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「君のことだ」

 自分のことだと言われて、リリナカーナは再び眉間に深い渓谷を作ることとなった。

 どれだけ良いように言っても、可愛いと付け加えても、自信家との評価は喜べない。

 例え幼い頃のリリナカーナが、正しくカルロの言う通りの気が強くて自信家で我が儘なお姫様だったとしても。

 リリナカーナは欠点を突かれて黙り込む女ではない。

「貴方って私のことを自惚れ屋だと思ってたの?」

 一目惚れと言われて嬉しい、可愛いと言われて嬉しい、そういう思いも確かにあった。

 しかしそれ以上に、自信家と言われ、気が強く我が儘と言われたことに腹が立った。

 ずっとカルロのお姫様になりたいと思っていたのに、リリナカーナは今それを全力で投げ捨てたい。

「少なくとも誕生パーティー以前の君はそうだっただろ」

 確かに薔薇姫に会う以前の自分は根拠のない自信に満ち溢れた、まさしく自惚れ屋だったと自覚のあるリリナカーナは何も言い返せない。

 それでも、それを指摘されて沸き立つのは怒りだ。

 それで怒りのままに相手の欠点を突いた指摘が出来ればまだ溜飲も下がるだろうが、惚れた欲目というか、リリナカーナにはカルロの欠点らしい欠点が思いつかない。

 こんなことを本人に直接伝えるところが欠点だとも言いたいが、そもそもカルロがこうして胸の内を明らかにしているのはリリナカーナの要求によるものである。

 彼はリリナカーナの望む通り、嘘偽りなく答えているのだろう。

 胸の内にしまっておいて欲しかった事まで正直に。

「私にとって君は初めて会った時からお姫様だった、昔も、今も」

 これが昔の君はお姫様だったという過去形だったならば、まだ喜べたかもしれない。

 多少腹は立っても、今程ではなかっただろう。

 しかしカルロははっきりと言ったのだ。

 昔も、今も、と。

「今も自惚れ屋の我が儘だって?」

 リリナカーナは荒れ狂う心の内をさとられないように瞳を閉じた。

「今はそう思わないけれど……まあ無理をしていると思わなくもない、聞き分けのいい良い子のふりをしているみたいだね」

 これは一種の才能だろう。

 驚く程の正確さで、カルロはリリナカーナの欠点を突いて来る。

 そしてリリナカーナはそれを受けてしおらしくなるどころか、怒りを覚えるのだ。

「やっぱり馬鹿にしているのね」

 しかしカルロの言葉は事実でもあった。

 リリナカーナが良い子のふりをしていなかったなら、今カルロはリリナカーナの目の前で優雅にソファーに腰掛けていられなかっただろう。

 リリナカーナが良い子のふりをしていなかったなら、この身の内から湧き出る怒りにまかせてカルロの横っ面に平手をお見舞いしていたに違いない。

 むしろカルロは自分が良い子のふりをしていることに感謝しろ、とも考える。

 恋は盲目とはよく言ったものだ。

 それを今、リリナカーナは身をもって実感している。

 カルロはリリナカーナが思っていたような人間ではなかった。

 リリナカーナが思っている以上に、主に性格に問題を抱えているようだ。

 自分のことを棚に上げて、リリナカーナは唇を噛んだ。

「私の目は確かに節穴だったようだわ、貴方本当に酷いわね」

 何処がとは言わない。

 恐らく自覚はあるのだろう。

 きちんと猫を被って隠せるくらいには。

 リリナカーナは用意周到に猫を被って接してきたつもりだったが、それも相手の方が上手だったようだ。

 明け透けに言えば、カルロの方がリリナカーナより性格が悪くて言葉も辛辣でそして猫を被るのも上手かった。

 ここまで来ると一種の詐欺のようにも感じられる。

 リリナカーナの心境は詐欺師が詐欺師に騙されたようなものだった。

「耐えられない?」

 これは試されているのか。

 リリナカーナが何処まで耐えられるのか、その値でも測っているのだろうか。

 しかしリリナカーナの耐久値は既にゼロで、沸点はとっくに超えている。

 今ここでリリナカーナが良い子のふりをやめてしまえば、カルロの頬に綺麗な紅葉が刻まれるどころか、拳によって口の中を切るくらいはしそうだ。

 もしくは鼻が凹むまで殴るかもしれないと考えて、やはりカルロはリリナカーナが良い子のふりをしていることに感謝するべきだと感じる。

 それでもやっぱり何か言い返したくて、口から飛び出た言葉は思った以上に冷たかった。

「それ以上喋ったらその口縫い付けるわよ」

 ああ、針と糸を用意しなくちゃ。

 眉間に深い皺を刻んだまま睨め付けるように視線をやれば、カルロは楽しそうに笑ってみせた。

 その反応にリリナカーナの機嫌は更に降下する。

 何という右肩下がり、びっくりするほどの大暴落だ。

 今ならアルフェンディ・オデュッセイとの、リリナカーナにとって全く実にならない会話も喜んで楽しめそうだ。

 今まで毛嫌いしていたものが、途端に実は素晴らしいものだったんじゃないかとさえ思えてくる。

 それ程の衝撃だった。

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