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  作者: 東郷十三
27/46

27、暖風

 車に乗り込むと、既に1時半を過ぎていた。長話しが過ぎたようだ。車を瀬の本の交差点方面へ走らせ、そば屋へはそのまま直進し黒川温泉方面へ向かう。 快晴の空の下、昼の陽に少しだけ温められた風が開けた窓から車内を通り抜けていく。緋乃は先ほどから体を左に向け、黙ったままだ。

「もう閉めていいかな。湯冷めするよ。」

「え、ああそうね。いいわよ。」

「何か考え事?」

「さっきの温泉での話。」

「僕が、浮気は隠れてすればバレない、と言ったこと?」

背中が少し笑った。

「そう、あまりにも傲慢な言い方だったから。」

体を正面に向けながらそう答えた声は、怒ってはいなかった。

「そうじゃなくて、あの奥さんのこと。いろんなことがあって大変だっただろうなぁ、って。」

確かに、自分の亭主が浮気をしていたことを知らされても冷静で、自分にその責任があるなどと言い切れる女性などそうはいまい。

「どんな話だったの?いや、女性の君だから話したんだろうから、大体の内容でいいんだけど。」

「そうねぇ…。でも、彼女だったらあなたがいても同じように話したと思う。私もそうして欲しかった…」

夫の浮気相手のことを淡々と話す妻。その話を聞いて心を痛め、私にも聞かせたかったと言う緋乃。怖い反面、興味がある。

「とても気さくな方で、さっき話しに出た〝はげの湯〟の話題から始まったの…。」


 目的地までは30分ほど。とてもすべては聞きおおせないとは思ったが。


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