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だから駄目だったのだ。
リリナカーナはスヴェンの言葉を思い出した。
スヴェンは言った。
これは二人の問題で、リリナカーナが1人で結論を出して良い話ではない。
その通りだった。
リリナカーナだけの意見と希望で、カルロの意思を蔑ろにしていい筈がないのだ。
それに気づくのに些か時間がかかりすぎた気もしたが、そう気づけたことに、リリナカーナは感謝した。
まだ、間に合うのかもしれない。
まだやり直せるかもしれない。
リリナカーナが本当にカルロを想っていて、二人で話し合えるなら。
カルロの心がまだ、リリナカーナを切り捨てていないのなら。
まだ、修復出来る傷なのだ。
リリナカーナは胸の内の不安を隠すように一度、瞼を閉じた。
一つ深呼吸をして、しっかりと目を開く。
カルロの瞳を真っ直ぐに見つめ返して、それから唇に音をのせた。
「貴方はリリーローズ・オデュッセイ公爵令嬢をどう思っているの?」
それは事の発端であり、リリナカーナが避けて通ることの出来ない疑問だった。
やり直せるにしろ、終わらせるにしろ、これだけははっきりさせておきたかった。
「どう、とは?」
「貴方が横恋慕しているって噂もあるわ」
結局の所、リリナカーナの関心はそこに向いている。
これこそが事の発端であり、原因でもあるのだ。
「その噂を君は信じたのか?」
「質問に質問で返さないで。 それとも私には明確なことを言う必要などないと思ってる? 私って本心を打ち明ける価値もないと思われているのかしら?」
リリナカーナは短気だった。
そして自分の投げかけた問に答えが返ってこないことに酷く苛立つ質でもあった。
リリナカーナはじとりとカルロを睨めつけた。
「君は噂を信じたんだな」
カルロは呆れたように目を伏せて、ため息を吐いた。
その声音からは、はっきりと落胆の色が見えた。
「そうね、信じないとは言えないもの」
今度はリリナカーナがため息を吐く番だった。
「何故?」
カルロはリリナカーナの言葉を、本当に不思議に思っているようだった。
「貴方が何も言ってくれなかったから」
批難の意味を込めて、改めてカルロを見つめる。
カルロもリリナカーナから目を逸らさない。
「私は貴方が何を考えているのかわからないし、好きなのかもわからないのよ、そんな話したことなかったでしょう」
リリナカーナは少しでも自分を良く見せようと努力していたつもりで、嫌われないように常に予防線を張って接していた。
深く踏み込むことなく、踏み込ませることもなかったので、二人の間にあったのは当たり障りない会話が殆どだった。
お互いの心の中を言葉にして伝えあったこともなかったし、それが必要だとも余り感じていなかったからだ。
「貴方だって私が何を好きかなんて知らないでしょう?」
リリナカーナの好みについて、カルロからは一度も尋ねられたりしなかった。
贈り物はこれまで何度かあったが、リリナカーナにとってカルロから贈られた物ということに意味があったので、何を貰っても喜んだ。
その位、リリナカーナはカルロに好意を持っていたし、なによりカルロの贈り物のセンスは良かった。
暫くは無言で、お互いが睨み合うように見つめ合っていた。
「……先程の花束は君の趣味じゃないな」
沈黙の後、口を開いたのはカルロだった。
「君は薔薇が嫌いだ、赤やピンクの大ぶりのものも好まない。 君はどちらかと言うと白くて小さな花が好きだな、花束の主役にはなりそうにない花だ」
淡々とした口調で述べられるそれは、確かにリリナカーナの好みを言い当てていた。
リリナカーナは薔薇が大嫌いだ。
幼い頃は、薔薇が好きだった。
庭に植えられた薔薇たちが、色とりどりの花をつけるのを楽しみにしていたこともあった。
それでも今は、この世で最も忌み嫌う花だ。
薔薇は彼女の代名詞。
リリナカーナがこの世で最も嫌う女性の、名前でもある。
「それに花束自体も好きではないだろう? いや、切り花を好きでないのかな」
リリナカーナは花束を貰って喜ばない。
それが想い人からの贈り物であれば、花束だろうが鉢植えだろうが、種であっても喜んで受け取っただろう。
しかし、そもそもリリナカーナは花が好きではない。
愛でるだけの花よりは、実のなる木や食べられる野菜が好きだった。
「贈り物自体苦手だったと認識している、ただ受け取ることは特に。 ドレスやアクセサリーは自分で選びたい質だし、花束を貰うよりよく手入れされた庭を眺める方が好き、他人から貰った茶葉はまず飲まない、菓子の類も同じだろう?」
疑問符がついてはいるが、それは疑問ではなく唯の確認のようだ。
「あの……何が言いたいの?」
つらつらと上げられる言葉に、リリナカーナの眉間に刻まれたしわが深くなる。
だがカルロの言葉は正しかった。
確かにドレスやアクセサリーは自分の目で見て気に入った物を選びたい質だし、切り花よりよく手入れされた庭の美しさを愛でたい。
他人から貰った茶葉や菓子類は余程信頼している者から贈られた物でなければ絶対に口にしない。
それでもカルロの言いたいことの核心がわからず、リリナカーナは先程の自身の言葉を訂正する間もなく問い返すしか出来なかった。