32、出会い
「ありていに言うと、浮気相手?かな。私より三つ年上で、主人と同い年。ポニーテールがとても似合ったジムのインストラクター。」
「どうして、その方のことをそんなに詳しくご存知なんですか?」
「そのジムは主人の会社が契約していて私もやらないかってずっと言われてたの。でも、まだ子供に手がかかってたし、私も出かけるのが億劫になってそのままで聞き流してた。そのうち子供が絵本に興味を持ち始めて、少しくらいだったら私が相手しなくてもよくなった。聞くと、ジムにはキッズルームがあって専任スタッフが付きっきりって言うじゃない。これはチェックしとかなきゃ、って、子供をつれて見学に行ったの。そのとき説明してくれたのが、彼女だったわけ。」
「そのジムには、何度か行かれたんですか?」
「4,5回、子供と。そのうち運悪く下の子ができて行けなくなっちゃったの。あ、運悪くなんて言ったら、神様に怒られちゃうわね。」
「憎らしいなあ。奥様が来なくなったのをいいことに、ご主人といい関係になって。奥様が一人で大変な思いをしているのに、ご主人はそこに入り浸ってたんでしょう?彼女も彼女よ。奥さんの事なんか知らぬ存ぜぬで、ご主人といい思いしてたなんて。」
「そうよねぇ、ひどい女に思えるわよね、普通は。でも、私、彼女と仲がよかったのよ。」
「え、どういうことですか?」
「ジムに行かなくなって一ヶ月位たった頃彼女が電話してきて、何か気に入らないことでもありましたかってきいたの。それで事情を説明したら、妊婦向きの軽いクラスがあるからそちらに来ませんかって。営業がうまいといったらそれまでだけど、何か彼女に引かれてまた遊びに行った。子供をスタッフに頼んで、ストレッチやら太極拳のようなものを試して。なんか久々にリフレッシュした感じで、とっても楽しかった。ていうか、娘を預けてることを完全に忘れてたの。はっと思って慌てて迎えに行ったら、たった今眠っちゃいましたって言うじゃない。じゃあ、少し早いけど一緒にお昼しましょうと言うことになって、受付の隣にある喫茶ルームで舅のこととか子育ての愚痴とか話したの。」
「ふーん。で、それからも何度か行かれたんですか?」
「ううん、そのときだけ。でも彼女とは電話友達になったわ。 ジムでいやなことがあると電話してきたり、こっちからも義妹のことや主人のことで話を聞いてもらったり。メールのやり取りはしょっちゅうだったわ。」
「そんな彼女とご主人は、いつごろから…その…」
「彼女とメールのやり取りを始めてしばらくして、ツワリがひどくなったの。一日中戻してばかりで、家事なんかとてもできなかった。その頃運悪く主人の会社は中間管理職をリストラ、主人にその分の仕事がおっかぶさって大変だったみたい。毎日疲れて帰ってくるのに、食事はおろか洗いものもお風呂の準備も何も出来ていない。しばらくは帰ってきてから自分でやってくれてたけど、我慢も限界になって大喧嘩。で、それからは寝るためだけに夜中帰ってくるようになった。お互い引くに引けなくて話もしなかった。なんにせよ、私はツワリと子守で疲れ果ててたし。」
「じゃあ、その頃彼女と。」
額の汗を拭うと、彼女は湯殿の中の一段浅くなっている場所に体を移した。たおやかな胸が、湯面に見え隠れしている。その光景に一瞬臆したが、緋乃も彼女の隣に腰を下ろした。
「会社帰りにジムに寄って夜中11時に閉まるまでいて、近くでちょっと飲んで帰ってきてた。そのうち彼女が、主人の寂しそうな様子に気づいたのね。一緒に食事に行って主人の愚痴を聞いているうちに、かわいそうに思ったみたい。で、母性をくすぐられたというか…、結局男と女になっちゃったわけ。」
「納得できないなぁ。ご主人はある意味逃げてた訳でしょ? そんなのずるい。彼女にしたって、『逃げてないで奥様と痛みを分かち合うべきだ』ってご主人に言わなきゃ。奥様と知らない間柄でもないんだし。」
「あなたらしい考えね、まっとうな。でも、そうできない弱い女もいるのよ。」
「え、私は強い女じゃないですよ。」
「そうかしら?十分強いと思うけど。」
「そ、そんなこと・・・・・・。で、いつ気づかれたんですか、お二人のこと。」
「去年の夏、彼女が事故にあったとき。」
一陣の風の中で、木々がざわめいた。同様にざわめきを感じた緋乃だったが、その理由を知るのを恐れた。




