室みんな離れで、それぞれに露天と内湯風呂がある。一番下のランクの部屋でも、1泊2食5万円はするって。」
「あ、その金額は覚えてる。そんな名前だったっけ。」
「ほんとにあなたって、興味ないと思ったらすぐ忘れちゃうんだから。どうせ、私が連れて行ってほしくてそんな話題を出してるとでも…」
「はい、おしまい!」
と言って、トンとカウンターを叩いて見せた。
「ところでお嬢様、お買い求めになる品はお決まりになりましたか?」
「あ~!また逃げたわね。全くずるいんだから!」
「いえいえずるいとかではなくて、お早くなさいませんと陽がだいぶ傾いて参りましたし、外でお召し上がりになるおつもりであれば寒くなってきはしないかと。」
「何その慇懃無礼な言い方。覚えてなさい、後で許さないから!」
彼女のほうを見ると、カウンターに両手をつきうつむいて肩を震わせている。
「じゃあ、ジャージーミルクアイスクリームとブルーベリーのソルベをください。」
「は、はい。承知いたしました。」
笑い顔はすぐに消され、元の微笑みに戻った。
「え、2個も食べるの?」
「当然でしょ、二人いるんだから。」
「ちょ、ちょっと無理だって。どっちかを半分ずつ食べようよ。」
「嫌、私がどっちも食べてみたいんだから!」
結局押し切られてしまった。
特別に‟飛石‟の宿泊客用の案内書をもらって外に出ると、陽はオレンジ色を増していた。




